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・プロローグ

 真正面に臨んでいる駅舎の向こうに赤黒さの予感があった。

 ということは帰宅時間に少し届かないぐらいだろう。自動改札があるのが奇跡だと思えるぐらいの田舎の駅である。駅口から吐き出される人影も少ない。

 洋平たちが無為な一時間半ほどを過ごし、これからもしばらく拘束される予定のこの駅前広場を除けば、周辺の大部分を占める更地に長年放置されてどこまでも生い茂る雑草が見渡す限り勢力を拡大し、草原のようになっている。

 ぽつん、ぽつんと点在する一軒家はすべて農家なんじゃないかと思えるありさまである。

 これならば一応は安心だろう。知人とばったり、という可能性は皆無ではないが、限りなくゼロだ。

 しかし、である。

 問題がひとつ。

 洋平は横目でおそるおそる、傍らで小さな体いっぱいに募金箱を抱え込んでいる少女の顔を覗いた。

 …………ヤバい。

 顔には出してないが、かなりキている。

 一見すると無表情だが、よくよく見れば。

 M属性を持った男子なら一瞥されただけで落ちると評判の攻撃的で釣りあがった目は普段より消費税分ほどその傾斜を大きくし、常日頃なら立て板に鉄砲水を打ち出したように人の悪口を生産する、見た目だけは上品な口は真一文字に閉じられている。

 そして、いつもならふりふりふりふり邪魔なぐらい揺れる金髪のツインテールも、今は心もち重苦しい。

 ……まぁ、仕方ない。

 今回ばかりは自分が悪かった、と思う。

 ここは素直に謝っておくべきだろう。そうだ、人間素直が一番だ。

 誠意を持って謝罪すれば、きっと性格が知恵の輪みたいに捻じ曲がってるこいつもきっと許してくれるだろう。

 どう猛な野獣だって、真摯な態度で接すれば心を開いてくれるっていうしな。

 決心すると、洋平はわざとらしく、こほん、と咳払い。

「……なぁ三島」

「あ、今作業が忙しいから、十年ぐらい待ってもらえる?」

 取り付く島もなかった。


 更に三十分が経過。

 暇の一言である。

 夕日のオレンジが洋平たちを静かに包む。いい加減腰は痛いし、少し汗ばんできたシャツが不快だ。

 相変わらず傍らの三島は言葉を発しないが、先程からあからさまにこっちを睨んでくるようになった。

 たぶん完全シカト作戦だとあまりにも暇すぎたんだろう。学校では天才と持て囃されているくせに、分かりやすい奴だ。

 こちらに向けられている熱烈な視線を涼しい顔でスルーし続けるのもそろそろ限界だが、もう暫くの辛抱だろう。まず間違いなく向こうが先に我慢できなくなるはずだ。

 少し前に電車が駅に止まったようだが、誰かが下りてくる様子はない。静かなものである。実際ここに募金箱を持って仁王立ちを始めてから、人よりもネコのほうが出会いが多い。

「……ああっ! もう! お前のせいよ!」

 ほぼ読み通りのタイミングで三島が口を開いた。

「なんで私がお前と一緒にこんな猫しかいないような駅で募金活動しなきゃなんないわけ!?」

 三島美野里は背がちっちゃめで、大体洋平の胸の辺りに頭のてっぺんがあるぐらい。その三島が自分よりよっぽど背の高い洋平を、ひるむことなく真正面から(真下から?)睨み付けているのは少し惚れ惚れとするものがある。

「猫は嫌いかイ?」

「茶化すなっ! お前が休日の予定が開いてるなんて無防備この上ないこと言わなければこんなことにはならなかったのよ!?」

「だから謝ってるじゃねーか」

「謝ってないわよっ!」

 ……そういえば謝ってなかった。

「……ごめんなさい。俺が悪かったです」

「謝って済む問題かっ!」

「どうすりゃいいんだよっ!」

 口論を続ける二人以外には、依然として人影は見当たらない。

 そして二人が持つ四角いふたつの募金箱だけが、墨で塗ったような黒い影を落としている。


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