第3話
上手く書けているか……果てしなく不安です。
と、取り敢えずどうぞ。
目が覚めると、セレナは霧深い森の中にいた。突然のことに慌てて周囲を見渡すも、近くには誰もいないし、霧で遠くまで見渡すことができない。
「アンナ!? お兄様、お父様!? ルイス様!?」
大声を出してみるも、返ってくるのはただただ静寂。夜の森の静けさだった。
セレナが孤独感と恐怖心を抱いて身を竦めていると、突然強い風が吹き、草木が揺れ、バサバサと何かが飛び立つ音がする。
「ひっ!」
その音に驚いて小さな悲鳴を上げ、きつく目を瞑る。少し待って、当たりに静寂が訪れると、セレナは恐る恐る目を開け、周囲を確認する。そこには、先ほどと何ら変わらない森があった。
セレナはほっと息を吐き脱力する。
(何だ……。何もいないじゃない)
ガサガサ
「――っ!」
左の霧向こうから、草木の揺れる音がする。風は吹いていない。何の音だろうと思い、音がした方角をじっと見つめていると、雲にでも隠れていたのか月明かりが不意に森に射す。
そして、現れたのは全身黒づくめの男。その手にはきらりと輝く剣を持っている。
セレナは言葉にならない悲鳴を上げ、男とは反対方向に一心不乱に走った。走って、走って、走り続けた。
暗い森の中、まともに前も見えない状況で、それでもセレナは走り続けた。
不意に、右の奥の方で明かりが見える。松明だろうか。セレナは助けを求め、その光へと走る。
光の下へ走っていると、複数の人影が見えた。近づくにつれ、その人たちが知り合いだと気付く。
「ルイス様! お兄様にお父様、アマンダ様も!」
他にも、同じ学校の子息子女に先生もいた。やった! これで助かる! そう安心したのもつかの間、何やら皆の様子がおかしい。誰しもがセレナを冷たい目で見ていたのだ。
「み、皆さま、どうなされたんですか?」
セレナの問いに、誰も答えない。それどころか一人、また一人とセレナに背中を向け、歩き出すではないか!
「ま、待ってください皆さま! 私を置いていかないで!」
とっさにセレナが走り、去っていく背中を追いかける。しかしどうしたことか、いくら走っても、まるで距離が縮まらない。寧ろ離れていっている。
「待って、待って!」
その声に誰も反応せず、誰も歩みを止めない。
一心不乱に走っていたせいか、足元の木の根に気づかず、セレナは木の根に引っかかり盛大にこけた。
「い――っ! ―――あ、待ってください!」
どうやら足をくじいたようで、まともに立てず痛みが引くのを待っていると、いつの間にかみんなの背中は霧で見えなくなり、僅かな松明の明かりだけが薄らと見えるだけだった。
そして、ついにその明かりも見えなくなり、セレナの目から涙がこぼれる。月も雲に隠れ、ぽつぽつと雨が降り始めた。
雨は直ぐに強くなり、セレナはびしょびしょに濡れ、もう涙か雨か分からなくなっていた。
「う、ひぐっ、……うわぁあああああああん!」
セレナは大声で泣き叫んだ。みんなに見捨てられた! そのことが心に大きな悲しみを生み出した。
ふいに、後ろの方で草木の揺れる音がした。
セレナはハッとなって、恐る恐る後ろを振り返る。するとそこに、先ほどの剣を持った男がいた。
男は何かを探すように森を見渡し、セレナを見つけると無言で歩いてくる。
「ひ! い、いや、来ないで!」
セレナは必死に逃げようとするが、足が痛くて立ち上がることができない。セレナは必死で距離を取ろうと後ろに下がるが、すぐに追いつかれてしまった。
目の前に、男が立つ。
男は、その手に持つ剣を大きく振りかぶった。
「きゃぁああ!」
そう叫ぶとともに、セレナはベットから飛び起きた。扉の向こうから誰かが走ってくる足音が聞こえ、勢いよくドアが開け放たれる。
「どうしましたかお嬢様!」
入ってきたのはアンナだった。セレナはアンナを光のともっていない目で一瞥してから、ぽつりとつぶやく。
「………ゆ、夢…?」
言葉にすると、先ほどの出来事が夢だと確信する。セレナの目から、スゥ~っと涙が流れた。
その涙をアンナはベットの脇に座り、冷たい水で濡らしたタオルで優しく拭う。
「大丈夫ですか? 怖い夢でも見ましたか?」
そう言って、優しくセレナに語り掛ける。セレナは黙ったまま、一つコクリと頷いた。
「そうですか…。でも大丈夫です。それは夢ですよ」
アンナはそうをかけると、ベットにおかれたセレナの手を優しく握る。セレナの手は、驚くほど冷たかった。
しばしの間があって、アンナが口を開く。
「昨夜でのこと、お聞きしました」
その言葉に、セレナの手が強張る。それを敏感に感じ取ったアンナは、セレナの頭に手を置くと優しく撫で始めた。
「セレナ様、おつろうございましたね。大丈夫ですよ、私が、いつでも傍にいますからね」
その言葉を聞いたセレナは。
力の限りアンナを抱きしめ、その胸の中で声を押し殺しながら泣いた。アンナはそんなセレナの頭を、ただただ撫で続けた。
セレナが落ち着くのを待って、アンナが口を開いた。
「それにしても随分と長い間眠っておいででしたね。もうお昼を過ぎておやつの時間ですよ? お腹も空いたことでしょう。直ぐに食べ物を持ってまいりますね」
アンナの言葉に、セレナが窓の外を見てみると、確かに日が高く昇っていた。
そしてアンナの指摘通りに、セレナのお腹から「きゅぅうぅ~」と可愛らしい音がした。セレナは慌ててお腹を押さる。その顔は羞恥で真っ赤になっていた。
「あらあらまあまあ。可愛らしい音ですこと。直ぐにお持ちいたしますね。あ、それと旦那様から、ご飯を食べ次第旦那様の部屋へ来るよう仰せつかっております。お辛いでしょうが、どうぞお願いいたします」
それだけ言うと、アンナは綺麗なお辞儀をし、部屋から退出した。
ご飯を食べた終え、身だしなみを整えた後、セレナはアンナを伴いゴドルフの部屋の前に来ていた。これから何を言われるのか分からないという不安感に、セレナの顔色は悪く、少し物怖じする。しかしここにいつまでもいる訳にはいかず、セレナは思い切ってドアをノックする。
「お父様、セレナです」
するとすぐさまゴドルフの「入れ」という返事が返ってきたので、セレナは一つ小さく深呼吸すると、部屋に入る。
「失礼します。お父様私に何か――……………お兄様…」
部屋にいたのは父、ゴドルフだけではなかった。兄のイヴァンが父の隣に立っている。イヴァンの目は昨日会場で見た時と同じ、ツンドラのように冷え切った冷たい目をしており、それを見たセレナは数歩後退してしまう。
「どうした? 早く入ってきなさい」
「は、はい」
父の固い声には、有無を言わせぬ力があった。普段の温厚で優しい父からは想像できない声音だ。
セレナが部屋に入ってくると、部屋の中に重苦しい空気が充満する。ゴドルフはきつく目を瞑り、イヴァンはセレナを睨みつけ、セレナは視線を床に向けている。重たい沈黙。その沈黙を破ったのは、ゴドルフだった。
「殿下から、婚約破棄をされたそうだな」
その言葉に、セレナはビクッと体を竦める。
「どうした? 違うのか? 返事をしなさい」
「…は、はい。その通りです」
「…そうか」
しばしの沈黙。そして。
「この――馬鹿もんがぁ!」
父が、怒鳴った。母親が死んで以来、今までも優しかったがさらに温厚に優しくなった父が、怒鳴った。セレナはゴドルフの声の大きさにビクッとなったが、それよりも父が怒鳴ったことに対する驚きの方が大きかった。それは兄も同じだったようで、イヴァンもセレナを睨むを止め、目を見開いて父を見つめている。
そのことに気づいているのかいないのか、ゴドルフは怒鳴り続けた。
「セレナ! お前を何のために育ててやったと思っている! 王家との繋がりを作るためだぞ! それをお前、婚約を破棄されるなど……セレナ、お前は一体、何をしている!」
セレナは、目の前の父親が何を言っているのか理解できなかった。いや、理解したくなかった。父は何を言っている? 私を育てたのは……王家との繋がりを作るため? それだけなの? セレナは頭が真っ白で、何も考えることができない。耳元で心臓の音が、聞こえてきた。
「お、お父様? 何を言って――」
「うるさい! お前のせいで、王家に目をつけられでもしたらどうするつもりだ! しかもセレナ。特待生の平民の子にイジメをしていたそうだな。それも、暴漢まで雇ったと! お前は一体なんてことをしてくれるんだ! 放っておけば良かったものを。いくら殿下が気に入ろうが、相手は平民。何もしなければ、王妃の座は付けたものを! お前の醜い嫉妬で、エインズリー家は終わりだ!」
そう言って、頭を抱え始めた父であるゴドルフに、セレナは恐怖を感じていた。
――この人は、誰ですか? あの優しかったお父様は、何処へ行ったの?
セレナの記憶にある父の姿が、音を立てて崩れ落ちていく。知らない。私はこんな人、知らない。
セレナが固まっている中、ゴドルフの肩にイヴァンが優しく手を置く。
「大丈夫ですよ父上。この僕がいます。殿下も分かってくれてますよ。悪いのはセレナで、エインズリー家ではないと。何故なら僕も、殿下たちとセレナの悪行を暴いたのですから」
イヴァンの言葉に、ゴドルフは顔をあげ、少しだけ安心した表情を浮かべる。
「そ、そうか。よくやったイヴァン。お前は自慢の息子だ。………それに比べ、セレナ。お前は何だ?」
「お前は何だ?」その父の質問に、頭が真っ白でもはや何も考えることができないセレナに、答えられるわけがない。いや、例えじっくりと考えることができたとしても、この問いに答えることは容易ではないだろう。そもそも、この問い自体の意味が分からない。これではまるで――まるで、必要とされていないみたいではないか。
そして、ついにあの言葉が発せられる。
その言葉を始めに言い放ったのは、イヴァンだった。
「父上。追放しましょう」
「……………え?」
「…追放。…………そうだな。追放するしかない。セレナを追放し、今回の件は我が公爵家が関わっていないことを示さねばならん。クソッ。他家からどんな圧力がかかってくるか……。エインズリー公爵家の立場は、一気に悪くなる…。イヴァン。お前だけが頼りだ。頼りにしているぞ」
「お任せください。父上。そしておそらくそんなに心配しなくてもよろしいかと。僕はすでに殿下の側近の一人と認識されています。恐らく、そこまで大ごとになることはないでしょう。殿下からも、そのようなお言葉を頂いております」
「そうか……。それはよかった……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
セレナはたまらず声をあげた。それはそうだろう。何しろ、既にセレナの追放は決定事項とばかりに会話が進んでいるのだから。
(何ですかこれは!? どうして私が追放されることが、こんなにもあっさりと決まっているんですか!)
「どうして追放ということになるのですか! おとうさ「黙れ!」っ!」
「黙れ。もう私を父と呼ぶな。セレナ・エインズリー。現時刻を持って、お前を公爵家から追放とする。セレナ。お前はもうエインズリー家の人間ではない。お前のような役立たずなど公爵家には不要だ。今すぐこの家から出ていきなさい!」
「そ、そんな! おとうさ「誰か、そこの平民を屋敷からつまみ出せ!」――な!」
セレナはこの時、初めてゴドルフが本気だと気付いた。慌てて使用人たちに目を向ける。みんな、セレナと目が合うと気まずそうに眼を逸らした。………アンナでさえも。
いつまでも動かない使用人に、ゴドルフが声をかける。
「どうした! 何をぐずぐずしている! 早くそこの平民を追い出せ! ………ええい、アンナ! そこの平民を追い出せ! 追い出さなければ、今すぐ貴様を解雇する!」
ゴドルフのその言葉に、アンナはぐっとした唇をかむと、セレナと視線が合わないように下を向きながら近づいてくる。
「そ、そんな……。う、嘘よね? アンナ。だってあなた、さっき――」
「ずっと傍にいるって、言ったじゃない」。――その言葉は、顔をあげたアンナの、兄と同じ冷たいツンドラのような目を見た瞬間、喉の奥に消えてなくなった。
その目を見た瞬間、セレナの体はまるで金縛りにでもあったかのように動かなくなり、何の抵抗もなくアンナに外まで連れていかれた。
セレナを屋敷の外に締め出し、ドアを閉めようとしたアンナは、最後にポツリと呟いた。
「さようなら、お嬢様。もう、二度と会うことはないでしょう」
バタン……と、ドアが閉まる音だけが、響いた。
ありがとうございました!
ちょこっと(次話から先を)予告。
公爵家を追い出されたセレナ。彼女の心は、既に壊れかけており、フラフラフラフラと、当てもなく彷徨い続ける。
迫りくる影、走る男。そして、アンナとゴドルフ、使用人たちの心境とは………!?
………うん。慣れないことをするものではないですね(苦笑)。