第6話
もしかしたら今日は更新しないかもと言ったな。あれは嘘だ。
……ごめんなさい。調子に乗りました。気分転換にちょっと新作を思いついたんで書いていたら、出てくる出てくる第6話の構成。で、書いてみたら意外とスラスラと書けたんです。
…第5話を少し加筆しました。セレナがヒスイと出会うところです。良ければ覗いてやってください。
それでは、どぞ。
朝。日の光が洞窟の入口に射し込み、そこで寝ていたヒスイの顔を照らす。
ヒスイは眩しさに小さく唸ると日の光から逃げるようにゴロゴロと洞窟内に転がり、日が当たらない所まで行く。そして再び微睡に沈み――不意に、その目をカッと見開いた。
「何か…来たな」
ヒスイの気配察知に、何かが反応した。
複数の気配を感じる。1…3……7……15の気配。小さい。子供位の大きさ……ゴブリンか。
群れでの移動。恐らく新しいコロニーとなる場所でも探しているんだろう。だとすると…ここは危ないかもしれない。明るければ入口から最奥まで見えるほどの小さな洞窟だが、いくらでも広げることができるし、コロニーにするにはそれなりにいい条件の場所だ。近くに水場があるかは分からないが、あればここにコロニーをつくろうとするだろう。
こっちに来なければいいが、あいにくとゴブリンの集団の気配はこの洞窟に向かってきている。
チラッと洞窟内を見る。かがり火はすでに消え、セレナはまだ静かな寝息をたてている。
「セレナ様」
一応、声をかけてみる。全く起きる気配がない。仕方のないことだ。この2日で、色んなことがあったのだから。
1人にするのは少し不安だが、そんなに距離が離れている訳でもないし向かってきているのも所詮ゴブリン。瞬殺できる。
揺らしてもみたが、うんともすんとも言わない。
ヒスイは愛おしげにセレナの髪を撫でると、立ち上がり腰に刀を挿す。そして一度外に出ようとして……場日を思ったのかヒスイは不意に立ち止まり、もう一度セレナの元に戻って頭をもう一度だけ撫でる。
「セレナ様、少し離れますね。すぐに戻ってきますので」
そっと優しくセレナの頬に触れと、セレナに気づかれないように静かに立ち上がり、今度こそゴブリンを倒しに行った。
ヒスイは、念のため入口に魔法陣の罠を仕掛ける。入口の床に、これでもかというぐらい複雑な魔方陣を、慣れた手つきでスラスラと描いていく。この魔方陣は「結界」を張る魔法陣。そこにヒスイは少し工夫を施し、ただ結界を張るだけの魔法陣に触れると感電するほどの電撃が流れるように施す。そして天井にはもし結界の魔方陣を突破されたとき用に、その魔法陣の下を通ると洞窟の天井から円錐状の石の杭が撃ち込まれる魔法陣を描く。もちろん、セレナに発動しないようにセレナとヒスイ以外の生物を対象とする。
少々オーバーな気がするが、絶対守ると誓った以上もしものことまで考えて行動したい。
それだけの魔法陣を、ヒスイは1分とかからずに描きあげる。ちゃんと魔法陣が起動しているかだけ確認するといよいよゴブリンに向かって歩を進めた。
ヒスイは気配を消し、風の魔法を使い宙を蹴りゴブリンのいるところまでやってくる。距離はそんなに離れていなかったため、時間はそんなにかからずに着いた。この時にも枝を折ったりしないよう注意を払って移動する。
ゴブリン達の真上まで来ると、ヒスイは刀を抜かずそのままゴブリンの群れに突っ込む。まず殺すのは群れの中心にいる一般的なゴブリンよりも体格の大きいゴブリン。
一般的なゴブリンの特徴は肌が赤黒くお腹の辺りが白い。目は黄色で尖った爪に尖った歯、横に尖った耳を持っており、木を折っただけの棍棒や木の盾、農具や駆け出しの冒険者を殺して奪ったであろう剣や槍、弓などで武装している。身長は子供くらいの大きさで平均130センチほど。大きくても135センチぐらい。しかしこのゴブリンは身長が150センチほどあり、肌が黒に近い灰色でお腹も同色。目は赤く爪や歯もより鋭く大きくなっている。一般的なゴブリンは異臭を放つボロボロの腰布を主に装備しているが、このゴブリンはさびれた楔帷子を着こみ、その手にはそれなりに状態のいいショートソードが握られていた。
ホブゴブリン。この群れのリーダーはこいつだろう。
ヒスイは落下の勢いをそのまま利用し、まずホブゴブリンの首の骨を折る。
ボキィ、っと骨の折れる鈍い音が響き、前を歩いていたゴブリンは慌てて後ろを振り向き、後ろにいたゴブリンはいきなりのことで取り乱す。
ヒスイはその隙を見逃すことなく、一瞬で後ろで慌てているゴブリンに詰め寄るとその胴体に掌底を叩き込む。掌底を叩きこまれたゴブリンは口から盛大に血を吐き、その場に崩れ落ちた。そのまま流れるように近くにいたゴブリンにも掌底を叩き込み、蹴りで首の骨を折り、一瞬のうちに7匹のゴブリンを屠った。
「…残り7匹」
いきなりリーダーと半数の仲間を殺されたことに動揺を見せ、慌てて逃げ出そうとするゴブリンに、ヒスイは容赦なく掌底を叩き込み、同じように流れるように残りの7匹全てを屠った。
最後の1匹に掌底を叩き込み、ゴブリンが血を吐き倒れるのを見届けるとヒスイはゆっくりと構えを解く。返り血はなし。手に少しばかり血が付いてしまったが、水魔法で水を生み出し洗い流す。
死体は放っておけば血の匂いを嗅ぎつけた魔物なり獣なりが食い散らかしてくれるだろう。もしここを暗殺者が見つけたとしても刀で殺していないため切り傷から人が殺したとは考えないだろう。せいぜい魔物に襲われたと考えるはずだ。
………今思えば、それなら首の骨が折れているのも不自然か? ………少し失敗したな。折らなければ良かった。掌底の発頸による内臓破裂で殺しておけば良かった。内臓なら食い散らかされて分かりにくいだろうし。
ヒスイがそんなことを考えていると、突然森に女性の悲鳴が響き渡る。その声は、セレナのものだった!
「ッ! セレナ様!」
ヒスイは高速移動歩法「縮地」を使い、痕跡とかそんなことは頭の片隅に追いやってセレナのいる洞窟へ急行した。
ヒスイが洞窟に着くと、そこには洞窟を出る前に仕掛けた魔法陣の罠がそのままの状態で顕在していた。結界に触れた形跡もいなければ、突破された形跡もない。
それだけ確認すると、ヒスイは直ぐに洞窟に入る。
ヒスイが洞窟に入ると、セレナは洞窟に座り込みながら泣き叫んでいた。その手は何かを探すように地面を探っている。
「セレナ様!」
「ヒスイ!? ヒスイ何処!? どこどこどこ!!? いや、私を置いていかないで! 私を捨てないでぇ!!!」
「セレナ様! 私はここにいます!」
ヒスイはそういうや、すぐさまセレナをきつく抱きしめる。
「ヒスイ!? うぅ……ヒスイヒスイヒスイ! 私を捨てないで!!」
「大丈夫です! 私がセレナ様を見捨てることは絶対にありません! 私は、セレナ様の味方です!」
強く抱き返し、ヒスイの耳の横で名を呼び続けるセレナ。「捨てないで!」とセレナが口にする度に、ヒスイも「捨てません!」と言い返す。
(迂闊だった。もっと慎重に動くべきだった。セレナ様の精神はすでに限界だ。そんな中俺が目を覚ました時にいないとなれば、パニックを起こすのは当たり前だろう!)
ヒスイは自身の行動をひどく後悔する。しかし今はセレナを落ち着かせることが先だ。ヒスイはセレナが落ち着くまで、きつくセレナを抱きしめ続けた。
セレナがだんだんと落ち着いてきた。ヒスイはセレナの背中をポンポンと優しく叩き、片方の手で頭を撫でる。
ヒスイの肩に顎を乗せ泣き叫んでいたセレナは、今はその顔をヒスイの胸に沈め、叫び声は小さな嗚咽に変わっている。
だいぶ落ち着いて、セレナが上目遣いにヒスイを見つめ、懇願する。
「ビズイィ! どごにもいがないでぇ! 私を捨てないで! ずっと傍にいて!」
「――ッ!」
こんな状況だが、ヒスイの胸は今、セレナにときめいていた。
自分の胸の中で恐怖や不安からその身を小さく振るわせ、涙目に加え上目使いでそんなことを言われれば、誰だってそうなる。それもセレナのような美少女で、セレナと出会ってから慕い続けているヒスイにとって、今のセレナはとてつもなく魅力的だった。
分かっている。分かっているのだ。こんな状況でそんなふうに思うのは間違っているだろうということは。セレナは今いっぱいいっぱいで、ヒスイ以外に頼れる人がいないということも、今は良いがこのままだとセレナがヒスイに完全に依存してしまうという危険性があることも、ヒスイは全部分かっている。
分かってはいる。分かってはいるのだが、ヒスイは思わず、こう思ってしまうのだ。
(セレナ様――むっちゃ可愛い!!!)
ヒスイが内心かなり悶えながら固まっていると、そんなヒスイに不安になったのかセレナが口を開く。
「グスッ………ビスイ?」
「あ、ああ。はい。大丈夫ですよセレナ様。私はずっとセレナ様の傍にいます」
「……良かったぁ」
ヒスイの言葉を聞いて、にへら、と笑ったセレナ。ヒスイはその顔を見て、再び悶えたのだがセレナがそのままヒスイの胸で寝息をたてていることに気づくと優しくその頭を撫でセレナを横にさせる。
セレナを横にした後、ヒスイは立ち上がろうと中腰になるのだが、不意に小さな抵抗を感じそちらに視線を向ける。
するとセレナの手がヒスイのロングコートを握りしめているではないか。
ヒスイは口を手で覆い、にやけそうになるのを必死に堪える。
(ダメだぞヒスイ。これはそういうのじゃない。ないったらない。…ないはずだ! それに状況が状況だ。そんなことではセレナ様は守れんぞ!)
そう、強く自分に言い聞かせるもヒスイの口元はにやけそうになるのを必死に堪え、ちょっと…いや、大分面白い顔になっていた。
◇
再びセレナが起きる頃には、空は暁に染まり、時刻は夕方に差し掛かっていた。
セレナが起きだした時またヒスイを探したのだが、今回はすぐ傍にヒスイがいて、尚且つヒスイが手を握っていたのですぐに落ち着いた。
今はセレナのお腹が可愛らしい悲鳴を上げたので、ヒスイが持っていた干し肉を二人そろって食べているところだった。………干し肉は昨日の雨を吸っていて、ただでさえ味気ないのにさらに不味くなっていた。しかしセレナはお腹が空いていてそれどころではないのか、それとも舌がマヒでもしているのか黙って食べている。ヒスイはこれ以上に不味い物――それこそ、泥水でさえ飲んだことがあるのでまるで気にしない。ただ、セレナにこんなものを食べさせているのを申し訳なく思っている。
干し肉を食べ終わって、空は暗くなり時刻は夜になっていた。
不意に、ヒスイが口を開く。
「セレナ様」
「何?」
「ゴドルフ様とアンナ、使用人達からお手紙をお預かりしています」
ビクッ! とセレナの肩が大きく跳ねる。それを見てすぐさまヒスイが言葉を紡ぐ。
「大丈夫です! セレナ様を傷つけるようなことは、一切書かれていません」
「嘘よ! だってお父様たちは「大丈夫です!」――ッ!」
「大丈夫です! 内容は、セレナ様への謝罪の言葉です」
「………謝罪?」
「はい。中身は見ていませんが、分かります。書かれているのはセレナ様への謝罪と、彼らがどうしてセレナ様を追い出したのか、その説明と、彼らの本心です」
「みんなの本心は分かっているわ! 私を殺したいのよ! 暗殺者まで雇ったじゃない!」
「守るためだったのです! …守るために、私を雇ったのです」
ヒスイの言葉で、今更ながらセレナは思い出す。そういえば、ヒスイは【夜】と呼ばれた、私を殺すためにエインズリー公爵家が雇った暗殺者ではなかったか…と。
黙り込んでしまったセレナに、ヒスイは語り掛ける。
「セレナ様のお気持ちは分かるつもりです。私はずっと見ていましたから。ですが、信じてください。セレナ様」
ヒスイは懐から二通の手紙を取り出すと、セレナに差し出す。
「い、嫌!」
「…セレナ様」
拒んだセレナに、ヒスイは優しく語りかける。
「大丈夫ですセレナ様。どうか…どうかお読みください。私も傍にいます」
ヒスイはいやいやと手を振るセレナの手を優しく握ると、そっと手紙をセレナの掌に置く。
そして、涙を流すセレナの瞳を真っ直ぐに見つめ、もう一度。力強く。
「大丈夫です。セレナ様」
しばしの沈黙。握っている手から、セレナの震えが伝わってくる。涙も流し、視界もぐちゃぐちゃになっているであろうセレナは。
「……分かった」
手を恐怖で振るわせながら。涙を流しながら。声を震わせながら。
セレナはそう答え、掌に置かれた手紙をそっと手に取り、何度も何度も深呼吸をすると、ゆっくりと、その手紙を開いた。
ありがとうございました!
もしかしたら近いうちに新作を出すかもしれません。
タイトルは「護国の剣」。まだ執筆中でいつ出すとかは未定です。「もしかしたら」なので、もし投稿した時は少しでも気になれば覗いていただけると嬉しいです。