第2話
祐介が教室に入ると、まだマッケンは来ておらず、
室内はざわめいていた。
幸い、マリモにひっぱたかれたのは、誰にも
見られていないようだ。
祐介は、自分の席に座った。
斜め後ろの席から、親友の耕平が来て話しかけた。
「遅刻かと思ったぞ」
「来る途中でちょっとトラブルがあったんだ。
後で話すよ」
「おまえ、ほっぺたが真っ赤だぞ。
喧嘩して、なぐられたのか」
「いやそうじゃない。ちょっと自転車で倒れたんだ」
そのとき、教室が急に静かになった。
マッケンが入ってきたのだ。
マッケンは、身長180センチ、体重90キロ、坊主頭で
柔道部の顧問もしている。
高校の悪がき連中もマッケンには一目置いている。
マッケンは、教壇の上に教科書をバタンと叩きつけた。
教室が一段と静かになった。
マッケンは、教室内を一通り見回した。
そして、祐介と目を合わせると、目をぴたっと止めた。
祐介は、あわてて目を伏せた。
(ヤバイ)
彼が、廊下でマリモを突き飛ばして転がし、マリモが怒って
彼をひっぱたいたのを、後ろから来て見ていたに違いない。
「おい田中、ほっぺが赤いようだが女の子にでも
叩かれたのか」
マッケンが言うと、クラスの全員がアハハハと笑った。
みんな冗談だと思っているのだ。
「いえ、自転車で転びまして、、、」
祐介は、嘘をついた。顔が真っ赤になった。
「そうか、まあいい。自転車も女も同じようなものだ。
扱い方をを間違えるとひどい目に合う」
マッケンは、意味深なことを言うとそれ以上追求して
来なかった。
斜め前方に座っているマリモの顔をうかがうと、彼女が
横目で彼を睨みつけた。
祐介は、すばやく目を伏せた。
マッケンは、三角関数の授業を始めた。
一通りの説明を終えると、黒板の上に問題を書いた。
「いままで説明したことを理解しているかどうか、
応用問題をやってみる。田中、前に出て来い」
祐介は、数学がそれほど得意ではないし、もともと
手を上げるようなタイプではない。
クラスの生徒も、いつも消極的で目立たない祐介が指名された
のですこし驚いている。
マッケンは、明らかに彼を懲らしめようとしているのだ。
祐介は、おずおずと黒板の前まで進んだ。
応用問題といっても、目的は祐介を懲らしめ
ようとしているのだからかなり難しい。
右手でチョークを取ろうとしたが、右手は取りたがらない。
左手がチョークをさっと掴んだ。
右手が彼の額を平手でピシャと軽く叩いた。
すると、祐介の頭に何かが突然ひらめいた。
左手がすばやく動くとあっという間に答えを書いた。
マッケンの方を見ると、憮然としている。
「よし、まあ、簡単な問題だからな」
祐介が、席に戻っていくとクラスのみんなが祐介を
(ヘエ、見直した)といった感じで見た。
マリモは、(こいつ、本当に祐介なのか)といった
疑い深そうな目で睨んでいた。
祐介は、昼休み親友の耕平と食事をしながら話した。
「おまえ、あの問題よくできたな。見直したよ」
「俺にも、なぜ出来たのかよくわかんないんだ」
「ハハハ、能ある鷹は爪を隠すか。
俺にまで、そう謙虚になることはないだろう。
ところで、来る途中でトラブルがあったって」
祐介は、母親が呼んだために、小さな女の子が
自転車にぶつかってきて、母親が彼に怒った話をした。
「バカな母親だな。
しかし、その頬のはれとどういう関係があるんだよ」
耕平は、なかなか鋭い。
「じつは、マリモにひっぱたかれたんだ」
祐介は、本を拾おうとして屈んでいた彼女を右腕が押して
転ばせて、マリモが怒って彼を引っ叩いた話をした。
しかし、人面痣については、話さなかった。
あまりにも、奇想天外でバカにされそうだったからだ。
「え、本当か。それはやばいぞ。
マリモの彼氏は、3年生の空手部の副部長で、
ちょっかいを出した相手に因縁をつけて、
脅かすって話だぞ」
「まいったな。俺は、ああいう気の強い女には、
絶対に関わらないようにしてきたのに」
祐介は、左手でこぶしを作って、右腕の怒りの人面痣を
殴りつけた。(余計なことをしやがって)
しかし、怒りの人面痣はへこたれる様子もない。
祐介が、自分の席に戻ると、机の上に置いてあった
教科書のページの間に小さな白い紙が差し込まれている。
祐介がその小さな白い紙を取り出して、裏を見ると
女文字で次のように書いてあった。
(今日のことで話しがあるから、放課後体育館の裏に来て。
逃げるなよ)
祐介が周りを見回すと、マリモがその取り巻き連中の数人と
彼の様子を見てなにやら意味ありげに話している。
(ヤレヤレ、どうやらあのグループにいびられそうだ)
祐介は、がっくりきて頭を抱えた。
祐介は、最初、耕平に相談することを考えた。
しかし、こんなことに耕平を巻き込むことはできない。
彼は、一人で敵地に乗り込むことに決めた。
続く