長話
長い時間をかけて、俺はようやく全てを語り終えた。窓からちらりと見える外の風景は、すっかり暗くなっている。途中、母が今の明かりを灯した。
「それは、それはとても大変でしたね」
母は優しい笑みを浮かべる。慈愛に満ちて、俺のことを心底労わるようなそんな表情――無人島に俺のことを迎えに来た時もそんな顔してた。
思わず胸が熱くなる。さすがに十五にもなって、母のことが恋しくて仕方がないということはないが。それでも、心揺さぶられるものがあった。それでもぐっと堪える。
「ターク君、マラート君、キャサリンちゃん。こんな息子に付き合ってくれて、本当にありがとうございます。散々ご迷惑かけたでしょう? 本当にごめんなさい」
母は三つ指を突くと深々と頭を下げた。
それを見て、仲間たちが慌てだす。無論俺も、自分の親のそんな姿を見せられて、気が気ではなかった。
「いやいや、俺は何もしてないですから!」
「そうだよ~。アタシもただ外の世界が見たかっただけで」
「ですから、お母様からそんな丁寧にお礼を言われるようなことでは」
「いえ。そういうわけにもいきません。皆さんは息子を救ってくれた恩人ですから!」
なおも母は頑なにに頭を上げない。びしっと奇麗に腰を折りたたんだまま。
「いや、母さん。もうその辺で――」
「何を言いますか! だいたい、貴方はなぜ平然としているんです。本来ならば、貴方もこうして皆さんに感謝申し上げないといけないのですよ。わかっているのですか!」
ようやく顔を上げたその顔は鬼の形相だった。あ、これはまずいスイッチが入っている。俺は一瞬にして身の危険を悟る。
「い、いや、それは、わかってるけどさ」
「だったら、ほら。さっさと頭を下げて! 全く、私は貴方をそんな無礼な子に育てた覚えはありません!」
「痛い、痛いってば、母さん! そんな力づくに……一応、これ姫様の身体だぜ?」
母は俺の腕を引っ張ってきた。そして、そのまま自分の隣へと連れてこようとする。
反抗するのも憚られて、とりあえずされるがままに。改めて彼女の隣に座り直した。そこに更なる追撃がやってくる。頭を軽く掴まれて、そのまま下げさせられた。
「ほら、貴方もちゃんとお礼を言いなさい!」
「わかった、わかったから! ――ええと、みんなここまでありがとな」
「そんな不躾な言い方がありますか! 全く貴方という人は本当に」
「あ、あのお母さん、もういいですから! 大丈夫、二人の気持ちはよくわかりました」
「うんうん。さすがにずっとそうしてられると、むず痒くって仕方ないし」
「そうですか? 私としては、まだまだ全然なのですけれど……」
ちらりと窺い知れるその顔はとても不満げである。しかし、俺の頭を押さえる力は弱まっていた。
とりあえず、俺は母の魔の手から脱出した。再び仲間たちのところに戻る。……助かった。あのままだと夜が明けかねない。礼儀は大事にするべきだが、正直やりすぎだと思ってはいた。
居ずまいを正して、改めて母親の顔を見つめる。導入は終わりだ。俺の身に起きた異変を明らかにしたところで、いよいよ本題に入りたいわけで。
「それで母さん。俺はどうしたら元の身体に戻れるんだ?」
「……うーん、わからないわね」
俺の問いに一旦は考えこむ素振りをみせた母。腕を組んで、形のいい眉が少し寄る。しかし、少し長い間の後に出てきた答えは予期せぬものだった。
驚きは遅れてやってきた。初め、全くその言葉を受け入れることができなかった。今は、ただひたすらに俺はまばたきを繰り返す。
「はい? 待て待て待て、稀代の魔法使いとやらはどこ行ったんだよ!
さっき自分で豪語してたじゃないか」
「だってねぇ、入れ替わり魔法なんて大それた魔法知らないし」
「確かに。俺も魔導書なんかで見た覚えはないですね」
マラートがもっともらしく頷いた。俺だってそうだ。だからこそ、この人に尋ねたわけで。この答えは予想外だったけどな。
「そうだ。魔族のお二人には心当たりはないのかしら? きっと、この世界と違う魔法があるだろうし」
「いえ、僕にも心当たりは……」
「うん。アタシも水魔法以外はてんでダメだから!」
そこでなぜ誇らしげにするんだ……。胸を張るキャサリンに俺は、ほとほと呆れていた。
「しかし参ったな。母さんも知らないとなると、いよいよ終わりだ」
「まあ、貴方、そこまで私のことを信頼してくれていたのね! 嬉しいわ」
何を思ったか、母は俺の頭を抱きしめにかかった。彼女の方が背が高いせいで、その胸の中にすっぽりと収まるはめに。
恥ずかしすぎて、俺はすぐさま身じろぎした。なんとか抜け出そうと手足をバタバタさせる。
「離せ、離してくれ! いくつだと思ってたんだ!」
「あ、ごめんなさいね。その見た目だから、つい……」
なんとか解放された。なんとなく、ザラの気分が少しわかる。あいつ、かなり可愛がられてるからな、この人に。
抗議の意味を強く込めて、半目で母の顔を睨んだ。ちょっとだけ申し訳なさそうな顔をしてくれる。
そしてそこへ――
「その年で母君に抱きしめられた感想はどうですかな、アルス君?」
「マラート、てめぇ元の身体に戻ったら、ぶっ飛ばす!」
「こら、アルス! 恩人に何を言うんですか!」
「いや、それ今関係ないだろ!」
「……話がとっちらかって進みませんね」
「ねー。見てる分には楽しいからいいけれど」
二人の会話で、ピタリと喧騒が止んだ。確かに、こんなアホなことしてる場合じゃない。
こほん。わざとらしく咳払いをした。話を戻そう……って、さっきもそんな気分になったばかりじゃないか。胸の中で自嘲気味に笑う。
「さて、これからどうしたもんかね……唯一のあても外れたしなぁ……」
「もしかしたら、あの人たちなら知ってるかもしれないわ」
「誰だよ、それ?」
「……魔法都市マギアルクスの住民よ」
母は苦々しい顔で、耳慣れない単語を口にした。
町の名前自体もだが、魔法都市って、そんな言葉初めて聞いた。マラートもポカンとした顔をしているから、俺と同じらしい。……魔族たちは言わずもがな。
「隠れ里みたいな所だから、知らなくて無理ないわ。ちなみに、貴方が知らないのは、私があえて教えなかったから」
「なんだよ、それ。母さん自分で、貴方には世界の全てを知っておく義務があるとか言ってたじゃないか」
「それはそうなんだけど……」
「ダメですよ、アルス様。あんまり、お母様を責めては」
「いいのよ、ターク君。でも、ありがとね。――私ね、あの街を追放されてるのよ」
「追放!?」
俺たち四人の声が揃った。珍しいこともあるもんだ。ちょっとだけ、感動した。
母は恥ずかしそうに、少し顔を赤らめてはにかんでいる。またしても、初めて見る表情だ。
「私ね、偉いとこの一人娘だったんだけど、お父さんと駆け落ちしちゃったから。婆様はとてもカンカンだったわ」
「駆け落ちっ! ロマンチックな響き~。ねえねえ、その辺りをくわ――」
「後にしてくれ。じゃあそこへ行けばなにかわかるかもしれないんだな」
「可能性は高いわ。魔法の研究だけが生きがいだから、あの人たち」
それはどこか呆れた言い方だった。その街の出身者として色々と思うところがあるのかもしれない。
もちろん、深入りはしない。長話になるだろうし、手がかりをつかんだ今、善は急げ、だ。
「早速行こう! 隠れ里って言っても、母さんなら移動魔法でひとっ飛びだろ?」
「そうなんだけど、一つ問題があるわ」
「なんだよ?」
「ザラがね、行方不明なのよ」
そう言う母親の表情は曇っている。それは、心配というよりもただただ困惑しているというべきか。口元に手を当てて、不思議そうに首を傾げている。
俺としても、いきなりの言葉で理解が追いついていなかった。あいつめ、いったい何をやってんだか。ちょっと批難する思いと一緒に、不安がどんどんと膨らんでくる。




