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人面痣ズ  作者: 石垣 翔
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第1話

そいつは、初めは右腕の手とひじの間の内側に

まるで恥じ入るようにうっすらと姿を現した。


祐介は、その時点では,

どこかに腕をぶつけた時の

軽い打ち身だと思って気にもしなかった。


しかし、ある時気付くとかなりはっきりした

二センチ程の丸い形をした暗い陰に変わっていた。


祐介は、すこし気になって注意深く見るようになった。

そいつは、毎日少しずつ姿を現した。そして、とうとう

絵文字のような人面になった。明らかに眉と目と口が

ある。それも、眉をつりあげ、目をしかめ、口をへの字

に結んで怒っている。


祐介は、左手の親指でその人面痣を触ってみた。

少し盛り上がっている。親指で押すとへこむが、

はなすと、また、盛り上がってくる。

そして、さらに怒って目をむいている。

親指で強く押して、消しゴムのようにごしごし

こすっていると、突然親指に痛みが走った。

見ると指紋のあたりに少し血が出ている。

人面痣を見ると、口から歯がのぞいていて、

それに血がついている。

こいつが、左手の親指を噛んだのに違いない。


こいつは、彼の中で生きているようだ。

しかも、彼に対して反感を持っている。

祐介は、恐くなった。


彼は、救急箱からバンドエイドをとってくると

その人面痣を隠すように貼り付けた。

しかし、どういわけか、直ぐに剥がれてしまう。


そして、数日後、驚いたことに左腕の手とひじの間の

ちょうど右腕の人面痣と対象になる位置に同じような

暗い陰が急速にできているのに気付いた。

祐介は、左腕にも同じような怒りの人面痣が

できるのかと思って、焦った。


それは、確かに人面痣になった。

だが、その人面痣は祐介に向かって笑いかけた。

これは、笑いの人面痣だった。


こうして、祐介は、右腕に怒りの人面痣、

左腕に笑いの人面痣を持つことになった。



祐介は、私立弥生ヶ丘高校の2年生だ。

毎朝、家から学校まで自転車通学をしている。


住宅街を出て、交通量の多い二車線の道路を横断すると

そこから、川沿いの自転車専用道路に入ることが出来る。


高校は、その自転車専用道路沿いに建っているので、

5キロほど川岸や公園の脇を走ると十数分程度で

学校に行くことができる。


祐介が、いつもの通り公園の中の幅2メートルほどの

道路を自転車で走っていると、その前方に母親と

3歳ぐらいの女の子が、道の両脇に別れて歩いている

のが見えた。

祐介は、少しいやな予感がした。彼の自転車は、二人の

間をすり抜けなければならない。


祐介の自転車が二人に3メートルほどの距離に迫った

時、自転車に気付いた、母親が、女の子に言った。

「あいちゃん、自転車が来るから気をつけてね」


彼の自転車が二人の間をすり抜けようとした瞬間に、

女の子が突然母親の方に走り出すと自転車にもろに

体をぶつけてきた。


祐介は、すばやく自転車をとめた。

女の子が横に倒れて「ワー」と泣きだした。

母親が「キャー」と悲鳴を上げた。



祐介は、頭が真っ白になって何も考えられなかった。

とりあえず、自転車から降りて、それを立てかけた。


右腕がぶるぶる震えている。

なんだか、母親と女の子を(この野郎)と殴りそうだ。


すると、左腕がすばやく女の子を抱え起こした。


母親が来て、両手で女の子を抱き上げると、

すごい形相で祐介を睨みつけて言った。

「どこに目をつけてるの。もっと注意して走ってよ」


祐介は、何も考えずにすぐに謝った。

「すみません」

これは、彼の口癖だ。

どんな状況でも、すぐにこの言葉がでる。


「もし、怪我してたら、校長に言いつけて、

退学にしてやるからね」

母親は、かさにかかってヒステリックに怒鳴る。


「すみません」

右腕がぶるぶる震えていまにも母親を殴りそうだ。

左腕が右腕の手首のところを握ってかろうじて

殴るのを抑えている。

右腕と左腕が激しく葛藤している。


母親は、祐介の右腕がぶるぶる震えているのを見て

すこし恐れをなしたらしい。

子供に怪我がないのを確認するとあごをしゃくった。

「早く行きな。このボケナス」


祐介は、自転車に乗ると脱兎のごとく走り出した。

いつも時間ぎりぎりに家を出るので、始業時間に

遅れそうだ。


夢中でペダルを踏みながら、状況を改めて思い起こし

てみると、なぜ、彼が謝らなくてはならないのか、

おかしいことに気がついた。


だいたい、母親と女の子が道の両脇を歩いているのが

おかしい。

次に、母親が女の子に(自転車が来るから気をつけて)

などと声をかけなかったら、女の子が母親の方に向かって

駆け出すことなどなかったはずだ。


祐介は、次第に腹が立ってきた。

(俺が、「すみません」などと謝る理由はなにもない)


祐介は、いつもそうだった。

なにか問題が起きた時には、自分の責任か相手の責任か

を考える前にすぐに「すみません」と謝ってしまう。

そして、後で腹が立ってくる。


祐介は、彼がこういう風になったのは、小学校の先生が、

(まず、人を責める前に、自分を責めなさい)と教えた

ためだと思っている。

母親は、彼に(先生の言うことをよく聞いて、その通りにするのよ)

と言っていた。


小学生の頃、先生の言葉が盲目的に彼の真っ白なハードデスクに

インプットされてしまったのだ。



祐介は、右腕の人面痣を見た。

表面が真っ赤になって口をへの字に結んで怒り狂っている。

左腕の人面痣を見ると、口をあけてにっこり微笑んでいる。



祐介が、学校の駐輪場に、自転車を置いたのは始業時間1分前だった。

もう、誰もいない。

彼は、2階の教室に向かって廊下を駆け出した。

1時限は、出欠にうるさい、数学のマッケンだ。


彼が、カバンを持って階段を二段づつ駆け上がって

2階の廊下に着くと、彼の前を同じように走っている

制服の女生徒がいた。

同じクラスの、マリモだ。

クラス一の美人だがすこぶる気が強い。

祐介の苦手なタイプだ。

出来るだけそばに近寄らないようにしている。


マリモが、突然持っていた本を取り落として

急に止まった。そして、本を拾い上げようと

少し前かがみになった。


そこに、後ろを走ってきた祐介がぶつかりそうに

なって、あわててよけたが、右腕が彼女の背中を

軽く押した。


マリモが、つんのめって廊下に転げた。

祐介はあわてて立ち止まった。

左腕が、すばやく彼女の手をとって立ち上がらせた。


マリモは、突き飛ばしたのが、いつもはおとなしい

気の弱い祐介だと気がついて驚いた様子だったが、

すぐに、彼を睨みつけると、彼のほほを思いっきり

ひっぱたいた。

「なにすんのよ」

「すいません」

祐介は、真っ赤になってあやまった。

左腕が、彼女が落とした本を取り上げると、

差し出した。

マリモは、左腕から本をひったくるように取ると

また、教室に向かって駆け出した。


続く





































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