レイのおしごと
「はい、眼帯」
以前、倒れてから数日後。俺はじっくりと休養を取ることになり、右目が見えないまま生活を続けていた。その数日、俺はヴィオラに右に立ってもらい視野が狭いことをサポートしてもらいながら暮らしていた。レイは書斎にこもったと思えば、少しの間外出して何かを買ってきたりなど忙しそうにしていた。おそらく何かを作っているようだと思えば、明け方に起こされ眼帯を差し出してきたのだ。
つまり俺は寝不足だ。
「いきなり起こしてきていったいどうした」
と、ちょっと不機嫌かつぶっきらぼうに問いかけてしまったのは仕方のないことだと思う。
「この眼帯はイヴのために作ったんだ。眼帯をかけている時とかけていない時で幻精の眼の機能のオン、オフが効くようになっているよ」
「なるほど、そりゃ便利そうだ。素直に喜んでもいいが時間だけは考えてくれ……」
「あ、ごめん……」
レイは何かに没頭すると時間を忘れて作業を進めてしまう悪癖がある。昼食や夕食の時間になっても書斎から出てこないことは稀でもなんでもなく、しょっちゅうあることではある。かと思えば物が完成した時など、俺に見せびらかしたいようで、専門的な用語が8割くらいを占めるちんぷんかんなことを、止まらず早口で話してくるなど正直研究熱心というより……マッドサイエンティスト的なところがあるのはレイの素晴らしくはない癖だ。
「まあ、もうちょっと話を聞いて欲しい」
ほらこの通り、自分が話すと決めたらもう退かないという情熱の注ぎようだ。このモードになったレイには、話の最後まで聞いてあげないとすねる。子供みたいだが実質レイの性格は子供っぽいところが多々ある。なので、
「もう目が覚めたし、最後まで聞いてやるよ」
となるわけだ。
「では、こほん。じゃじゃーん、イヴ用のローブ、しかも認識阻害付き。明日……というよりはもう今日だけどこれ着て一緒に街中でようか」
街中!この身体になってからというもの、今のところこの屋敷から出たことはない。つまり初めて外出できるというわけだ。ちょっと、いやちょっとではない。かなりワクワクする。
「眼帯とローブの両方で認識阻害と幻精の眼の機能停止の術式がそれぞれに編み込んである。これは属性付与という錬金術の基本なんだよ」
「へえ、いつか俺にも使えるようになったりするかな?」
「きっとね。明後日からは出発だけどあっちに行っても鍛錬は続けるからね」
「おう、任せとけ。しかしこういうマジックアイテムみたいなものを手に入れると心躍るなー」
まるでゲームの世界に入ったようではないか。身に付けていたら特殊な効果を発揮する……20代後半に入っても厨二病をこじらせていた俺にとってはたまらない代物だ。
「喜んでもらえたようだね。良かった。気に入らないって言われたらどうしようかと……」
「気に入らないわけないぞ、こんなかっこいいの……。夢のような気分だ……うへ、うへへへへ……」
なんだか外出するのがたまらなく待ち遠しく思える。まるで遠足前日の小学生の頃に戻ったような気がする。
「外出したら行く場所が1つある。まあ役場なんだけど、その役場以外に行ってみたいところはある?教会とかカフェとか?」
「カフェ!カフェ行きたい!ヴィオラの作ってくれるご飯もおいしいんだけど、それ以外も食べてみたい!」
「カフェかあ……そうだな、あそこなら僕も慣れているし大丈夫だろ」
レイはどこかは分からないが、立ち寄るカフェを決めたようだ。
「ところで役場って言っていたけど、どうして役場なんかに?」
「うーん、2つほど用事があるんだよね。1つはイヴの戸籍を作ること。もう1つは仕事場に行くこと」
「いい加減その仕事について聞かせてくれよ。前にも流されて聞きそびれたぞ」
ちょっと強めに聞いてみる。レイのことをもっと知りたいという気持ちもある。特に保護者みたいな存在であるレイについては知っておけば知っておくだけ俺の待遇もよくなろうというものだ。とっくにかなり良い生活をさせてもらっている自覚はあるのだがそれはそれ。この先のゴマすりに使えるようなことがあるのであれば、やはり情報収集は大事だろう。
「うん、いいよ」
レイはぎしりと椅子を鳴らし、姿勢を正す。正直教えてくれるのはあまり期待していなかったのでちょっと意外だ。またはぐらかすのかとも思ったが。
「僕の仕事はね、まあ役場に仕事がある時点で察してくれているとは思うけど公務員に値するんだ」
「それはなんとなく知ってた。続けて」
「まあ、ちょっと特殊な部署でね。特異物蒐集課っていうのだけど」
「名前の通りなんだよな?特異物を集めるってことに聞こえるが」
「そう特異物を集めて、保管、研究する機関だよ」
特異物……前にも聞いたことがある神話時代の錬金術によって残された物。元の世界の言葉で言うならオーパーツと呼ばれる物であろう。レイは失敗してしまった実戦編の時に、その仕事で危険なこともあると言っていたはずだ。まずはそれを問いただしてみよう。
「危険がある……って言っていたよな?例えばどんな?」
「特異物を集めているのは僕達だけじゃないってこと。非合法なことに特異物を用いようとするマフィアなどのグループ。海外のスパイや敵対組織と戦闘になることは多い」
「海外って……他の国も関わってくるのか!?」
待て……実はレイのしている仕事って本気で危険なんじゃないか……?特に海外組織も関わってくるとなると大事だぞ!?
「特異物の等級によってはね……。前に話した通り特異物っていうのは神代の遺産だ。物によっては戦略的に重要になるものだってある。世界情勢に大きく関わる特異物っていうのはわりとあったりするものでね。これを取ったり取られたりを水面下において繰り広げているのが現状だ」
「そんな大事な仕事に俺が着いていってもいいものなのか?まだ魔力操作も完璧じゃない俺には重荷じゃ……」
「うーん、大丈夫じゃないかな。今回の件は急いでもない等級の低い特異物……まあ禁書と呼ばれる類のものではあるけど教会法違反の代物ってだけでね」
「俺を作ったその……アブラハムの書だっけ?あれはどうなんだ?どうしてレイが持って……」
「あ!それ、外では絶対内緒ね。これはその……僕が勝手に独占してる物だから……」
「え!?それはヤバくないか!?」
「いや……ヤバいけど……バレたら問答無用で処刑されるから本当内密にね?」
「マジかよ……」
何かへなへなと肩の力が抜けた。レイはいったい何を考えているのか……。
「僕にはね……やらなきゃいけないことがあるんだ。そのためにアブラハムの書は手放せないし、イヴも手放せない。僕が特異物蒐集課なんて危険極まりない仕事をしている理由もそのためだ」
「まあ俺はレイに従うだけだ。レイが内緒にしておけっていうなら素直にそうするよ」
俺はレイに生み出された命だ。レイに従っておくべきだという打算的なものもあるがそれ以上に恩返しがしたい。レイがしてほしいということはできるならこなしていきたいという意思がある。
「助かるよ。ありがとうイヴ」
レイはそういうと頭を撫でてくる。毎朝ヴィオラに香油を塗られているのでさらさらとしているだろうが……
「そういえばしばらく空けるなら髪短くした方が良くないか?」
「えっ……」
レイが固まってしまう。ぴたりと動作を止め、まるでレイだけの時間が止まったようだと思った数秒後、
「そんなのダメ、ダメだよ!勿体なすぎる!せっかくこんな綺麗な髪なのに!」
「でも足元まであるし……正直邪魔だ。切ってもいいよな」
「えー、でも僕イヴの髪好きだしなー、やだなー」
「いやここは退かねえ。絶対に邪魔になるし切ってほしい」
外出するのにわざわざ髪を足元までに伸ばしておくバカがこの世にいるだろうか。いやいるまい。いたとしたらそいつは現実を全く見ていない髪フェチ野郎だろ。
考えてもみろ。足元につきそうな髪の毛なんて生活するうえで邪魔極まりないだろう。そして髪を切るならこのタイミング。ここしかないのだ。
「ということで絶対切って。レイが切ってくれないならヴィオラに頼むぞ」
「ヴィ、ヴィオラはだめ……切った髪をゴミだと認識して捨ててしまう……。わかった、わかったから僕が切るよ……仕方ないか……」
「勝った……!」
初めてレイにわがままを通せたかもしれない。その日の夜レイはおいおい泣いていたが、切ってくれたのは腰のあたりまで……まだまだ長髪の範囲内だと思うのだが……。あと切った髪をこっそり保存していたレイの姿はちょっぴり……いや訂正しよう。かなり変態っぽくって引いたのは内緒の話だ。