登録したけど目立つ気はない。
「……こ、こちらです。」
何か卑屈な愛想笑いを浮かべているアシュリー。見ててイラッと来る。あ、何か更に固まってる。顔に出てたかな?
「ご、ごめんなさい。何かいけませんでしたか……?」
「ん? いや、別に?」
まぁ気にしない。さっさと済ませよう。……何か銀行の窓口みたいだな……もしくはアレか? 行ったことないけど噂に聞いたハローワーク。
で、ここが現代と違うな。全員首輪が付いてる。それで非常に眠そうだ。
多分奴隷だなぁ……ブラック企業なのかここ。
「いらっしゃいませ。ご新規の方ですか?」
何か銀行で口座作るみたいな感じで話し掛けられてきた。とりあえず応じておこう。
「あぁ。ちょっとお金が必要なので。登録しに来ました。」
このあと説明が入る。要するに出来る限りギルドの言うことを聞いてくださいね。ってことと、死んでも文句は言うなよってこと。後は、ギルドの方で上前の一部は跳ねさせて貰うぞってことだ。
「あぁ、分かりました。で、サインは?」
「ここにお願いします。」
イマムラ ヒトシっと。名前に関しては勇者共の洗脳は特になく、この世界は日本とかその他各圏の色々な姓名も雑然として残ってるからな……俺の名前も特に目立たない。まぁ漢字だと識字率が低いから知らない人が多いらしいけど。
姓名の雑然さから考えておそらく、この世界はかなり昔から複数回に渡って多岐に渡る場所の人を召喚しているのだろう。そして俺らのことを【勇者】とかいきなり呼んだのは過去の誰かがそう言った発言をしたことによってそう呼ぶことに決められたんだろうな……
だとすると、この世界の時間の流れは元居た世界の時間の流れと異なるってことだろう。戻ったら受験かそれかいきなり社会人か……家業を継ぐコースじゃねぇか……向いてるとは思うが嫌だねぇ……永住して隠遁することも考えとくか。
そんなことを考えているとギルドの受付の人は俺の文字を見て特に感情の籠っていない声で褒めて来た。
「お綺麗な文字ですね。それでは次の工程に移ってもらいます。この水晶玉に手を翳してください。」
感情の籠っていないお世辞を受けてっと。水晶玉なので【玉】の力を使って居場所とか個人情報の類とか色々改竄しますよ。ルーレットの時といい何気に物凄い役立つんだが? あのボケ共見る目ねぇなぁ……
大体の数値を10前後に偽造してっと。
「イマムラ ヒトシ様ですね。将来有望な数値とスキルです。それではAAAランク目指して頑張ってください!」
お世辞だろうが、断る。身分証を取りに来ただけだ。目立ったら復讐の時の面白さが減るだろ。それに対策を取られればその分めんどい。
「まぁ、頑張ります。」
D⁺ランクのギルドカードを貰って(最低ランクはD⁻。)無難に流して俺はギルドを後にした。
ぎゅる……くぅぅ……
ん? こいつ腹減ったんかね? めっちゃ自分の腹殴ってるけど。
「ごめんなさい。耳障りですよね? ごめんなさい。」
「……食い物を売ってるところはどこだ?」
何かひどく悲しげな顔になってアシュリーは俺を案内し始めた。
最寄の何か、昭和の大衆食堂。って感じの飯屋に案内される。中々美味そうな匂いがするな。うん。
「おい。ここってペット入れて大丈夫なのか?」
「え……と、ギルド前ですし、その……魔鳥でしたら排泄などをしないので、店内を汚さないから大丈夫かと……」
「……じゃ、いいや。」
俺が席に着くとアシュリーは床に正座した。……まぁいっか。奴隷制が浸透してる中で無駄に事を荒げたくないし。こいつにとっちゃこれが普通なんだし。
「ランチセット3つで。」
「はい。」
店主はアシュリーをちらっと見て店の奥に消えていった。アシュリーは俺が見ていると感じると卑屈な笑みを浮かべているが、気配を外に向けて実際の視線を向けて見るとアシュリーはお腹を押さえていた。
「どうぞ。」
「ん。」
そんなことをしている間に飯が出て来た。……何だこのソテーになってる魚は。肉鰭類か? 手足がある。…まぁ特に気にしないけど。
「ん。普通に美味いな。」
手が虚空を求めて固まっている片面だけのそれを一人前食べる。空腹のアシュリーは視線を逸らそうとして魚に釘づけだ。
食えよ。あ、奴隷小屋とか服がそれなりだったからそういう物かと思っていたが……ここは思ってるより奴隷に対する扱いがよくないのか。貴族の性癖が歪んでるだけかと思ってた。
……んじゃ、飯の扱いはあんまりよくなくて普通に貴族がやってた通り奴隷の基本食って残飯か? ……ってなると……あの屑しかいねぇ城での俺の扱いから考えるに俺は奴隷扱いだったんだなぁ……
まぁ俺は執事用に運ばれてくるものを食ってたし、その他にも小野が色々持って来たけど。寧ろ、あいつ俺が食うの待ってたな。
……あ、それはさておき、
「アシュリー。お前の分とクルルに餌。」
一セット分の飯を床に下ろす。多少目立つかもしれんが、まぁ自分で思ってるほど見られてはないだろ。そんなことを考えている俺に対してアシュリーは目を見開いて変な顔をしていた。
「あ、ありがとうございます!」
もの凄い勢いで魚を掴むとアシュリーは魚を食べ始めた。……骨は? 後、俺が思ってたより食うのな……クルルの分はどうするか。
「……しゃあない。」
クルルにパンを放り投げる。クルルは嬉しそうに鳴いて啄み始めた。俺は2セット目の魚に手を付ける。……が、スープの方が美味しくね? 魚はいいや。
「アシュリー。」
俺が声をかけるとアシュリーはビクッとして止まった。
「な……何ですか……?」
「皿出せ。」
ビクビクしながら皿を出すアシュリー。俺はその上に魚を半分載せた。
「やる。食いな。」
アシュリーはしばらく呆けたように俺と魚を見比べた。が、我に返るとすぐに魚を貪り出した。
「……お客さん。うちの店の料理にケチ付けるんですかね?」
それを見咎めた何かが来たが、大金貨を一セットほど投げてやると喜んで消えていった。贔屓にして欲しいそうだ。後ついでに肉と俺が帝国人っていう誤解と王国とは違うんだという忠告をくれた。
そんな感じのことをしていると完食したアシュリーは目を擦り、眠そうにし始めた。しかし俺の視線を感じると頑張って起きる。
寝たけりゃ寝ろよ。
「【眠玉】」
強制的に寝かせると990Gほど払ってこの店を後にした。……高くついたが何気に美味かったし贔屓にしてもいいだろう。
……ということで、身分証も出来たことだし、アシュリーを背負って外に出ますか。
「……お、来た来た。アレがファンタジーにおいてよく出て来るゴブリンか……ゴメン。君らにも家庭があるだろうが……虐殺するわ。」
目前に迫る命の取り合いにもう17を過ぎて18になろうというのに年甲斐もなくワクワクして来た。色々おかしいのはご愛嬌。虐待と虐めってね結果がどうであろうとも結構人間を変えるんだよ?
……まぁ俺の場合は生活環境がおかしかったのもあるけど。それはいいとして。
「ハハハハ。あ、アシュリーにも【玉成】っと。」
これで俺が自由に使える【玉】はあと2つか。まぁ……これまで仕入れた情報から考えると十分だな。
「魔弾 【タスラム】。」
空中に人の頭ほどある球体が舞い始める。
……まぁ、何かそれっぽく【金剛玉】を名付けただけ。ルーさんが作った訳でもないし、投石器もないし、脳漿と石灰で出来てるわけでもない。
都合よくこの辺に脳漿が飛び出したガールが家出していて仲間になりたそうにこっちを見ていれば良かったんだが……いなかった。
それはそれとして、ゴブリンの脳漿炸裂ならできるよ。
「ギャア!」
「ぐギャア!」
死んでいったゴブリンは【玉】に吸収されます。他の勇者はそれぞれが持つ能力を象徴する何かに。それで勇者とか言われている奴らはこの世界の人々と異なり際限なく強くなるのです。
……あんまり同一種だけを殺したら生態系に影響があるかな……ってアレ? 何か背中が……温か……冷たい……?
「ご……ごめんなさい。ごめんなさい! ごめんなさい!」
「……漏らしたのか……マジかよ……死ねよ……」
まぁ、目覚めてすぐに目の前がスプラッターだし……仕方ないと言えば仕方ないんだが……あ、ゴブリンの血がアシュリーの頬に飛んできた。
「こ……こ、殺さないでください。お願いします! 何でもします!」
「とりあえず降りろ。」
降ろす。今のところ一張羅なんだがな……さて、気持ち悪いしとりあえず水で流して乾かしましょうか。
「【水玉】、解除、【炎玉】」
火加減が難しいよな。……っとよし、乾いた。でも新しく服買ったらこれは二度と着ない。
「寄って来てんじゃねぇよ!」
その間に近付いて来ていたゴブリンを蹴り殺しておく。わーお、我ながら超人的な脚力だね。……ズボンが血で汚れたけど。
早いところ服買お。
「クルルルル……」
俺がそんなことを思っている間クルルは道の草を食べている。それはそれとして確かめていた以上に俺の体の基本性能がもの凄くいいと言うことに気付いたので面白そうなことをやってみよう。
「ゴォォォォオオッ!」
「……死んだら笑える。」
そう決めた時に咆哮を上げて来た大きな化物さん。血の匂いに反応して出て来たらしいのは豚顔で人型の巨体を持つオークだった。
そんな奴を見た時に俺が思ったことはちょっと漫画で見た技なんだが……出来るかな? という疑問の技をやってみようという無謀なことだ。
「でぇい!」
まず、仰け反りながら右足でハイキック。そのまま自分の蹴りの威力に従い、半回転をしたところで左足も跳ね上げる。
……これ、意味ないな。普通に、真面目に戦った方がいい。
途中で気付いたので蹴りの威力の所為で仰け反っているオークの後頭部にタスラムをぶつけた。……ん。中々固い。脳漿炸裂させれなかった。でも、まぁ効いてはいるな。頭蓋骨に皹くらい入っただろ。
「ハッハァ! 死ね!」
そこにもう一発ぶち込んで殺した。人型の生物を殺したが……特に感慨深くもないな。強いて言うならもうちょっと気分の高揚とかなんかあるのかな? と思ってたけど……特に何にもなかった。
「……ひ……ひぃ……」
「……ま、別にいいか。」
アシュリーの方は俺を見て完全に怯えている。オークの死体は……
「クルル! そんな物食べちゃダメだぞ?」
【玉】に吸収されるのと張り合うようにオークの死骸を喰っていた。
で、注意したら何か急にクルルが苦しみ始めた。……あ、何かあったな。そういうの。魔物印だっけ? 隷属印だっけ? ……まぁどっちでもいいか。オークの死骸が消えてからは特に問題なさそうだったし。
「さて、宿はどこだ? あ、別に漏らしたことに関してはもう何にも言う気ないから。ただ、反省はしろ。」
「は……はい! ありがとうございます! お慈悲に……」
「そんで以て宿は?」
長そうな謝罪をぶった切ってアシュリーに案内してもらい途中で服を買ってから宿に移動した。
気のいいおっさんのような風貌をした宿の店主が俺を迎えてくれて、空いている部屋があったのでそこに泊まることになった。
一泊2000G。ん~金稼がないといけないかな。そんなことを思っていると宿の店主が良い笑顔のままで言った。
「それは、ウチの宿に泊まってるお客さんの迷惑にならないように痛めつけてくれよ?」
俺は怯えるアシュリーを前にアシュリーには見えないように宿屋の店主に嗤い掛けてから無言で鍵を受け取る。さて、部屋に行こうか。
「ん。何気に良い感じだな。」
中は結構大きめのベッドと机。それに水桶と箪笥、ゴミ箱に物置があった。
とりあえずゴブリンでの一件があったので俺は風呂に入ることにする。風呂に関してはこっちじゃ岩盤浴が一般的で垢を浮かせて擦り取るのが普通。俺は【水玉】と【炎玉】の掛け合わせで『バスボール』ってのに入る。
別室がないからこの場での入浴になったが……公然猥褻罪? 知らん。半裸でも見せちゃいかん物を見せなければ犯罪じゃない。
「石鹸が欲しいなぁ……肌に優しい奴。」
作り方は一応知っているが……あれは普通に作るなら下手すりゃ逆に肌が荒れる場合があるしな……腐れ勇者が直々に俺に傷をつけたところがどうこうなるとアレだし……体擦るだけで一応諦めとくか……
「ご、ご主人様は素晴らしいお方ですね。このような見事な魔法。初めて見ました。」
「あ、そ。気ぃ遣わんでいいよ。」
結構見てきたよ俺。王城で。俺の知ってるとある女なんて余裕で雷降らせてたし。
「……さて、よっと。」
俺は【水玉】を移動させて外に捨てる。……作るのは大気中の水を集めるから楽なんだが……捨てるのが面倒だよなぁ……
「じゃ、柔軟終わったら寝るけど……アシュリー。毛布を渡してクルルと一緒に床で寝てもらってもいいが、寒いしベッドに入りたい?」
俺は床じゃ寝ない。城で執事が拷問に素直に答えてくれなかった時に1晩寝たが寒いし、固いし、寝心地悪かった。譲るほどは優しくない。
「いえ。私みたいなゴミは。床がお似合いですので……」
「ふーん。じゃそうしな。あ、言い忘れてたから一応言っておくが、俺は無駄にお前に暴力は振るわんぞ? 基本的に。」
おー。固まって目を見開いてる。何か色々考えてるみたいだな。
「後、多分お前が知ってる世間一般の王国のニンゲンと俺は違うと思ってていいよ。で、それを踏まえてどうしたい?」
「あ、う…………べ、ベットで、寝ても……いいんですか……?」
「いいよ。但し、俺は見ないから風呂に入れ。後、漏らすな。」
アシュリーは顔を真っ赤にして再び俺からは少し離れた所に生み出された【バスボール】に入って行った。
イマムラ ヒトシ (17) 人間 男
命力:50
魔力:48(前回+8)
攻撃力:44(前回+10)
防御力:55
素早さ:44(前回+8)
魔法技術:72(前回+4)
≪技能一覧≫
【特級技能】…【玉】
【上級技能】…【言語翻訳】
【中級技能】…【近接戦】【杖術】【槍術】【刀術】
【初級技能】…【剣術】
≪称号一覧≫
【異界の人】【ハンター】【軽業師】
【ハンター】…遠距離攻撃に小補正