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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
閉じ込められし勇者と自由な王女
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はじめてのたたかい

 ランス兵士長の言葉もあって。わたしは何とか城下町を脱出することには成功した。最後まで、兵士たちは敵意を剥き出しで、あとで覚えておきなさいよ、全く!


 しかし、困りました。あの調子じゃ、どうやってもお城に帰るのは至難の業。しばらく、町の回りをぐるぐるしては見たけれど。堅牢な壁が今ではとても恨めしかった。抜け穴一つない。忍び込むのも不可能で。


 結局、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。日暮れにはまだ遠いけど、そんなことになれば待ち受けるは野宿。ムリムリムリ、とてもじゃないけどわたしにはできない! 経験もないし、そもそもそんな度胸はない。所詮わたしは情けない箱入り娘でしかないのです……。


 仕方がないので、一番近い町を目指すことにした。朝、目覚めを迎えた北の町――ノースデン。それで意気揚々と歩き始めたまではよかったのだけれど――


「うーん、困りました……」


 わたしは完全に途方に暮れていた。思えば、うきうき気分だったのがいけなかったと思う。でもわかってほしい。だって、生まれて初めて一人で城の外に出たのよ? さっきと違って、目的地までひとっ飛びというわけでもなく。自分の足で自由に動き回れる。こんなに素晴らしいことありませんとも!


「ここはいったいどこでしょう?」


 というわけで、わたしは絶賛迷子になっていた。現在地は……よくわからない森の中。すぐ近くの北にある町にも行けないなんて。わたしって、実は方向音痴だったのね。自分でもものすごく呆れる。同時に、今までお城にやってきた数々の旅人を初めて尊敬した。彼ら、意外とすごかったんだ。


 こんなことなら、ノースデンへの道中、馬車のなかで眠るんじゃなかった……。過去何度か訪れたことがあったのだけれど、いつも馬車でささっと行って帰るものだから。そもそも、さっき空から道を確認すればよかったのよね。まあしかし、後悔先に立たずというやつ。過去をくよくよ嘆いたって仕方がない。


 どさっ。わたしはずっと担いでいた古ぼけた麻袋を地面に置いた。ずっと重さを感じていた右肩が久しぶりに解放された。重かったけれど、そんなに疲れを感じていないのは、流石勇者様の身体。それに加えて、わたし的には、かなりの距離を歩いてきたのになんともない。


 勇者様だって旅に出るつもりだったはずだ。だから、何かお助けアイテムを用意しているに違いない。そんな考えの元、道具袋を検めることに決めた。人の荷物に手を付けるなんて、なんて罰当たりなことでしょう……しかし、背に腹は代えられないのです! ……財布、ペガサスの羽根? 知らない子ですね。


「どれどれ――」


 少しワクワクしながら、袋の口を開ける。ごちゃごちゃと色々な物が入っていた。勇者様は整理整頓は下手らしい。なんか幻滅。容姿は悪くないのに、これは減点ポイントです。


 まず目についたのは、立派な金の冠。わたしはそれに見覚えがあった。よく似たものを得本の挿絵で見たことがある。勇者サーモンの魔王退治の物語。最後の凱旋のシーンで描かれていたのがこれだった。しかし、それをこんなぞんざいに扱うなんて……。ああ、わたしの中の勇者像がどんどん崩れていく――


 他には着替えだろうか。折りたたまれた青い服と黄色いズボン。それに真っ赤なマント。ってこれもあの挿絵とそっくりじゃない! きっと由緒あるものだろうに。なんだか、これ以上、道具袋を探るのが恐ろしくなってきた。


 かなりがっかりしながらも、それでも手は止めない。こっちは死活問題なの。このままいくと、死ねる自信がある。

 

 そして、ようやく目当てのものを見つけた。古ぼけたマップ、それにありふれたコンパス! これがあればもう安心。あちこちに散らかしたものをしまって、固く袋の口を縛った。立ち上がって、もう一度それを担ぐ。


「北は……あっちか」


 方位磁針を見ながら、わたしはその方角を向いた。視界には相変わらず深い森が広がっている。片手に持った地図に目を落とすと、迂回するよりも真直ぐに突っ切った方が早いらしい。ちょっとだけ、物怖じしたけれど。でも仕方ないか。わたしは覚悟を決めて、道なき道を行くことにした。




    *




 目の前には、それぞれ赤青緑色のぷよぷよした身体を持つモンスターが三体。スライムだ。図鑑で見たことがある。最弱の魔物――でもわたしにとっては十分恐怖の対象で、完全に足が竦んでしまっていた。わたし、か弱いお姫様だから……。闘う力なんて、一欠片も持ってないもの。


 鬱蒼とした森の中を抜けると決意したのはいいものの。わたしは魔物が出ることは完全に頭から抜けていた。見通しのいい平原はまだしも、そこから外れたこういう森の中や荒地、山間部は、魔物がうじゃうじゃしている。あと少しで森を抜けられそうなところで、このスライムたちに行く手を阻まれてしまった。


(ど、どうすればいいわけ……?)


 魔物と遭遇したことは初めてではない。でも、いつも集団で移動しているし。魔物退治は、兵士の仕事。わたしは嵐が過ぎ去るのをただ馬車の中でじっと待つことしかしない。


 そう、こうして自分自身で、しかも一人で魔物と対峙することになるなんて……どうしよう、どうしたらいいの? 頭は真っ白で、怖くて震えが止まらないし。


(うぅ、誰か助けてよぅ……)


 涙が溢れ出るのが止められない。逃げようにも、腰が抜けてどうにも身体が動かない。嫌でも、この先の結末を予感させられる。まだ、死にたくない――


 べちん。痺れを切らした三匹の中の一匹がわたしに突撃をかましてきた。小さな体をばねの様に縮めて、勢いよく跳ねだす。でも――


「ぜんっぜん、痛くない!」


 完全に拍子抜けだ。あまりの驚きに勢いよくまばたきを繰り返した。つい、ぽかんと口が開いたままになってしまう。


 所詮は最弱の魔物。攻撃力はたかが知れている。わたしはいったい何を怖がっていたのだろう。子供みたいに涙まで流して、なんともまあ情けない。誰も見ていないのに、なんだか恥ずかしくなってきた。顔に熱が籠るのがわかる。


 いや、そうではなくて。もちろん、敵がスライムということもあるのだろうけど。やっぱり一番はこの身体のおかげか。流石は勇者様、よく鍛えてあるということね。


 依然として、スライムトリオは勇者わたしに対して身構えていた。まだわたしと闘うつもりらしい。悪いけど、もはやこの子たちに恐れるところはない。むしろ、返り討ちにする。それくらいの心積もりだった。


 背中にかけてある鞘から恐る恐る剣を抜いてみる。手に確かな重さが伝わってくる。木漏れ日に刃が鈍く輝いて、わたしは記憶にある兵士の姿を不格好に真似てみた。両手でなんとなく構えて――


 サクっ――目の前の緑スライムの身体を横に薙いだ。それは真っ二つになると、すぐに「空中に霧散していく。そして、次々に残った二匹も同じように切ってみた。


 やった! わたし、自分の力で魔物を倒すことができました! 城のみんなにもこの勇姿を見て欲しかったぐらいだわ。


 三匹のスライムは跡形もなく姿を消した。代わりに、銅貨が三枚ほど残されている。モンスターを倒すと、なぜかお金が出てくるとは聞いていたけれど。まさか本当だったとはね。これって、地味に貨幣経済の危機では――と思ったけど、あんまり深く考えちゃダメね。そういうものとしてありがたく受け取っておきましょう。


 それを拾って、勇者様の財布の中へ。少しだけふっくらした気がする。でもまだ『ペガサスの羽根』の代金には全く届かないけど。


 それにしても、初めてこの手で魔物を倒して達成感は一入ひとしおだった。権を持つ手が微かに震えているのは、恐怖からではなく喜びから。今までに味わったことのない高揚感。魔物と闘うのって意外と楽しいのかも……と考えるのは不謹慎だけど。姫、反省。

 

 今、自分は当代最強の勇者|(少なくとも肉体は)。この辺りの魔物なんて、きっと目じゃないはず。それに、少しは闘いになれておく必要はあるだろうし。路銭も持っておきたいわけで。と、あれこれと言い訳しても、結局はわたしがもう少しこの新感覚を楽しみたいだけなんだけれど――


 さあ、魔物狩りの時間です! わたしは再び森の中をぐるぐるとめぐることにした。


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