エピローグ
「あーちゃんっ」
声に振り返れば、そこにいたのは心だった。どうやら今日は彼と一緒に下校をしないらしい。
「ちょ、ちょっと待ってぇ。息がぁ……」
「走ってこなくても連絡してくれれば待ったのに」
「あ、そっか…………えへへ……」
そんな考えに至らないくらいに何かがあったらしい。その原因を考えれば、ここにはいない彼に苛立ちが募る。
「……よし。一緒に帰ろっ」
「えぇ」
飾った微笑みに深く追究する事はやめて前を向く。すると隣に並んだ心が踏み込んできた。
「懸君と何の話したの?」
「別に。話って言う話はしてないわよ」
「そう? なんか怒鳴るような声は聞こえたけど」
「七不思議か何かじゃない?」
「なにそれこわいっ」
余り首を突っ込まれたくないと話題を逸らせば、天然か勝手にずれてくれた。
そんな彼女と他愛ない話をしながら、その傍らで脳裏に焼きつく彼の顔を拭い去ろうと試みる。……が、どうにもそう簡単に消えてくれなくて、余計に苛立ちが募る。
あいつは、無自覚に心を傷つける。良かれと思う事が、良いとは呼べない方向に転がる。それでいて何でもない風な顔をしている事が腹立たしいのだ。だからそれが暴発してしまった。それほど長くない気が爆発してしまった。
けれどそれは、本心でもあるから。飾る事は嫌いだから、私はいつだって自分の為に……誰かの為に正しい事を追いかけている。だから、嫌なのだ。口先だけの道化。あんなのが心の幼馴染だなんて反吐が出る。
……でもそれは、私個人の嫌悪。心にとっては、彼の存在は大きな物だ。
私はただ、心にそこにいて欲しいからそうしている。今回はこうする事が正しいと思ったからそうしたに過ぎない。全ては心の為だ。そして、私の為だ。
心がいつも通りでいる為に、彼がいつも通りでなければならない。そのいつも通りを取り戻す為に、馬鹿をしただけ。勘違いが挟まる余地はどこにもない。……他はどうかは知らないけれど。
「んじゃあね、あーちゃん。また明日っ」
「また」
気付けば戻ってきていた州浜駅。少しだけ名残惜しさを感じながら心と別れて自分の家に向かう。片手間に、気乗りはしないがスマホを弄って約束を果たす。
これは、償い。これは、いつか来るその日までの、私の罰だ。