魔眼の過負荷
幻精の眼の機能が解放されてからというもの、魔力の操作は抜群に上達した。
意識を集中させなくても、念糸を形成できるようになった上、それを動かすことも自由自在というわけだ。なので翌日は次のステップに進むことになったのだが、
「で、実践編ならぬ実戦編というわけね……」
俺たちは屋敷の庭—―いつもヴィオラが綺麗にしている花壇がある、まあ中世の貴族が持っているような庭を想定してもらえばいい――に出てきていた。
「僕が教える錬金術はイヴの身を守るためのものだからね。実戦も起こり得るし、僕の仕事上どうしても起こるからね」
「レイの仕事か……詳しく聞いたことは無かったよな?」
「あー、うん、その話はまた今度にしようか。まあ、実戦が起こり得る程度には危険な仕事だから付いてきてもらう以上はしっかりとね」
レイはそう言いながら屈伸や伸びの準備運動をする。俺もレイの真似をして準備運動をするが……この身体重たい……。全然筋肉とかついてない感じだ。
「ぜぇ……危険な仕事って……はぁ……こんな調子なんだけど……」
息切れをしつつ答える。というかこの身体本当貧弱だな!まさか準備運動程度で息切れするとは……。息切れもそうだがなんにせよ身体が重いのだ。思考に身体がついていかないというか、ワンテンポ遅れて身体が付いて来るというか。運動音痴ではなかったはずだが……
「ああ、そうか。幻精の眼が起動しているってことは、前は常時魔力を使いながら動くということになるから……それは身体に負担がかかって、いや脳に負担がかかっているんだ……」
「脳に負担……?」
「と、とりあえず目を閉じてリラックスして……ああ、こんな事も気づかなかったのか僕は!今日は鍛錬は無しだ!まず身体を休めなきゃ……ああ、実質幻精の眼が起動してから不眠!?」
わたわたとレイは慌てている。確かに疲れが取れにくいななんて思ってたところはあるし……昨日なんてお風呂で寝落ちしかけたことがあったけど、そんな慌てること……
あ、あれ……立てなく、眠たくなってきた……
「イヴ、イヴ!そんなこんな体温が低い状態で……僕のミスだ……!」
「レ、イ……大丈夫だから……」
「大丈夫なものか、僕の判断ミスだ。今はしっかり休んで。すぐヴィオラを呼ぶから!」
「でも実戦……」
「そんなの関係あるか!?僕はイヴに生きるために術を教えてるんだ……イヴの異変に気づけないなんて……僕は教官失格だ……!」
ああ、そんなに焦った顔をして……けど悪い、ちょっと眠るわ……、意識がもたなくなって……
「三度目かな……気を失ったのは……」
目を覚ますと、そこには心配そうにのぞき込むレイと頭に置かれていた濡れタオルを変えようとしてくれたヴィオラの姿があった。レイは本当に今にも泣きついてきそうな顔で子犬を思わせるがヴィオラはいつもの無表情で作業を続けている。
「大丈夫かい……?緊急処置で幻精の眼の機能は停止させておいたけど……」
そう言われて気づいた違和感がある。視野が狭いのだ。これは……右目が見えていない状況なのか。機能を停止させたというだけあって、確かにさっきまで見えていた魔力の流れは見えなくなっている。
「右目に機能を集中させて、それを封じたんだ……ごめん、僕がしっかりしていれば……幻精の眼の起動とイヴの魔力操作がうまくいったことに浮かれすぎてたみたいで……本当にごめん!」
「いいよ、こっちも身体の調子を適宜報告して、指示を仰げばよかったのに、俺も浮かれて無理したまんまだったからさ」
「イヴ……そうだね、2人とも焦りすぎたし浮かれすぎたのかもね。どうする、仕事の話。僕の近くにいてくれた方が安全だと思って、イヴを誘ったわけだけど……イヴが屋敷でゆっくり休むっていうのもありだとは思うようになった。ヴィオラもいるし……屋敷にいてもいいけど……」
「いや、着いていくよ。レイの隣にいたいんだ。俺だってレイにここまで世話をかけてるのに罪悪感を覚えないほど鈍感じゃない」
「けれど……それは僕のわがままだったのかもしれない。イヴのデータを細かく取りたい、魂の根源を明らかにしたい、ホムンクルスを独占したい……そういう気持ちが無かったかと聞かれたら……僕はそれを否定することはできない」
「いいよ、レイに作ってもらった身体だ。何の偶然かもわからないけど俺はこの身体に宿った。もともとは無かったはずの命だ。でも今は違う。ちゃんとここにある。だったら俺はそれをもう二度と失いたくないってだけだ。俺が生きるために創造主の隣にいたいって気持ちは邪心じゃないかと聞かれたら……そうでないと否定はできない。レイと同じだ。いいじゃないか打算の関係でも」
「そうかな……僕はイヴを利用しているだけかもしれない。僕の目的のためにイヴが必要だから手放したくないという律儀じゃない感情で、僕はイヴを従わせているのかもしれない。それでもいいと君は言うのかい?」
「いいよ、俺だって生きたいという感情だけでレイを縛っている。レイに選択権があって、そして俺と契約してくれた。俺が生きたいというわがままをレイが認めてくれた。だから俺はここにいる。レイ……そんなことで罪悪感を覚えなくていいんだ」
「僕は……僕はね……、いや、これは言わなくてもいいことだ。わかったイヴ。当初の予定通りイヴは連れていく。危険な仕事だけど僕が守るから、守る方法も教えていくから」
「ああ、契約だ。結局最初の契約となんら変わることはないがレイと俺の新しい契約だ」
「うん、そうだね……」
レイはにっこりと微笑む。最近焦っていたのは俺だけじゃなくてレイもなんだな……そういえばレイが笑ったところは久しぶりに見た気がする。レイの笑顔を見ると心があったかくなる気がする。ぽかぽかとする……なんだろうな、この感情は……。でも悪いものではないと思う。喜び……に近い感情だと思うから。
俺もにっこり、とできているかどうかは分からないが笑顔を返す。嬉しいからだろうか。
「じゃあしっかりと守るよ、イヴのこと」
「しっかりと守られてみせるさ、でいつか絶対に追いついて足手まといなんか思わせ無くしてやる。俺に守られるところまで駆け上がってやるさ」
「楽しみにして待っておくよ」
まずは攻略、魔力操作だ……。焦らず、じっくりと……進んで行くさ。