禁忌の存在と小水
「さて遠い極東の国から来た君に伝えておかなきゃいけないことがある」
そうおもむろに告げだす真剣な表情のレイ。確かに常識やらなにやらはさっぱりだがそこまでかしこまるようなことだろうか。
「君の身体、ホムンクルスの作成というのは禁忌の術に分類されるものでね……その、なんというか……君の存在自体が法に触れるのだよね……」
「は?」
反射的に素っ頓狂な声が出た。
「いや、だから法律に違反していて公にバレたらまずいってことなのだけど……」
「はあああああああああああああ?なんでそんなヤバい術に手を出した!?」
「しっ、声が大きいよ。近隣住民に怪しまれるとまずい。ただでさえ僕は屋敷に籠って怪しい実験をしているって噂になっているのだし……」
「正論じゃないか……」
げんなりとしながらも声を抑えてツッコミを入れる。この人を頼ってもいいと約束してもらったが大丈夫だろうか、これ。
「うん、そうかも……。ある理由を以て作ってみたのだけれど、今回は魂が宿るなんてことは想定していなかったからね。いつでも廃棄すればバレないと思っていたのだけれど」
「廃棄?……俺また死ぬのか……?」
冷や汗が背筋を垂れていく。もしかしてやはり逃げた方が良いのだろうか。いやいや一度は助けてくれたのだから改めて殺したりはしないはずだが……
「いや、そんなことにはしないよ。とりあえず君は地方で病気がちだったので療養していた妹ということにしようと思う」
「えっと……それで誤魔化せるのか?」
「大丈夫だと思う、僕の異母妹と名乗れば問題はないはずだ」
ほっと一息をつく。ずっと屋敷に引きこもって見つからないようにと祈り続ける生活は嫌すぎる。
「ちなみに聞きたいのだけどホムンクルスだとバレたらどうなる?」
「ええっと、聖教法の1つ、『人が人を創造することを禁ず、人を創造するのは神のみなり。またそれに類似する行為も禁ず』に抵触するから異端審問にかけられて処刑される可能性が高いかな、君も、僕も」
「処刑……」
ぶるりと背筋がこわばった。絶対にホムンクルスだということは隠し通さないとダメだ、殺される……。
「さらに言うならホムンクルスに魂が宿ったと聞いたら、遵法精神のない死霊術師や錬金術師たちからも狙われる可能性が高い。実験材料として君に深い興味を示すだろうからね」
「さっきからネガティブな情報ばかりだが大丈夫か、これ?」
「そう簡単にはバレはしないさ、けれどもまずしばらくは外に出ずに生活のための知識を身に付けた方が良いかな。……おっと、その前にやらなきゃいけないことがあった」
「やらなきゃいけないこと?」
「名前さ、いつまでも君だけではダメだろう?」
「名前、名前か……」
「とりあえずイヴというのはどうだろう?」
「却下、中身は男だというのは話しただろ」
「けど女の子を男の名前で呼ぶのはいかにも怪しくないか?訳ありですって自己紹介するようなものだろう?」
「うぐぐ、正論を……」
「じゃあイヴで決まりだね、よろしくね、イヴ」
そう言ってレイは頭を撫でて来る。俺はぶるぶると頭を振ってその手を拒絶した。
「やめろ、そういうの!少女扱いをするな!」
「けど僕の異母妹という設定だよ?そういう扱いだって必要だしなんならお兄ちゃんと呼んでくれても……」
「だれが呼ぶか!」
そう叫ぶとレイはしゅん……と気落ちしたような姿を見せる。こいつ顔は良いがもしかするとただの残念な変態じゃないのだろうかという疑念がむくむくと膨れ上がる。
「さて、名前も決まったことだしまずは屋敷の案内から始めようか」
レイは椅子から立ちパンパンとローブの埃を払い落とす。俺もベッドから降りようとすると、
「ダメだよイヴ、裸足じゃ汚い」
ひょいと頭と膝の裏を抱えられ、持ち上げられる。つまりお姫様だっこの状態だ。
「な、な、なにすんだ!」
「ほらほら暴れないで、落ちちゃうから。お兄ちゃんにお任せ」
「お兄ちゃんじゃないだろ!下ろせよ!」
「けど本当に女の子用の靴無いからなあ、今度買ってきてあげるからせめて今日はこうさせてよ」
「本当に今日だけだぞ」
きっとレイをにらみつけると、レイは微笑みながら頷いた。やっぱりこいつただの変態じゃなかろうか。
※※※
「と言っても屋敷の紹介なんてこんなものだけどね」
最初にいた書室に次いで厨房に食室、浴場、そしてさっきまで寝ていたベッドのある寝室を案内したレイはそう言った。
「本当に少ないな、空き部屋もたくさんあったぞ?」
「あれは物置になっていたり、たまに来る客のための寝室だったりするから基本的に使わないし覚えなくても問題は無いよ」
「と、ところでなんだが……その……トイレはどこだ?」
実をいうと屋敷の案内の最中から尿意が限界を超えそうなのだ。案内される途中で寄らせてもらえるだろうと思ったがなぜだか説明もされなかった。昨日漏らしたばかりというのにまた漏らすのは勘弁だ。その問いに対してレイは、
「トイレ?トイレってなんだい?」
と衝撃的なことを告げた。まさかトイレが無い……?
「便器だよ!便器!尿意が限界なの!」
「ああ、便器か!もうちょっと我慢してね」
とどこか合点がいった表情を見せ、俺をベッドの上に丁寧に置くとすたすたとどっかに去って行った。
「うぅ……なんでもいいからはやくしてくれ……」
もじもじと膝をすり合わせ尿意を誤魔化す。流石にこんな綺麗なベッドを汚すわけにはいかない。シーツを握ったり放したり、指と指を組んだり放したり、足の指を閉じたり開けたり、歯ぎしりしたりと頭か
ら尿意から気をそらすこと努力を続けること数分。すると、息を切らしたレイが入ってきた。その手にもっているのはおまる……え?おまる?
「ま、まさかそれにしろっていうのか……?」
尿意の限界と困惑とで声が震える。
「その通りだけど……なにか不満?」
「……ッ!それでいいから早く貸してくれ!」
近づいてきたレイの手からおまるをばっと奪ってまたがり、下着を降ろす。女性物の下着だったが今はそれを気にしている暇はない。
「ってレイ!見るな!1回出てけ!」
「わ、悪い……」
後ろに立っていたレイを部屋から追い出し扉を閉めさせる、と同時にしょろろろろろろろ……と、勢いよく小水が飛び出ておまるを満たしていく。なんとみじめな姿なことだろう。泣きたくなってきた。なんで俺が2日連続よりにもよって小水関連で困らなきゃならんのか。
「終わったら呼んでねー、紙持ってるからー」
そうとぼけた声が呼びかけて来る。そういえば紙の問題もあった。なんで俺があの変態疑惑のあるやつに排出物の管理をされなきゃならないのか……。理不尽すぎて恨むぞ、神様。