合宿場所は唐突に・・・
「・・・う、ううん」
なんだこれ。
季節の影響で暑いのは変わらないが、幸希の感覚では、肩から下を優しく包まれているようでいて、そこに熱気が立ち込めていた。一定の間隔を空けて風が来るのだが、効果は虚しく、髪を揺らすだけのものになっていた。
すると、誰かが幸希の額から何かを取った。続くように耳元で静かにパシャパシャと音がした。
どうやら何かを水で濡らしているようだ。
「・・・う、うううっふう」
体が重く感じ、肺に溜めた空気をゆっくり吐こうにも、どこかで一気に漏れてしまう。
水の音がずっと続いていたがいつの間にか止み、代わりに額にひんやりと濡れた布のような物が乗った。そこから冷たい感覚がじんわりと広がっていく。
そこで誰かに介抱されていることに気づいた。
「んぐっ、・・・んく」
今度は幸希の口元にコップのようなものから冷たい液体が流れてきた。それを口一杯に溜め込んで一気に飲み込むと、体が楽になり、目を開けることがやっと出来るようになった。
「あ、やっと気づいた!」
幸希の視界のなかでは、桜が上から彼の身を心配するように覗き込んでいた。
「えっ」
いきなり目の前に異性が、それに可愛い部類に入るであろう桜が居ることに、一瞬幸希の胸が高鳴ったが、現状に対する多くの疑問の前では本当に一瞬だった。
さっき気がついたばかりの幸希の身体を心配しているのか、
「大丈夫?」
と声をかけてきた。
桜の声かけに、「あ、ああ。一応、」と答えておく。
この状況って何があればこうなるんだ?
幸希は、現状を把握しやすくするため、身体を起こした。すると、下からパサッとなにかが落ちた音がしたのでその方向を向いてみた。畳の上に敷き布団があり、どうやらここで寝ていたらしい。布団の上には、恐らく額の上に乗っていたであろう濡れタオルがあった。
視線を左に移してみる。するとそこには扇風機がゆっくりと送る風の方向を左右に動かしながら、起動していた。奥は襖で閉ざされていて分からない。
次に正面を向いてみると、襖しか無く、まだ部屋があることを考えさせる。
右を向いてみると、桜がにっこりと微笑み正座をしていた。彼女の膝元には水の入った桶があり、そこでタオルを濡らしていたのだろう。奥は廊下を挟んで外と繋がっており、幸希からは、自然に囲まれた少し広めの庭という印象を受けた。
「あ、介抱してくれてありがとう。いきなりだけどさ、ちょっと簡単にさ、現状の説明してくれる?」
幸希は、介抱してくれていたことに感謝を述べつつ、これ以上の情報は一人では集められないと察したので、桜に説明を頼むことにした。
「うん。っていっても、何を話せば良いか分からないから、何を話すか教えてくれる?」
「えっと、それじゃあ、ここはどこ?」
桜に言われたように聞いてみると、「ここは、合宿所だよ」と返ってきた。
なんだか面白いな、こういうの。
最近になって、まともにゆっくりとできなかった幸希にとって、このようなゆったりした時間はリラックスできて、非常に心地よかった。
そこからしばらくの質疑応答が続き、幸希も粗方情況が掴めてきた。
山なんて登った記憶がないんだけど・・・
桜の話では、山を中腹辺りまで登ってここに着いたが、幸希はここに着いていきなり倒れたらしい。が、彼の記憶では山に登ったこと自体覚えていない。
妙な違和感を覚えながら情報を整理していく。
志田と准弥の二人は山の中で混戦を予想した特訓をしていること、
この合宿所は、所有者からの許可を貰い、貸切りで使えること、
ここまでの正規の道のりは壊されて、裏から回る方が安全だったこと、
水や食糧に関しては志田が持ってきていることも聞けた。
「なるほど・・・ありがとう」
「ううん、早川くんの役にたてたならこの位いいよ」
本人は誉められるような程じゃないと言っているが、幸希にとっては有り難かった。
それから二人が帰ってくるまでのしばらくの間、外の庭で軽く基礎魔術の練習などをした。
桜の使っている“セレナ”は、スナイパーライフルとよく似た形の狙撃銃だった。ただ、本来のスナイパーライフルよりも良い点は、重量が軽く、魔力を圧縮して撃つので、弾数やリロードを気にすることがないのだ。逆に悪い点を挙げるとするならば、回避や魔術にも魔力を使うので、自分の魔力量を理解した上で撃たなければいけないことだろうか。
そんな武器を持った彼女に薄い弾幕を張ってもらい、魔力弾で全て相殺したり、特攻して弾幕を一発残らず崩したりしていた。