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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お菓子大魔王はお菓子で世界を征服する

「大魔王様! 人間どもを駆逐し、どうか我らを導いて下さい」


「はあ? 大魔王?」



 ……意味が分からない。眩暈がして目を閉じて、開けたらいきなり見たこともない広間に居たのだ。しかも、いつのまにか玉座らしきものに座っているし。

 そして、俺を大魔王と呼ぶのは、角の生えた美少女だ。露出が多い服を着ていて、開けた胸元に薄手のシャツとスカートを履いている。エロ可愛いってやつか? 古いと思うけど、良いものだな!

 


「そうです大魔王様。私は魔王ハスルイと申します」


「……ねえ、大魔王って俺の事なの?」


「貴方様以外おりませぬ」



 うげ……。俺は大魔王は大魔王でも、お菓子大魔王だぞ。しかも、ただの渾名だしな。馴染みのスーパーで、よくお菓子を購入していく俺を店員がそう呼んでいるだけだ。特殊な力など一切ない。あるとすれば、自作で美味いお菓子を作れる事ぐらいか。そのためにパティシエの専門学校に通っているぐらいだからな。


 何の力もない事がバレたら、殺されるかもしれない。魔王とか言っていたし、きっと魔族は血も涙もないだろう。ここは、大魔王っぽく振舞ってなんとか凌ごう。


 

――とはいえ、ここは異世界。俺の知らないお菓子があるかもしれないと思うと、ワクワクしてしまう。



「ねえハスルイ」


「はっ」


「お菓子頂戴」


「はっ!……え? お菓子?」


 二度見するハスルイ。


「だからお菓子だよ、お菓子。色んな種類の持ってきて」


「大魔王様に菓子など軟弱な物を――」


「あ? テメエ今お菓子を馬鹿にしたのか?」


「「「ヒィィ!!!」」」



 突然怯えはじめる魔族たち。どうしたのだろうか? まるで俺に殺されるとでも言うかのように、恐怖で震えている。

 まあいいか。それよりもお菓子が食いたい。




「いいからさっさと持ってこい」


「は、ははいっ! 今すぐお持ち致します!」



 ハスルイが物凄い勢いで広間から退出し、俺は玉座に腰掛けてゆっくりと待つ。周りには数十人の魔族らしき角の生えた人間がいて、俺を緊張した目で見つめていた。



「お待たせ致しました大魔王様」


 

 トレイに乗せた幾つかの焼き菓子がある。それを一つずつ食べてみる。



「……焼き具合が未熟だな。甘さも露骨過ぎてくどい。これはケーキか? ……スポンジも硬いし、クリームも油っぽいしダマがある。……俺を舐めてるのか?」


「ヒッ! そんな事はありません! これが現状出せる一番の菓子です」


「なんだと!? チョコレート、プリン、スナック菓子、珍味、煎餅、ドーナッツや他の焼き菓子はないのか!?」


「え、ええと、今おっしゃたのが菓子の名前でしたら、そのような菓子などは聞いたことがありません」



 は、はははは。え? 嘘だろ? お菓子ないの? えへへへへ。



「ふうううううざあああああけえええええるううううなああああああああああ!!!!!」

 


 俺の中で何かが爆発する。目には見えないが、俺の体から放射されたのを感じ取る。その奔流が広間を埋め尽くし、ハスルイ以外の魔族は軒並み気絶してしまい、ハスルイも失禁しながら俺に平伏していた。

 その光景を見たことで俺の怒りも鎮まり、冷静に状況を把握することにした。



「……どうして皆気絶しているんだ?」


「そ、そそそれは、だ、大魔王様の魔力が余りにも強大過ぎるからです。魔王の私と比べて優に百倍はありますから」


 

 どうやら、俺は本当に大魔王になってしまったらしい。魔力の詳細は分からんが、さっき体内で暴れ狂ったのが魔力なのだろう。

 それはいいとして、問題はお菓子だ。まだこの世界のお菓子業界を全て知っているわけではないが、このままでは俺の精神が保てない。早急にこの案件を片付けなければなるまい! 



「ハスルイ! 今すぐ厨房に案内しろ」


「厨房で――いえ、今すぐご案内致します」



 ハスルイは途中で言いかけた言葉を切り、俺の命令に答えたくれた。俺の性格が分かってきたのかもしれないな。


 返事をしたハスルイは立ち上がる。ぐっしょりと濡れた下半身は、下着がくっきりと透けていた。



「……すまん。先に着替えてくれ」


「……はい」



 ハスルイは、着替える前に床の後始末をしてから着替えに行った。他の魔族達に自分のアレを始末されたくなかったんだろうな。特殊な性癖の持ち主なら、喜んで掃除したかもしれないが。



「お待たせ致しました。直ぐに厨房へ向かいましょう」



 待つこと約十分。着替え終わったハスルイを見ると、全身赤いローブの色気がない格好に変わっていた。これについては触れないでおこう。

 魔族たちはまだ気絶しているが、無視することにした。どうでもいいしな。


 ハスルイの案内で、厨房に辿り着く。中々の大きさで、シェフが五十人程いるらしい。その厨房のさらに奥がパティシエのいる区画になるという。

 厨房内を歩くハスルイを見るシェフ達は、一同に頭を下げていた。俺が来るまでは、この魔王城の主だったのだから当然と言える。しかし、ハスルイは無礼な態度と受け取ったらしい。



「……貴様ら。私如きに頭を下げるくらいなら、大魔王様に平伏しないかクソどもがああ!!」

 


 凄い剣幕で怒鳴り散らすハスルイを見るのは初めてだ。この態度を見ていると、魔王というのが納得出来る気がする。



「「「は、はい。申し訳ありません大魔王様!」」」


「構わん」


 うん。別にどうでもいいや。 


「貴様ら! 大魔王様の寛大な御心に感謝するのだぞ。大魔王様の許しがなかったら、私がお前達を縊り殺していたところだ」


 ハスルイって情熱的なのね。


「「「ありがとうございます大魔王様!」」」


「はいはい良かったね。――ハスルイさっさと移動するぞ」


「はっ」



 そして、お待ちかねのパティシエ区画に入る。意外なことに、使用している器具は俺の世界と同じものだ。やはり、お菓子の文化は世界を超えても通用するらしい。オーブンや冷蔵庫なども、魔道具とかで実現している。


 

「ここのチームリーダーは誰だ?」


「あっ、俺っすわ」



 なんかチャラい男が出てきた。一応制服を着ているが、日焼けや、茶髪にピアスと、取ってつけたようなギャル男だった。……こんな奴がリーダーなのか。いや、外見で判断するのは愚か者のすることだ。ここは腕を見て判断するべきだろう。


 あれ? そういえば、ハスルイだったら注意しそうな態度だが、何も言わないな。ハスルイを見てみると、申し訳なそうな目を俺に向けていた。



「申し訳ありません大魔王様。この男は魔族の一つであるチャライ族の者で、チャライ族はこのような喋り方しか出来ず、見た目も生まれつきこういう姿なのです」


「そ、そうか。なに、見た目だけで判断するのは愚か者のすることだしな」


「流石です大魔王様! このハスルイ感服致しました」


「マジっすか。大魔王さんレベルたけぇ」



 果てしなくうぜえ! だが、抑えるんだ俺。本当は「大魔王様! 私は生涯大魔王様に仕えることを誓います」と、言ってるんだよな? そうだよな?



「とりあえず、挨拶代わりにお前の腕を見せてくれ」

 

「うぃっす。俺の腕見たら大魔王さんビビること間違いないっしょ」



 チャラ男はケーキを作るようだ。とりあえず見守る。



「まずは~これっしょ」


 バターらしき物を湯銭で溶かす。沸騰したお湯で。

 

 イラッ


「オーブンに火を入れてか~ら~の~卵どーん」



 黙って作れや! オーブンのメモリはよく分からないから適正温度かどうかは判断できない。

 チャラ男は冷蔵庫から卵を取り出して、割ってボウルに投入してかき混ぜる。白身も使っている。


 ふーん。



「へへ、お次はご機嫌な白い粉だぜ~ヒヒッ」


 いや、普通に砂糖系だろ。ここはグラニュー糖を使うのが一般的だが、この世界では分からない。チャラ男は砂糖系を投入してゆっくりとかき混ぜた。


「もう一発いっとくか?」


 更に白い粉を手掴みで投入した。


 それからも色々あったが、ようやく完成した。



「完成~。俺っち特製チャラケーキでぇす」


「……」


 それを無言で食べる俺。


「どうっすか? マジ最っ高でしょ?」


「不味いわクソボケがあああ!!」


「ぶべら!!」


「ヒィィ!」



 今までの怒りを込めて顔面を全力で殴る。チャラ男は回転しながら吹っ飛んでいった。

 奴が作っている間に材料の確認をしていたが、全部俺の世界と同じ材料だった事が分かっている。なら、俺の知っている作り方が適応できるというわけだ。



「バターを沸騰したお湯で湯銭するな!! 風味が飛んで味が落ちるだろうが!! グラニュー糖を目分量で入れるし、素早くかき混ぜないからダマが出来てるんだよボケ!! 冷えた卵を使ってるし、生地を焼く前に気泡を抜かないから形も崩れてるしな!!」



 それから一時間ほど説教して、俺がお手本のケーキを作成して食べさせる。



「うめえ……」


「大魔王様……ハスルイは感激しました!!」



 美味しいのは当たり前だ。偉大なパティシエ達が考案したレシピだぞ? それを再現するぐらいは俺にも出来るからな。



「ハスルイ。人間達のお菓子を食べた事はあるか?」


「私はありませんが、マス男が食べた事があると聞いてます」


「マス男?」


「あ~マス男は俺のことっすよ。まだ人間とヤンチャする二十年ぐらい前に食ったことあるんすけど、俺のチャラケーキと変わんないすよ」


「え? お前何歳なの?」


「百六十七歳っす」



 名前にも驚きだったが、年齢が凄い事になっていた。この人めっちゃ年上じゃないか。……今更態度を変える気は更々ないがな。

 本題だが、人間の国も碌なケーキがないらしい。ということはだ、プリン様やスナック菓子様とかもないわけだ。なら、やることは一つだ。



「ハスルイ!」


「はっ!」


「これからお前に重要な任務を与える。今から言うお菓子の材料を仕入れて来い。この計画が成功すれば、人間どもを隷属できるぞ」


「――畏まりました大魔王様。このハスルイ、粉骨砕身の精神で任務にあたります」


 

 ハスルイは喜びに震えながら、厨房を出て行く。



「マス男!」


「うす!」


「お前は今から俺の弟子だ。これからの計画にお前の力が必要不可欠だから、みっちり鍛えてやる」


「うっす! 大魔王さんにここまで言われたら、やらなきゃ男じゃないっしょ!!」






▼▼▼▼



 それから数年の時が流れる。



 魔族の作ったお菓子が人間達の国に広がり、一躍有名になる。レシピを教えてくれと魔族に交渉を持ちかけるが、大魔王は条件を提示する。人間の魔族に対するあり方を改め、今まで攻撃してきた謝罪と賠償金を要求した。これに反発した人間側は魔王(・・)討伐のために勇者を送り出した。




▲▲▲▲




「大魔王様! 勇者が城に攻め入ってきました!」

  

 ハスルイが慌てて厨房に入ってくる。


「ふーん。俺今忙しいから、ハスルイ頑張って」


 ここには俺とハスルイしかいない。それが分かると、ハスルイはいつもの口調で話す。


「はあ、ユウジはいつもそうなんだから。分かったわ、愛する旦那様のために頑張ります。でも、危なくなったら助けてくれるんでしょ?」


 ウインクしながらそんなことを言う愛する妻。


「当たり前だ。お前とお菓子がないなら俺は生きていけないよ」


「ふふ、そこにお菓子が入るのがユウジらしいわね。 んっ」



 キスをしてから、ハスルイは戦場へと向かう。

 ハスルイは強い。恐らく勇者にも引けをとらないだろうが、もしハスルイが危なくなっても、直ぐに分かるようになっている。その時は転移で助けに入れるから、ここに居ても問題ない。


 だから、俺はここで新作のお菓子を作るのだ!



☆☆☆



「邪悪な魔王め! 大人しくお菓子のレシピを渡すなら、命だけは助けてやろう」


「まあ、命だけだけどな。ギャハハハ」


「クズが」



 勇者パーティは全員男で構成されているらしい。最初に名乗りを上げた男が勇者――ではなく、仲間の魔法使いで、下品な男が勇者アルスだ。他に戦士が一人いる。

 私に欲情しているようだが、私に触れていいのは愛する夫のユウジだけだ!



『ダークネスフレイム』


 このようなクズどもは、さっさと始末するに限る。詠唱破棄した高レベルの魔法を発動した。

 闇の炎が勇者を狙うが


『星光壁』


 相手も詠唱破棄した、絶対魔法防御の『星光壁』発動する。闇の炎が勇者を捉えるが、勇者の周囲に青白い半透明の壁が出現し激突。闇の炎は『星光壁』を突破できずに消滅していく。

 『星光壁』を詠唱破棄で使えるのか。少しあの魔法使いは厄介ね。


「ヒャッハー! これでお前の魔法は通用しないぜ!」


「舐めるなよクズが! 『魔力剣』」


 突撃してきた勇者の剣を、『魔力剣』で生成した剣で防ぐ。これなら『星光壁』に触れない限り無効化できない。


「ハッ! やるじゃねえか魔王ちゃん。 ますます後の楽しみが増えるなあ!」


「……むん!」

『ホーリーアロー』


 戦士が大斧を振り下ろし、魔法使いが同時に光の矢を放つ。息の合った連携だが、まだ私を舐めているな。


『フレア』 

『サイクロン』


 私は同時に二つの魔法が使える。これが魔王と呼ばれる私の力だ!

 炎の渦に竜巻が合わさって、全てを焼き尽くす業火となる。『ホーリーアロー』を弾き、接近していた戦士を一瞬で焼き尽くし、さらに勇者達に襲い掛かる。『星光壁』の効果範囲は狭い。この業火では助けられても一人だけだ。


「うおっ! おいヤバイぞ!」

「そんな! 同時に二つの魔法を行使するとは!」


 これで終わりかと思ったが、そんなことはなかった。


「――なんてな。はあああ!! 聖光破断!」


 勇者の剣が光りだしたと思ったら、勇者が凄まじい速さで剣を振り下ろす。私の魔法が奴の剣技でかき消されてしまった。


「ったく、あのウスノロくたばりやがって。荷物持ちが居なくなっちまったじゃねえかよ」


 死んだ仲間に悪態をつく勇者。やはりこいつは正真正銘のクズね。でも、今はそんなクズよりも、あの剣が気になる。


「その剣……聖剣か!? 貴様のようなクズに聖剣を与えるなんてね」


  

 聖剣は退魔の剣。人間の国宝である聖剣は、『星光壁』と同等とまではいかないが、ある程度の魔法を防いでしまう。次は本気で来る。今度は聖剣を『魔力剣』で防ぐ事は難しいだろう。

 それだけでも厄介だが、聖剣は魔族にとっては毒なのだ。聖剣で斬られたら、体内の魔力が大幅に削られ、傷の回復も困難になってしまう。さらに、使い手の能力次第で、聖剣の強さも変わるというおまけつきだ。

 


「たりめーだろ? 俺様は勇者様だぜ? いい女は抱くし、金も権力も思いのままってなあ!」


「ふん。御託はいい。すぐに存在ごと消滅させやるわ!」 

    

 それから激しい攻防が始まった。




☆☆☆




チュドーーン

ドコーーン

ギュルルルガゴン

ゴゴゴゴゴゴゴ


ガシャン!



「……………………」

 

 


☆☆☆

 



 私と勇者達の力は拮抗していた。勇者一人だけならどうにでも出来るが、二人を相手にした場合は上手くいかないようだ。



「はあ、はあ、やるじゃねえか」


「確かに。魔王の力がこれ程とは思わなかったですよ。ああ、早く女の泣き叫ぶ声が聞きたいものですねえ」



 うっとりとした表情で語る魔法使い。こいつもクズみたいね。人間どもは、こいつらのどこが勇者に相応しいと思ったのかしら? どう考えても犯罪者でしょうに。



「なんだ!?」



 勇者が叫ぶ。これは『ダークゲート』ね。うん、こいつら死んだわ。


 私と勇者の間に、闇の穴が広がる。そこから、私の愛しい旦那様が出てきた。その姿は正に闇の化身。この世界に存在しない黒髪黒目に、非常に整った顔。長身痩躯を覆う漆黒のローブを纏うその姿は、角こそ生えていないが、大魔王に相応しい姿だった。



「……あと少し、あと少しで完成だったんだ……俺が初めて作ったオリジナルのお菓子」



 うわ~。これは相当キテるわね。私でもちょっと怖いもの。でも、格好いい!



「ああ!? いきなり湧いて、ごちゃごちゃうるせえんだよ! 死ねカス野郎が!」



 勇者が、ユウジに向かって聖剣で斬りかかる。確かに聖剣は魔族にとって致命的な毒であるが、ユウジの心配はする必要がない。


 ユウジは聖剣を左手で掴み取る。勿論素手で。


「馬鹿な!?」



 驚愕に包まれる勇者。それも仕方がない。聖剣を素手で掴める魔族など存在しないのだから。――ユウジ以外は。

 ユウジの力は私の百倍は軽く超えるているのだ。単体では私より劣るアルス如きが、ユウジに傷をつけられる筈がない。闇を切り裂く聖なる光ですら飲み込む絶大な闇の力。それが大魔王ユウジなのだから。 


「……それをさあ、お前らなにしてくれてんだ?」



 ユウジの左手が黒く染まる。すると、聖剣が徐々に白い粉に変換されて崩れていき、聖剣は全て砂糖になった。



「あ、ああああ!?」


「うるさい喚くな口を閉じろ黙れ。――消えろ失せろゴミ」



 半狂乱になっている勇者アルスなど気にも留めず、ユウジは残酷に終わりを宣告する。ユウジの逆鱗に触れた者は、死あるのみ。

 ユウジのオリジナル魔法『シュガーマジック』は、全てを砂糖に変えることが出来る。例え生物であろうとも、視界に映るもの全てが対象になるのだ。聖剣だけは流石に、退魔の力が強力だから直接触れたのかもしれないけど。


 そして、終わりの時が来る。



「舐める――」

「これでど――」



 勇者と魔法使い。彼らは、最後の言葉を言い切る前に、一瞬で砂糖になった。



「はあ、また作り直しだよ。アレ作るのに、また一時間かかるじゃないか」


「ゴメンなさい。私がもっと早くにクズどもを始末出来てたら、ユウジの大切なお菓子が失敗する事も――」


「いや、ハスルイは何も悪くない。悪いのは、新作を製作中に押し入ってきたゴミだよ」



 ああ! なんて器が大きいのユウジは! あんなに楽しみにしてた新作を邪魔されたのに、私に気を使ってくれるなんて。愛しているわユウジ!



「「んっ」」



 私達は情熱的な口付けを交わした。 





▼▼▼▼



 人間の国家は一つに統一されている。その国の王に、ある物が届けられていた。大柄な人間らしき炭の塊と、砂糖が詰まった壺が二つ。それらと一緒に、手紙が一通あった。

 手紙には、人間の王が送った勇者が殺された事が書かれており、その死体を返却したと。更に、お菓子の輸出を禁止し、魔族のお菓子が欲しかったら、魔族に隷属しろと書かれていた。


 普通ならそんな条件はありえない。例え、凄く美味しいお菓子のためであっても、魔族に隷属するなどもってのほかだ。そのために、人格破綻者でありながら最強の男を勇者にして送り出したのだ。魔王を倒してレシピさえ手に入れば、後はどうにでも出来た。だが、勇者は帰ってこない。代わりに帰ってきたのは、戦士グスタフらしき黒こげ死体と、謎の砂糖が入った壺だ。


 まさかとは思う。しかし、この黒こげ死体はグスタフだと辛うじて分かるのだ。なら、後の二人は? ……壺が二つ。そう、二つあるのだ。王は戦慄する。このような所業が出来る者は何者なのかと。

 手紙の差出人は大魔王と書かれていた。先程まで、魔族の王は魔王ハスルイだと思っていた。大魔王など聞いたこともなかったのだ。荷物を見たとき、最初は悪戯だと思っていた。黒こげ死体がグスタフだと分かると、魔王ハスルイが増長して大魔王を名乗っているかと思った。だが、この砂糖が勇者と魔法使いであるのなら、いくら魔王でも人間を砂糖に変えるのは不可能だろう。当然この砂糖が、人間の成れの果てなどではなく、ただの砂糖という可能性もある。しかし、グスタフの死体はある。そして、勇者は帰ってこない……。


 大魔王。王はその存在に心底恐怖した。人間を砂糖に変える悪魔の所業を行い、あまつさえ送りつけてくるのだ。だから王は、魔族と関わるのをやめた。もう美味しいお菓子などいらない。ただただ平穏に生きられれば、それで良いかと思った。




 だが、民衆はそう思わなかった。娯楽が少ない一般市民たちにとって、安くて美味しい魔族のお菓子は愛されていたのだ。今まで食べてきたお菓子が、不味く感じてしまうほどに。その魔族のお菓子が手に入らなくなると知り、民衆の怒りは爆発した。クーデターが起こり王と重臣達は処刑されてしまう。新たに王位についたクーデターの首謀者は市井の出であり、政治の事などどうでも良かった。ただお菓子が食べたい。その想いだけでクーデターを起こして、お菓子のために魔族に隷属する事を宣言したのであった。



 それから百年余りの時が過ぎる。人間と魔族は仲良く共存しており、百年前の戦乱の時代が嘘のようだった。この偉業を成し遂げた大魔王ユウジを、民衆は深い敬意をこめてこう呼んだ。



 お菓子大魔王と。


 

※お菓子大魔王の渾名は実話です。

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