錬金術:成り立ち編
この少女の身体となってから数日、レイとヴィオラとの生活も慣れてきた頃だ、朝食とレイとの会話をしていた時にその話題は表れた。
「錬金術に興味はないかい?」
そうレイは切り出してきたのだ。俺の心は未だ男なのだ、錬金術などと心踊らされるものに興味が沸かないわけがない。
「あるよ、すっごい気になる」
こくこくと激しくうなずいておく。
「うん、良かった。断られたらどうしようかと思ったよ。僕が教えられるのは錬金術だけだからね」
「錬金術……とても楽しそうだ」
「おお……ここまで食いつきが良いと照れるね。そうだな、なにから教えようか……。まずは錬金術の成り立ちについてなんてどうだろうか?」
「うんうん、聞きたい」
「じゃあ朝食を終えて着替えたら書斎に来てね」
レイはカップのコーヒーを飲み干すと、席を立って食堂を去って行った。
続いて俺もそそくさと朝食を食べ終える。
「ヴィオラ、着替え手伝ってくれー」
厨房にいるであろうヴィオラを呼び出すと、案の定ヴィオラは音も無く現れた。
「はい、かしこまりました」
深々とお辞儀をするヴィオラを連れ、俺は一度自分の寝室に入って着替えを手伝ってもらう。まだ自分の身体を見るのには抵抗があるのだ。
ネグリジェを脱ぎ、ヴィオラが手渡してくるワンピースに袖を通す。ひらひらとした感触にはいまだ慣れない。いつかは慣れるのだろうか、というか慣れてしまっていいものだろうか。そんな焦りに似た感覚が胸のうちに膨らんでいく。本当は男物を用意して欲しいのだが、頼んでもレイは無言の微笑みを返してくるだけなのだ。
着替え終わった途端に俺ははやる気持ちを抑えきれず、レイの待つ書斎へと駆け込んだ。
「早いね」
部屋の主は本を探しているのか、本棚の前をうろうろしていた。机にはすでにいくつかの本が置かれている。そして部屋の中央には椅子が1つ置かれていた。
「座りなよ、立ちっぱなしは辛いだろう?」
「じゃあお言葉に甘えて」
その椅子に俺は腰を下ろす。ギシリと床がなった。
「さて、まずイヴには錬金術、その成り立ちから説明しようと思う」
俺の前に引っ張り出してきた黒板を置き、レイはそう告げた。
「錬金術というものは遥か昔、ある1柱の神によって人類に与えられた。その神の名はへるめす・とりすめぎすとすメルクリウスという」
その名には聞き覚えがあった。確か……
「メルクリウス……聞き覚えがある、俺の世界でも錬金術に関連する神の名前だったはずだ」
「なるほど、またイヴのもとの世界とこっちの世界との新たな一致点だね。まあ、それは一度置いておいて話を続けるね。人類に与えられた錬金術……それは神々たちが自身の肉体、武器、食物……そういった
ものを作り出す技術だったんだ」
レイは黒板に錬金術が人類に与えられ、神々が怒っていることを示す図を描き込んでいく。
「黒板の絵から考えて神々は怒ったのか?」
「そう、その通り。メルクリウスがやったことは、神々の独占していた技術を人類に渡すという行為だ。神々は錬金術が与えられる前までは人間の持つ技術で殺されることはなかった。それまでは神を殺せる相
手は他の神だけだったんだ」
「それは錬金術が人類に伝わったことで変わってしまったということなのか……?」
「そうだ、錬金術によって人類は神々をも殺せるようになってしまった。絶対的な存在から神々は墜ちてしまった。神々はメルクリウスを処刑し、人類から錬金術を取り上げようとした」
レイは黒板に描かれていた図を消し、新たに人類と神々の対立する図を描き込んでいく。
「もちろん、人類側は錬金術を利用したいわけだ。返すなんてとんでもない。そうして神々と人間の戦争は始まった」
「神々との戦争……考えられない話だ……」
「そう思うだろう?だがこの戦争は実際にあったという説が有力だ。根拠もあるが今は置いておこう。話を戻すね。神々との戦争は熾烈を極めた。最初は神々の圧倒的な力に人類は押しつぶされかねなかったが、人類は錬金術によって立ち向かい、その技術は戦争の中で発展を繰り返していった」
「戦争の中での技術の発展か……」
もとの世界でも同じように発展した技術を思い浮かべる。原子力エネルギーなどは最も考えやすいものだろう。
「発展した錬金術は神々を殺すことが可能となった。戦争はさらに激しくなり、戦争は泥沼状態に陥った」
レイは神々と人類が力尽きていく図を黒板に描いていく。
「その神と人の戦争は最終的にどんな終わり方をしたんだ?」
「和平だよ、神と人は両方疲弊していった。結局神が人と和解することを決意した時には神は最後の1柱、人類は数千人まで減ってしまったという」
「どれだけ長い戦争だったんだ、それは」
「最も有力な説は1万年とされている。その1万年の中で文明は発展し続け、また破壊され失われるという循環を繰り返していたらしい」
文明が失われるほどの大破壊、年月のことも考えると神話じみている。いや、神話そのものなのだろう。
「最後の1柱の神と生き残った人類はその神をずっと信仰していくこと、代わりにメルクリウスが最初に持ち込んだ錬金術を利用できるようにすることとその発展を見守っていくことを条件に和平が結ばれた。その最後の1柱を信仰する団体は今日では聖教会となり、世界中で教えを広めている」
「その聖教会がホムンクルスの製造を禁止しているって話だったよな?」
「過度の発展でまた神と争うことをよしとしていないからね、彼らは。錬金術の発展は聖教会の手によって阻害されているのが現在の状況だ」
それで命を奪われる可能性があるというのだから迷惑な話だ。ふんと鼻を鳴らしておく。
「ところでさ、さっき言っていた一万年規模の戦争には根拠があるって言っていたよな?それって一体何だ?」
「特異物……聖教会においては聖遺物と呼ばれる物。その大戦時に発展した錬金術によって作られた遺産だ。まれに、今現在の錬金術では考えられないほどの高性能な物品が、遺跡などから出土する時がある。それらのことをまとめてそう呼称している」
「特異物か……なんというかロマンのある話だな」
太古に発展した文明の遺産。少しゲームやマンガ染みている話だが、それが俺の心をよりくすぐらせる。
「事実夢のある話だ。この特異物を回収するために遺跡の発掘などは国家単位で進められているし、出土した時にはとんでもないお金が動くこともある。何を隠そう、僕自身も特異物を回収する者の一人だ」
「え?実物があるのか!?」
レイの持つ特異物……いったいどんなものなのか。胸の内のワクワクが隠せない。
「あるよ、僕の目の前にあるもおもその1つだね」
レイの目の前……まさか!
「俺の身体か……?」
「そう、その通り。ホムンクルスの身体……その生成という方法こそが僕の持つ特異物だ」
「俺の身体が……」
俺はぺたぺたと自分の身体をところかまわず触る。自分がその特異物とやらそのものだと知るとなんだか不思議な気分だ。
「イヴ、君の身体はホムンクルス、つまり特異物であるがゆえにとてつもなく希少だ。君自身がまず大事にしてあげて欲しい。それこそが僕自身の望みでもあるのだから」
レイはそう言うと俺の頭を撫でてくる。レイが俺に対して過保護気味なところがある理由を垣間見たと思うと、どうも拒みにくくなるのであった。気恥ずかしさはまったく変わらないのだけれども。