新たなる難題
屋敷から姿を見せた女の子は、私たちの方につかつかと歩いてくる。高いヒールをこつこつと鳴らしながら。それで、段々と彼女の風貌が明らかになってきた。
その装いは目を見張るものがあった。所々金の刺繍が入った真っ赤なドレス。裾は足首ギリギリまでの長さがあって、彼女の白い肩は剥き出し。少し胸元が見えるほどに。
首元には、じゃらじゃらしたアクセサリーをつけている。高そうな真珠のネックレス。それを見て、わたしはふと自分の鎖骨の辺りに手をやった。
当たり前だけど、そこにあれほど大事にしていた石飾りのペンダントはない。ふと、それが恋しくなった。
「なんか凄いのがでてきたね……」
「そういう滅多なこと言っちゃ、ダメですってば!」
わたしはドキッとして、門番の方を見たが、彼は気づいていないようだ。じっと、今でてきた女性の方を見ている。憲兵を呼びに行った方も、ピタッと足を止めて、後ろを振り返っていた。
女性の耳にもまた、妹君の失礼な一言は届いていなかったらしい。なおも変わらず、こちらに近づいてくる。
その顔がようやくはっきりと見えた。遠目から見ても、なんとなく気品があって美人な雰囲気はわかっていたけれど。改めて見ると、うん、中々奇麗な女性ですこと。
目はパッチリと大きくて、少し吊り上がっている。そして、左の泣きぼくろの近くには黒子が一つ。耳には、イヤリングをばっちりとつけていた。とても勝気そうな感じが窺える。
すらっとして背が高い。平均身長くらいのソフィアさんよりもずっと。足元を見ると、高いヒールの靴を履いているが、それがなくとも百六十センチの後半はありそう。
それでいて、出ているところは出ているというか、スタイルはいい。これは……さすがのわたしも敗北を認めざるを得ないわね。無論、今の身体の話ではなくってよ。
ソフィアさんも奇麗だけど、あれはとても清楚な方向性でのこと。長い黒髪に、落ち着いた物腰。そして、ほっそりとした顔立ちと、とても見た目はお淑やか。
しかし、こちらの女性はそれとは正反対。服装も相まって、かなり派手派手した雰囲気だった。社交場ではとても男の人の目を集めそう。
「これは、お嬢様! 失礼しました、ただちにこの怪しい者を――」
「お黙りなさいな! あんたの声を聞いていると、胸がむかむかしてくるわ」
ううん、辛辣な物言い……それをぶつけられた彼はかなりしゅんしてしまっている。ちょっと気の毒なくらいに。でも、隣のもう一人の門番は、どこかうんざりとした顔をしているから、いつもこんな感じなのかもしれない。
それにしても、この女性がリッチマンさんの娘さんか。あの人も、初めこそ貴族然としていたけれど、話してみたらそこまでではなかった。彼女もその部類であることを祈りながら、早速本題を話してみることに。
「あの、船を出す許可が欲しいんです!」
「聞いていたわ」
そういうと、彼女はびしっと屋敷の二階の辺りを指さした。そこにある窓は両方とも大きくあけ放たれている。たぶん、あそこにいたのよ、と彼女は言いたいらしい。
「沖合のモンスター退治をしてくれるんでしょ?」
「はい。それで、どうでしょうか?」
「うーん、十五六って感じかな……。でもま、顔立ちはハンサムだし、身体も大きくてよく鍛えてありそう」
お嬢様はわたしの言葉など、耳に入っていないご様子だ。顔を近づけて、熱心に勇者様の品定めをしている。ご苦労なことに、わざわざ後ろに回ったりして。
なんとも居心地が悪い。段々と恥ずかしさが増していって、身体が熱くなっていく。過去、男の人にちらちらと身体を見られたことは多々あるけれど。それでも、こんな舐め回すような無礼なことは一度も経験がない。ましてや、今相手は女性だなんて……。
「あの! なんですか、いったい!」
「……あんたは?」
ザラちゃんが怒った顔をして割り込んできた。それをちょっと、不愉快そうな感じに、女性は一瞥する。
「この人の妹、ですけど?」
「ふうん。そっちは?」
「えと、私は旅の仲間というか」
「恋人? ――ではなさそうね」
その指摘に、顔を真っ赤にするソフィアさん。顔をあわあわさせて、そのまま口を噤んでしまう。
さっきからこの娘は、どうしてこんなにもわたしたちを辱しめるのだろう? これといって、見に覚えはない。
女性は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。そして、わたしのところに視線を戻す。
「まあ、こんな田舎娘じゃ、釣り合いがとれないものね」
「い、いなかむすめ……」
ソフィアさんはかなりショックを受けているようだった。愕然として、力なく口を開き目を白黒させている。
代わりに、憤っているのは妹様だ。彼女は、ずいっと女性の前に進み出た。
「ちょっと! そんな言い方ないんじゃない?」
「おチビちゃん、大人の話に口を出してはダメよ」
女性はザラちゃんの身長に合わせるように身を屈めた。そして、わざとらしくその頭を撫でる。
「子どもじゃないわよ!」
「子どもはみんなそう言うのよ。ね、あんた、あたしなんてどう?」
いきなりわたしに矛先が向いた。彼女は、上目遣いに目をうっとりさせて勇者様を見上げてくる。
これがもし本物の勇者様ならば、もしかしたら心は揺らぐのかもしれないけれど。残念ながら、わたしは男の子じゃないからなんとも思わないけれど。
「ちょっと、お嬢様! 何を言って――」
「だから、黙っていなさいってば! それで、どうかしら?」
「いや、そのぉ……どうと言われても」
「うふふ、照れちゃって可愛いわね。それで、あんた、本当に勇者なの?」
終始、会話のペースはこの人に握られている。またしても、話が勢いよく方向性が変わった。
わたしは困惑しながらも、それに頷いた。
「ええ、一応……」
「お嬢様、信じるのですか?」
「まあ、退屈しのぎにはなりそうだわ。いいわよ、船出したげる」
「本当ですか!」
「もちろん。ただし、条件はあるけどね」
彼女は、どこか企んだように笑う。にこりとしたその微笑みは、底知れぬ意地の悪さを感じさせた。
*
「全く何なのよ、あの女!」
妹様は未だかつてないほどに憤っていた。まあ気持ちはわからないでもないけれど。
とりあえず、リッチマン邸を離れて、宿の方に戻ってきた。これから出かけることになったので、その準備を済ませるために。
彼女の言うあの女――それは、玄関に突如現れた女性のことで、やはりリッチマンさんの一人娘だった。名前はマリカさん。
あの後、家の中に通された。応接室みたいなところで、船を出すための交換条件を教えてもらった。なんでも、この街の近くの洞窟にある鉱石を採ってきて欲しいとか。
「それくらい他の人に頼めばいいじゃない!」
「まあまあ。おうちの私兵さんたちは、出張らっているって言ってましたから、仕方ないですよ」
「でもさ、他にも誰かいるでしょ!」
「わ、私に言われても……」
「そうだよ、ザラちゃん。ソフィアさんに怒鳴ってどうするの?」
「……そうだね、ザラが間違ってた。怒るべきは、ソフィアさんじゃなくて、お兄ちゃんの方だよね!」
ぎろりと、彼女はわたしの方を睨んできた。思わず背筋が縮み上がる。相変わらずの迫力だ。
「どうして安請け合いしちゃうかなぁ」
「だって、それくらいいいかなって。じゃないと、船出してもらえないのよ?」
「けどさぁ、なーんか、あの人嫌なんだよね」
「私も、ちょっと苦手です。田舎娘だって、私のこと……」
ソフィアさんは目を伏せた。そして、どこかいじけた様な顔をする。はあ、さらにわざとらしいため息まで一つ。
どうやら思い出して、なおさら落ち込んできたらしい。わたしは彼女の背中を擦ってあげた。そんなことないよ、って口走りながら。
「ザラなんて、おチビちゃん、だって! 失礼しちゃう」
「それはしょうがな――」
「なに?」
「……いえ、何でもありません、レディ」
無表情なのがより怖いなと思いました。わたしは直立不動の姿勢で、気を引き締め直す。
「だいたいさ、魔物倒すって言ってんだから、それが交換条件みたいなもんじゃん!」
「いまいち信用されてないんでしょ。ま、請け負ったからにはしっかりやるわよ」
「あらら、王女様、やる気満々ですね。あんなに、タコの化け物と闘うのは、嫌がってたのに」
「だって、とてもきれいな鉱石らしいじゃない、ゼルタイトって。この辺りでしか取れない希少なものを見られるなんてラッキーよ」
「うんうん、わたしもそう思います。楽しみです!」
「……はあ。そんなに、楽しみですかねぇ。ただの石じゃない」
「だから子どもって言われるのよ」
「最期の言葉はそれでいいんだね?」
彼女はいつの間にか、手の中に大きな火の玉を作っていた。ぐるぐると陽が渦巻いて、とても神秘的というか……。
「ごめんなさい~!」
賢明な謝罪の言葉も虚しく、その火球は見事にわたしにヒットすることになった。
はぁ……。これから洞窟探索だというのに、余計なダメージを負ってしまった。全くなんとも幸先が悪いことだわね。




