錬金術:初歩の初歩の鍛錬編
「……っ、くっ……」
実践指導から2週間、毎日俺は書室で鍛錬を続けていたが……
「ああっ……また、切れた……」
この通り苦戦を続けている。白い靄を糸にする作業の途中で糸が切れてしまうのだ。
「うーん、思った以上にうまくいかないものだね」
傍らで俺の鍛錬を見ていたレイがつぶやく。
「そう思うならもうちょっとアドバイスとか無いのか、かれこれもう2週間だぞ。出発の日も近くなってきたし……」
「焦らない、焦らない。魔術の基本は冷静さだよ」
「そんなこと言われても同じところで躓いているままじゃ……」
「うーん、イヴのもともといた世界じゃなかった物だから、感覚が掴み辛いのかな。魔術の行使と魂の関連とかかなあ。参考になりそうな文献はあったかなあ……」
レイはそう言うと本棚を眺め始める。どうにもこうにも歯がゆい気分だ。
「俺才能ないかなあ……」
ふとそんなつぶやきが漏れてしまう。
「才能がないってことは無いはずだよ、魔導回路もちゃんと最高性能のものだし、魔力も見ることができている。魔力を扱えないということはないはずだ」
「でもよお……」
「めげない、めげない。今はちょっとうまくいってないだけで、生じている問題さえ解決すれば、すぐに使えるようになるはずだ」
「そういうもんかな……俺、自信無くしてきたぞ」
「ふうむ……これかな」
古い書物を本棚から取り出す。傍目から見てもボロボロだ。タイトルは……『魂と魔力の発生源』と読める。
「ふむふむ……魔力と魂は同質で世界を循環していると……。ああ、なんだ魂流理論か」
「なんだそれ?」
「魂は生と死を繰り返しながら魔力として世界を巡り続けるという理論だ。今ではもうほとんど聞かないマイナー理論だね」
「俺の魔力操作ができない問題とは関係なさそうに聞こえるが……」
「事実関係なさそうだ、うーん僕が魔力を始めて扱い始めた頃はどうだったかな……」
「それだよ、それ!経験談聞かせてくれよ、参考になるかもしれない」
食いつくように話かける。今はどんな少ない手がかりでも欲しいのだ。
「うーん、僕が魔術を使い始めたのはもうかなり昔だからなあ……もう覚えてないな」
「十数年前のことくらい覚えとけよ……」
「いや、子供時代のことなんてもう忘れているからね……」
たはは、とばつがわるそうにレイが苦笑する。
「錬金術師っていうのはそうも覚えが悪くても務まるものかよ……」
ついぽろりと嫌みが出てしまう。
「僕の仕事は世間一般でいう錬金術師とはちょっと違うからねえ、物を売ったりするというよりは国からお金をもらって研究をするというタイプだし」
「お前国家研究員だったのか……って、俺の世話していちゃダメじゃないか!?それ!」
「大丈夫、長めの休暇貰ってるから。後2週間くらいならイヴに付き添ってあげられるよ」
「そ、そっか……ありがたいことだがこっちから返せるものは無いぞ。魔術もうまくいかないし……」
がくりと肩を落とす。この身体になってから落ち込むことが増えた気がする。身体に精神が引っ張られでもしているのだろうか。
「イヴのその自信の無さはどうにかした方がいいかもね、それが原因で魔術の行使もうまくいっていないのかもしれない」
「そういうものかなあ」
「うーん、結局魔術っていうのはイメージだからね、自己暗示も大事だよ」
「だったらさ、何か手伝いをさせてくれよ。一日ずっとレイとヴィオラに世話かけてるのはちょっとこう……不満?じゃないけど落ち着かないというか……」
「だったら1ついいことを教えてあげる。イヴが稼働してから毎日というものデータは毎日蓄積されていてね、公表はできないものの、僕の死後に錬金術史にとって重要なデータになることは間違いないだろう。さらに言うならイヴが錬金術を使えるようになったら僕の仕事も手伝ってもらうつもりだし安心して」
ぽんぽんと頭を軽く撫でられる。最近ではすっかり慣れてしまったものだ。
「しかしイメージ、イメージかあ……」
白い靄から糸に絞っていくイメージで今まで試みてきたが……
「靄から糸にするのって細くなりすぎなんじゃないか?」
「うん?どういうことだい?」
「ちょっとやってみる」
指先に意識を集中させる。じっと見つめていると白い靄が漂い始める。
これをいきなり糸のような細さにしようとするから無理が生じて切れてしまうんじゃないか……?俺は白い靄をまず縄にするイメージで絞っていく。まずは靄に形を持たせるところからだ。白い靄は緩く絞められたように形を成す。
次はこれを紐にするイメージで……できるだけ均等な太さになるよう調整する。少しずつ……少しずつ……縄は紐となり、さらにその紐を細く絞っていくと糸に……
「できた……!」
今、俺の指先からは各5本ずつの白い糸が空中を漂っている。
「凄いじゃないか!?そっか、段階を踏まえるというのは考えつかなかった」
レイの声で意識が乱れぷつんと糸が切れてしまう。
「ああ……切れちゃった」
「でもしっかりできていたよ?この感覚を忘れなければ魔力を扱えるようになるはずだ」
「一歩前進、かな」
ふっと身体から力が抜ける。あ、倒れる――
がたんっ!椅子は倒れたが俺は身体を打っていない。レイが間一髪支えてくれたようだ。
「疲れが出ちゃったんだね、もしかして寝る間も惜しんで訓練していた?」
「げっ、バレた?」
「魔力を形成しただけで倒れるなんて無茶しすぎだよ」
「まあ、でもやっと何とか壁を超えたかなって……」
あれ、ヤバい。まぶたが落ちてくる。視界が暗くなってきて……
「根を詰め過ぎたね。一度おやすみ、イヴ」
その優し気な声を最後に俺の意識は闇に沈んでいった。
※※※
気を失ってしまったのはこれで2度目だ。
「んんー」
大きく伸びをする。固まった筋肉の繊維が引き伸ばされて、脳に目覚めを伝える。
「おはよう、イヴ」
と、隣にはレイが座っていた。特異物だというアブラハムの書を読んでいたようだ。
その指からは魔力の靄が伸びていて……いや、待て、指先に意識を集中させていないのになぜ魔力を見ることができる!?それだけではない。部屋中に半透明の靄の流れが見える。どこもかしこも魔力が漂っているのだ。
「戸惑っているようだね、だが大丈夫だ。魔力が見えるのだろう?」
「そ、そうだ……魔力が見える……いったいどうして……?」
「それは君の身体の機能が目覚めたからだ。幻精の眼。ホムンクルスの身体の機能の1つだ」
「俺の……機能……?」
「そうだ、ホムンクルスは錬金生物の頂点に立つ存在、神の器そのもの。当然、魔力の感知能力にも非常に優れている」
「神の器……?」
「前に錬金術の成り立ちを説明したことがあっただろう?ホムンクルスの身体というのは地上において神々が活動するための器の作成と同じ物だ。だから特殊な機能も多く搭載されているってことさ」
「特殊な機能ね……なあ、どうしてこの眼の機能は目覚めた?魔力の糸と関係があるのか?」
「多分、使われるようになった機能が解放されたのだろうね。魔力の糸……念糸というのだけど、それを操ることで魔術が使えるようになったと判断した身体が機能を解放させたと考えられるね」
「なんか慣れない機能だな。ふわふわと魔力があちこちに見える」
「僕達魔術師からしたら羨ましい限りだけどね、その機能は。イヴ、今君が見ている景色は神々がみた景色そのものなのだから。今ではたまに突然変異で生まれる程度だからね、幻精の眼の持ち主は」
「なあ、これ……より教会とやらに狙われるようになるんじゃないか……?」
「あっ……、ま、まあもともとバレなければいい話だし、うん、そういうことにしておこう」
「なんか納得いかねえ……」
レイの見込みの甘さに肩を落としながらも、俺の中には確かな達成感が沸き上がっている。これでレイへの恩返しに少しは近づけたならいいのだが。