シングルマッチ(後編)
伊吹は生ぬるい水のなかにいるような感覚の中、傷が癒えることの心地よさを覚えながら自分なりに志田について疑問を抱いていた。
(どうして志田先生は死霊剣を持っていたんでしょうか?確かあの“精神武器”は強力な武器ですが、使用者への負担が大きすぎるから使わないように使用を禁止されていたはずなのに・・・)
“精神武器”とは、使用者の魔力をかき集めて形を得た特殊な武器である。なんの効果もない武器を形にしただけでははただの武器として精神武器としては数えられない。その二つの大きな違いは〈使用者への負担〉と〈武器が持つ能力〉にあった。
例えば、ただの剣を作ったところでできることはただの剣で出来ることと大差ない。だが、精神武器である死霊剣で出来ることは剣が出来ること以外にも、液体のように形状を自由に変えられること、剣に血を浴びせることで自身の使っている武器がもつ破壊力を五倍でも十倍でも増強させられることがある。だが、死霊剣などの、効果が強い割に条件が簡単なものは使用者への身体、精神への負担が大きくなる。そのため世界中でこのように使用者への負担が大きい、一部の精神武器の使用を禁止している。
その事について考えていると、伊吹の体にかかる重力が少しずつ大きくなってきた。転送がそろそろ終わるらしい。
「・・・まだ考えたいことはありますが、それは後日に回しましょう」
モニタールームに転送されている間は傷を癒す特殊な液体に浸けられる。この液体には特別な効果があり、呼吸をしても体に害はない。そして、モニタールームへ移動したら考え事が出来ないほどに皆が騒いだり悔しがったりしている。初めてモニタールームに転送された一年前はそんなことは知らなかったので、伊吹は深く印象に残っている、悪い意味で。
「ふう、やっぱりうるさいですね」
モニタールームに着いた伊吹を迎えたのはやはり轟音だった。彼は思った以上にうるさい轟音に顔をしかめながらモニタールームの奥に向かった。
モニタールームは体育館と同じくらいの広さで近未来的な雰囲気を醸し出している。そして、その部屋の奥には縦五メートル、横十メートル程ある壁を隠すように巨大なモニターがあった。そのモニターからは映像が十分割して流していた。
「さてと、今はどんな戦闘がされているんでしょうか」
十分割された画面を流し見たところ、少し不審に思う映像があった。
その映像では、校舎内の廊下で一人の少年がカメラに背を向けるようにして全力疾走しているのをカメラの中央で捉えていた。そこまでは良いのだか、その少年の周囲が不規則な距離と時間差で小爆発を起こしていた。一発は少年の足のすぐ近くで、他の一発の中には廊下側の教室の窓を爆発で割ったり、廊下の突き当たりの壁で爆発したり等々。
この映像が不審な点はもう一点あった。それは、逃げている少年がたまに後ろに振り返るように一回転しているのだ。少年がその行動をすると、爆発はカメラのギリギリ端の方だったり、画面外に出て、爆発音だけがしたりしていた。少年の一回転の動作は非常に速く、カメラでは少年の姿がぶれるだけで、顔などの個人を特定できるような情報は、伊吹には全く掴めなかった。
「どうも、志田...先生でしたっけ?」
伊吹が少年の映像を食い入るように観ているのと同時刻に森の中で幸希は鎚を持った志田と睨み合っていた。
「人の顔と名前を一致させるのははやいですね、早川幸希君」
「先生も十分にはやいと思いますよ?」
二人は、互いに一度しか話していないにも関わらず顔と名前をしっかりと覚えていた。
「それは光栄です。なら始めましょう」
志田は、伊吹の時に発したような声で幸希を睨み付け、手に持っている鎚に魔力を込めた。だが、その行動の意図は幸希には掴めなかった。
「そっちは武器持ちなんだから俺も持っても良いよな」
そう言いつつ、幸希は魔力で刀を作り、その刀を自分の胴の前で構えた。幸希の作った刀は日本刀よりも少し長く、黒色に淡く光っているのが特徴だ。
「まあ良いでしょう。あなたも負けることには変わりないのですから」
数秒が経ち、どこか遠くで巨大な爆発音が鳴った。それを合図に両者は地面を破壊するような勢いで駆けた。それは伊吹の時とは比べ物にならないほど暴力的なまでに速く、両者の体には葉が体を掠め、浅い切り傷ができるほどだった。
そして両者の速度と力が爆発するには、1秒もかからなかった。
「はぁぁぁ・・・!!」
「ウラァァァ!!」
両者の声と武器が交わる時、半径1キロ圏内に生えている植物は全て根こそぎ吹き飛ばされた。まるで二人の戦闘から逃れるように。
そのまま何度も武器を交えているが互いの体に武器が当たることはなかった。
「畜生!!!」
それどころか、幸希は防御で一杯になるほどに押されていた。
「どうしたんですか?魔術は使わないんですか?それとも、この程度で魔術を使えなくなる程度の人間なんですか?」
「くっ!」
志田の安い挑発に言葉を返すほどの余裕は今の幸希に無かった。それほどに志田の攻撃は強力で、鋭く幸希を捉えていた。
「はぁ、なるほど。あなたの弱さは十分に分かりました。もうあなたは用済みです」
呆れたように言いつつ、志田は攻撃を止め、自らの手首辺りから死霊剣を引き抜いた。
「ハッ、なんだよ。そういう事だったんだ。」
幸希は死霊剣の存在を知っていたため、すぐに志田の攻撃の重さと速さの理由に気付くことができた。
志田は、自身の武器である鎚に魔力を流すことで、鎚の持つ破壊力を強めていたのだ。さらに、死霊剣のような攻撃力強化の場合は、重量や武器を受け止められた時に生じる腕への負担はむしろ軽くなるのだ。どこで死霊剣の刀身に血を浴びせたかは知らないが。
だが、幸希にとって、自分の不利な認識が強まる事にしかならなかった。
(こりゃとっとと片付けねえと、
身動きが取れなくなったら俺の負けは確実だよな)
幸希は、自身に残された小さな希望を実行するために、志田に気づかれないように、少しずつ刀に魔力を注ぎ込む。
「それでは再開しますか。あなたとは良い戦闘ができそうです」
そして次は激しい戦いが始まった。志田は容赦なく魔力を使い始め、彼の攻撃が持つ破壊力が増す一方だった。
だが、それは幸希にとっては状況が良くなる他は無く、徐々に刀に込める魔力を増やしていった。予想通り志田は自身の魔力のせいで幸希の状態には気づかなかった。
「くっ、え?嘘だろ!?」
心に少し余裕ができてしまった幸希は足元に気を掛けてなかったため、木の根があった場所に気づかずに、足が嵌まり、そのまま倒れてしまった。
「ははっ愚かですね、それじゃお望み通り殺してあげましょう!!」
志田は、ターゲットのハプニングにより自身の勝利を確信した。
幸希が不敵な笑みをこぼしたことにも気づかずに。
「えっ、そんな・・・」
伊吹の視線は、前の映像から幸希の映像に変わっていた。
幸希の映像を見始めたときは、彼の強さに度肝を抜かれていたが、時間が進むに連れて悪くなっていく戦況、そして幸希の転倒に、伊吹は心のなかで、よく頑張った。と思っていた。
「やはり志田先生とあそこまで戦えるなんて、流石です」
と思っていたら、幸希の映像だけが突如として黒く染まり、普通に見られるようになったころには、大の字に寝転がって、息を整えている幸希と光に包まれはじめた志田の姿があった。
「えっ?彼は、何を・・・?」
伊吹には理解不能な状況になっていた。
「あの状況から、どうやって勝ったのでしょうか・・・?」
幸希の行った行動は単純だった。
それに、いつ打つか迷っていた彼にとって転倒は、決断させてくれた良きハプニングだったのだ。
転倒したときに話を戻すと、
「ははっ愚かですね、それじゃお望み通り殺してあげましょう!!」
「死ぬのはどっちだろうなァ!!」
幸希は、打つなら今しかない。と直感を頼りに自身が持ち合わせているチカラを全て注ぎ込んだ。
「応用魔術 邪之剣劇‼」
放った途端、彼の持つ刀から黒い霧の様なものが現れ、それは幸希と志田を包み込むように展開していった。また、台風のように二人の周りを回転し、外部からは中の状況を窺い知ることも困難だった。
内側では、志田が両手に鎖のようなもので吊し上げられ、幸希は手に持つ刀を志田の胴の中心に貫通させた。それにより返り血を大量に浴びたが、さらに真下に引き裂くように降ろした。その一連の行為が終わり、突如体にひどい倦怠感を覚え、彼も地面に転がり、両手足を広げたところで、黒い風が収まった。
「ん、あれ?俺、寝てたのか」
幸希が気づいたら、視界には紅い空が広がっていた。
志田との戦闘が終わった頃では綺麗な青空だったので自分が寝ていたことに気づいた。
もう1つの問題にも。
「どうしたんだ、まだ攻撃しないのか?」
幸希は視界の片隅に見える剣を持っている人物に話しかけた。
「・・・もう俺とお前しか残っていない。なら、真正面から勝負したい。もう乱入されないからな」
幸希は立ち上がって、声を発する人物を視界の中央で見る。
背は幸希と同じくらいで、体格は良くも悪くもない。
目はつり目で、鋭くこちらを見ている。
クール系男子と捉えれば幸希はこれ以上の顔立ちを見たことがない。
彼が右手に持っている剣は刀身以外は今にも壊れそうなほどボロボロだ。
「・・・江ノ本准弥だ。今すぐお前と勝負をしたい」
江ノ本准弥と名乗った人物は、鋭い目で言った。
「悪いな、今は本気を出せないんだ。本当に真正面から勝負したいのなら明日の朝まで待っててくれよ」
「・・・お前はふざけているのか」
准弥の眼光がさらに鋭くなったが、幸希も折れる気はなかった。
「明日の朝十時に運動場に来てくれ。それなら俺も本気を出して戦える」
「・・・分かった。ならそうしよう。こんなふざけた奴、今まで会ったことない。だが、時間があるとはいえ、罠を仕掛けたりするのは無しだ。俺は純粋に本気で戦いたいからな」
最後は准弥が呆れるような言い方で折れてくれた。そのせいか、幸希の言葉を待たずに彼は姿を消した。
幸希は腕時計を確認したが、18時しか回っていなかった。
「まあ、寝るまで学校探索でもするか」
幸希は重い腰を上げて、伊吹に貰った地図を見ながら校舎まで歩いていった。
すごく長い文章になりました。
どうも、皆さんこんばんわ赤坂ラルラです。
今回は前回とは違い、伊吹~幸希~伊吹~幸希と、視点変更が激しい1話になりました。
また、読みやすいか分かりませんが、視点を変える毎に余白を二行にしています。書いている人には分からないので、できれば教えて下さい。
という訳で、今回はもっと早く出す予定だったんですけど、学校の方では体育祭とテストが重なったわけですわ。ちなみに月曜からまたテストです。あぁもう終わった・・・。
そんなこと考えてたら切りがないので、別のことを考えましょう(笑)
本編の方では、幸希にシングルマッチのルールを教えてくれた志田先生が暴れてますね~。でも初めての教員(名出し)なので、今度からも度々出ると思います。まさか担任よりも登場シーンが多いなんて(笑)
また、一日分を仕上げたので、長いですね、はい。
そして、ここで新登場の人物ですね。江ノ本准弥君です。
彼は、狐のようなイメージがあります。人それぞれですけど。
そんな江ノ本君と幸希が戦闘しそうな予感・・・というか、しないとおかしいですよね(笑)
そして次回はさらにスペシャルゲストが来るらしいですよ。
いやー書く側としても楽しいですね。という訳で、次回のあとがきで会いましょう。次回もよろしくお願いします~