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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
勇者の珍道中と王女の冒険
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初めてのダンジョン攻略~入門編~

「うーん、潮風が気持ちいいですね!」


 ソフィアさんはぎゅっと目を瞑って、顔いっぱいに皺を寄せた。そのまま、ぐーっと腕を天に向かって伸ばす。そよ風がソフィアさんの長く艶のある黒髪が揺らした。燦々とした陽光の下、彼女の姿がより眩しく見える。本当に、とても心地よさそう。


 わたしたちは、今、海岸線沿いをのんびりと歩いていた。しばらくは断崖絶壁が続いていた。打ちつける波は穏やか。すっきりと晴れて風も涼やか、のどかな昼下がりといった感じ。


 目指す洞窟はこの先の崖下のところにあるらしい。一応、マリカさんには地図を用意してもらっている。それを持っているのは、妹様だから、確実な場所は彼女しか知らないけれど。


「ソフィアさん、たのしそ~」

「別にザラちゃんもはしゃいでいいのよ?」

「そんなこどもじゃありませんから!」

「むっ、それって私が子どもっぽいってことですか!」


 横に向けたその顔は、ちょっとムッとしていた。やや唇を尖らせて、妹君に不満げな視線を向けている。


 間に挟まれているわたしとしては、それが自分に対してのものじゃないとはわかっていても居心地が悪い。気持ち半歩、身を退いた。


「田舎娘の方がよかった?」

「ザラちゃ~んっ!」

「こらこら、二人とも」


 辺りを翔け回り始める二人に、わたしはただただ呆れるしかなかった。まったく緊張感がないわねぇ。しばらく魔物と遭遇してないし、こののんびりとした雰囲気も相まってわからないでもない。


 そのまましばらく進むと、ようやく下に降りられそうなところが見えてきた。先までの絶壁とは変わり、砂浜がしっかりと広がっている。


「これがビーチ、というやつですね!」


 崖を下りると、彼女は真っ先に海の方へと駆け出していく。とても、軽やかな足取りで。


「ねえ、ソフィアさん、テンションおかしくない?」

「そうかしら? わたしはあんまりわかんないなぁ」

「オリヴィアさんは、人の心がわからないんですね……かわいそ」

「あなたはいつも舌好調ね」

 

 決して褒めたわけではないけれど、妹君はどこか嬉しそうな表情をした。本当の意味は黙っていよう。


 そんなことより、ソフィアさんだ。言われて気がついたが、まあどこか普段よりもウキウキしてる風ではある。


 海を初めてこんな近くに見たから。それもあるんだろうけど、一番は――


「オリヴィアさん、魔物、魔物」


 渚ではしゃぐ田舎娘ソフィアさんを眺めていたら、急に袖をぐいぐいと引っ張られた。ザラちゃんの方を振り向くと、彼女は顔を横にしゃくった。


 見ると、少し距離が空いたところに魔物の群れがいる。こちらにはまだ気づいていないみたい。


 まず毒々しいクラゲが二匹、宙に浮いていた。触手の先は針のように尖っている。


 さらに手足が異様に発達した、人型のイカっぽいクリーチャーもいる。いっちょまえに、小さな剣と盾まで持って。それも、三匹。大きさは、わたしの腰くらいの高さ。

 

 海辺ということで、なるほど、魔物たちも海仕様というわけね。いつもいつも、スライムとかウサギとかトリとかが相手でうんざりはしていた。


「ソフィアさーん、敵よ~!」

「はーい!」


 ひとまず、彼女を呼び戻すために。わたしが闘っている最中に、他の魔物に襲われでもしたら大変だから。


 というのは、いつもの話で。今回はそれとは別にもう一つ理由があった。それは先程の、彼女がいつもよりハイテンションなわけにも繋がることた。


「どれどれ。あ、あれですね!」

「そうそう。で、本当にやるの?」

「もちろんです! そのために貯金をはたいて、買ったんですから。それに、いい練習台じゃないですか、このシチュエーション」


 ソフィアさんは、念願の魔物の姿をようやく目の当たりにして、その気持ちの昂りは最高潮に達していた。


 普段、わたしの後ろに隠れているだけの彼女がどうして今日はこうもやる気なのか。その答えは、彼女の手の中にある。


 ソフィアさんが右手に握るは、ブーメラン! 洞窟探検出発前の買い物時に見つけたものだ。


 非力な者でも簡単に扱えるというのは店主の談。店先だったから、多少の誇張もあったろうけども、見事に彼女は口車に乗せられた。


 ということで、早くその力を試したくて仕方がないわけ。……わたしにも見に覚えがあるから、気持ちはよくわかる。


「――えいっ!」


 可愛らしい掛け声と共に、ブーメランが飛んでいく。……あらぬ方向に。


 ぶんぶんと大きな音を立てて風を切るブーメラン。だが、彼が戻ってくることはなかった。


「ソフィアさんー!」


 わたしとザラちゃんの悲鳴がユニゾンするのと、魔物たちがこちらの方に近づいてくるのはほぼ同時のことだった。




    *




 洞窟の入り口こそ、海水に浸かっていたものの、奥に進むにつれて水は完全にひいていた。今は乾いたごつごつした道が続いている。


 その内部は、磯の匂いがとても充満していた。そしてじめじめとして、空気はとてもひんやりとしている。外は少し熱いくらいだったのに、今は少し肌寒いくらい。


 結局、あの魔物たちを撃退したのはわたしだった。その後、程なくして崖下に空洞を発見。現在に至るというわけである。


「それにしても照明魔法まであるんですね、べんり~」

「ルクサーラのこと? 光魔法の応用よ。本当は完全詠唱なら、これくらいの洞窟ずっと先まで照らせるんだけどね」


 ダンジョンに入るなり、ザラちゃんはわたしに新しい魔法を教えてくれた。そのおかげで今、薄暗いはずの洞窟は少し先まで明るくなっている。光の範囲はわたしたちの移動に合わせて動くので、とても歩きやすい。


「えー、じゃあそっちでやればよかったんじゃ……」

「長いし、絶対オリヴィアさんは間違うからダメ。余計に時間かかるよ」

「そんなこと言うんなら、ザラちゃんが使えばよかったじゃん!」

「い、いやそれは……ほら、この先、どんなモンスターがいるかわからないし」


 慌てた口調で言うと、彼女はすぐにさっと目を逸らした。罠かと思えるくらいに、そのあやしさはあからさますぎる。


 どうせ藪蛇になるだろうから、結局追求しないことにした。正直な話、ザラちゃんの魔法の腕がどこまでなのかは気になるところだ。その背景にある魔法体系のことを含めて、謎は尽きない。……座学嫌いだから、きっとすべて理解できないんだろうけど。


「話は変わるけど、こんなずいずい進んできて大丈夫なの?」

「もしかして、オリヴィアさん、怖いの?」

「大丈夫ですよ、私がびしっと護り――」

「ソフィアさんは、しばらくブーメランは禁止ですよ~」


 妹様はニコッと笑った。圧倒的な威圧感を纏いながら。だから、口調は優しげなものの、しっかりと拒絶の意志が伝わってきた。


 可哀想だけれど、わたしも彼女に賛成だった。はっきりいって、あのブーメラン捌きは下手くそすぎる。要練習だ。ここを無事に出たら、話してみようっと。


 しかし、当の本人は納得いってないらしい。ぷくーっと頬を膨らませて、目を細めて軽く抗議の念を顕わにしている。


 それが不思議でならなかった。どうして、彼女はこんなにも自信満々なのだろう。でも、わたしにははっきりと真実を告げるのは気が引けた。だから、あいまいに笑って受け流すことにする。


「話を戻すけど、海の潮位って変化するんでしょ? そしたら、この洞窟もあっという間に沈んじゃうんじゃって」

「だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ。そんなことになる前に、さっと脱出魔法で外に出るから。そして、移動魔法であっという間に、ゼルシップの宿でお休みよ」

「それなら安心ですね。オリヴィアちゃんも納得ですよね?」

「え、ええ、そうね」


 どうやら探索はまだまだ続くらしい。本音としては、今すぐにでも帰りたかった。この洞窟、ただひたすらに不気味で恐ろしい。はっきり言って、怖い!


 だって、目的の鉱石はおろか、魔物も一匹たりとも出てこない。空間に響くのはわたしたちの足音だけ。これが妙に、恐怖心を煽るんだよねぇ……。


 しかし、二人はあんまりそういう風に思っていなさそう。頼もしいやら、お気楽すぎるというか。なんにせよ、あまり頼りにはならない。


 わたしたちの冒険はまだまだ始まったばかり。明るさのその先の暗闇を見て、わたしは気が遠くなる思いを覚えていた。

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