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第三話『魔法使いの過去』  作者: 由条仁史
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第5章 Double Queen

鞠を追って鏡の国にやってきた濾過。二人は鏡の国にある城に向かう。二人の女王の思惑と、アリスの本当の目的とは。

 第5章 Double Queen



「ここが……鏡の国の城」

 列車に乗り、山を越えた鞠。ついに鏡の国の城の前に来たところで、ここで一体何が手に入るのかと考えた。鏡の国のアリス――鞠はその物語を知らない。だからこそ、鏡の国がどんなものなのか知らないし、この城に誰がいるのかも知らない――。

 といっても、誰がいるのかと言うのは鞠は聞いている。あの名無しの森で、名も無き鹿から――まあ、固有名詞を理解できなかったので、知らないと言っても過言ではない。

「……痛っ」

 頭の怪我――木か何かにぶつかり、血が出た傷。水場で何とか洗浄し、包帯を巻くことができたが、しかし完治させることは出来なかった。鞠の魔法――通常魔法は、途轍もなく弱い。落ちこぼれとでも言っていい。それでも鞠が濾過の監視を命じられるほど、脱走者の回収を命じられるほど、魔法が信頼されているのは、彼女の固有魔法あってのことだ。

 魔法石の状態変化――そして物質製造。

 つまり、治癒魔法という誰にでも使えるような魔法は、鞠にとってとても難しい。だから傷を治せていない。

 物質製造で皮膚を作ることも出来るだろうが――しかしそれも出来なかった。痛みで集中できないのだ。物質製造には集中力が欠かせない。一つの細胞を作るのにどれだけの原子を要するものか――ある程度パターン化しているとはいえ、集中できていないのだから作ることが出来ない。製造の途中で一時休止することも出来ない。

「せめて濾過さんがいれば……」

 濾過はどんな魔法でも使うことが出来る。鞠の魔法石の状態変化と物質製造以外は。鞠の逆なのだ。もちろん治癒魔法も使える。濾過さんなら死んだ人も蘇生できるんじゃないか? というくらいには。

 ……それって治癒と言うのだろうか。

「頑張るしか、無いか……。 !?」

 と、呟いた瞬間に、突然寒気を感じた。

 城の壁に背中を付け、しゃがむ。魔法石を構える。この感覚は、どこかで――

「鞠ちゃあああああああああああ」

 上かっ!? と思った瞬間。

「うわあああああああああっ!」

 鞠は、上から来た濾過を避けることができなかった。

 ……どうして上から? 飛んできたのだろうか。

 それより。

「鞠ちゃ鞠ちゃ鞠ちゃ鞠ちゃああああ!」

「濾過さん、やめ、やめてください! 痛い! 重い!」

 濾過さんの全体重が私の背中にというか全身にかかる。軍人だからこその肉の薄さ、その向こうにある骨にのしかかるので半端じゃなく痛い。それこそ頭の傷も忘れるような。

「よかった……本当に、よかった……」

 ……心配してくれていたことはありがたいのだが。

「と、とにかく降りてください。濾過さん。し、死ぬ」

「ああ、ごめんね」

 濾過さんは私から遠ざかり、ようやく上体を起こせるようになった。

 その時、気づいた。体のどこも痛くない。本当に、どこも。濾過さんのまあ絶壁というほどでもない壁と石造りの地面に挟まれてーーというか、濾過さんの落下の衝撃を全て受けたのだから、骨にヒビが入っていたとしてもおかしくないはずだ。そうだというのに今は全くどこも痛くない。

 頭に手を当てる。怪我をして、まだ治せていなかったはずの傷がーー痛くない。包帯をとって傷口を触る。うん。すべすべとした肌だ。怪我をしたなんて嘘みたいだ。

 まあ、つまり濾過さんが私の怪我の治癒をしてくれたってことだ。

「……ありがとうございます」

 ぺこり、とお辞儀をして感謝する。

「いいっていいって。このくらい。大変なことになってなくて良かったわ」

「大変なことって……」

「鞠ちゃんの唇を奪おうとした奴がいたとか!」

「…………」

 いやいましたけど。

 アリスに更衣室というか試着室で接吻されましたけど。

 ファーストキス……としてはうん。ノーカンというわけで。

「と、というか濾過さんがどうしてここに!?」

 不思議の国にいたはずではなかったか? 鏡を通さなければこの鏡の国には行けないとしたら、何かそれに準ずるものが必要になる。そういうものを見つけたのか?

「チェシャ猫……って猫から、鞠ちゃんが鏡の国にいることを聞いたからね。行き方もそいつに教えてもらった」

「チェシャ猫……?」

 首を傾げる。残念ながら鞠は不思議の国のアリスをあまり深くは知らないのだ。鏡の国のアリスに至っては存在自体知らなかった。

「さて、目的はあのお城ね」

「うん……濾過さん。あのお城にいるのって、どんなの?」

「二人、女王様がいるよ」

「二人!?」

「そ。赤の女王と白の女王。ま、もとの場所とまではいかなくても、不思議の国には帰して貰えるでしょう」

「赤の女王……白の女王……」

 ああ、そうか。あの鹿が言っていたことが、わかってきた。

「濾過さん。この鏡の国について、私の知っていることを、今から話すね」

「鏡の国……何か起こってるの?」

「対立構造、まあ内戦って言うのかな。赤の女王と白の女王の二つに分裂してるの」

「分裂……なんでまた」

「アリス。アリスが目的に向かって行動してるってのはなんとなくわかる、よね? 私たちが連れて来られたのも多分そのせい。まだ目的ははっきりと分からないんだけど……分裂ってのはそれが原因らしいよ。その目的に賛成か反対か。これが対立の原因……」

「どちらかといえば、その行動に賛否が分かれてる気がするわね……アリス肯定派か、否定派か。で、その二つが、この鏡の国で内戦状態にあるってことね」

「まー……そうなのかもね」

 まったく。アリスはどこまで他人を巻き込むのか……それほど影響力の強い人なのだろう。とても自己中心的な風に見えたのだが……。だからこそ、なのだろうか。

「で、鞠ちゃんはどうするの?」

「どう、するって?」

「アリスの仲間になるのか、敵になるのか、ってこと」

「……対立構造の内部に入るのは気が引けるけどね。もしくは第三の勢力として行動するか……濾過さんについて行こうと思うけど」

「うーん、とりあえずは傍観しといた方がいいね。目的がわからない以上、冷静に判断した方がいいんじゃない?」

 あ、でも……と濾過さんは呟いた。何か気になったことがあったのだろうか?

「アリスの味方になるのだけは、避けた方がいいかもね」

 この城の中には、何があるのだろう。




 鏡の国のアリスのチェス盤。

 意味不明もこれ極まりだが、それでも理解しようとする行為は無駄ではないだろう。鏡の国に秘められた数々の謎。ナンセンス——無意味と言えばそれでおしまいだが、考察の余地はいくらでもある。

 そう。いくらでも。

 だからこの考察はその中の一つでしかないということを念頭に置いてほしい。

 このチェス盤に鏡を置いて考える考察をご存知だろうか。8かける8マスのちょうど真ん中ではなく、3.5マスの所に鏡を置いて考える。ちょうど、赤のキングを貫くようにする——すると、マスの色はそのままに、アリスが直進すればするほど——元の場所に戻るようになる。

 物語に沿うように、そのような考察がなされている——この考察を応用して、それ専用のチェス・ゲームだって開発されている。

 しかし、3.5マス目に鏡を置くというのは何とも中途半端ではないだろうか?

 マスの色を揃えるためには仕方ないとは言っても、その中途半端さは『後付け』感が否めない。

 それに、赤のキングの夢を鏡で表現するのは——アリスが夢を見ていないことに転じてしまわないだろうか。

 では、このように鏡を置こう。鏡を——2つ。置こう。

 4かける8マスのチェス盤に、斜めに鏡を置く——すると、元のチェス盤と同じように『向こう側』が生み出される。

 赤のキングがいる場所にも——鏡が置かれる。

 そう、夢を見ていたのは、アリスと赤のキングの二人ともだったのである。

 鏡は同じ場所を二つに分ける——ならば一つのマスに駒が複数存在できることになる。

 そして、メインはあくまでも女王——女王を獲れば、勝ちのゲーム。

 原作ではアリスが赤の女王を取って白の勝ちだったが、それでは赤の勝利条件はなんだったのだろう。白の女王を取り、かつアリスも取ること——単純に難しい。どちらかを取れば取られてしまうかもしれない——赤の勝利は絶望的だったのだ。

 ただの、弱小なポーンが混じることで——




「だからアリスなんかの言うことなんか聞いてんじゃねえよおおおおお!」

 白いドレスを着た女性がそう叫んで、赤いドレスを着た女性に分厚いハードカバーの本を投げつける。当たったらなかなかに痛そうだ。

「はんっ!」

 赤い服を着た女性がその本に手のひらを向けるーーするとその本が消えた。それを見て、白の服を着た女性はしゃがんだ。

「空間移動……確かに強い。強いけど、ただそれだけなんだよねぇ!」

 先ほどのハードカバーの本が、白い服を着た女性の頭上から飛び出てきたーーように見えた。

「赤の女王! あんたの魔法はもう見切った!」

 白い服を着た女性はそう言って、立ち上がり、赤い服を着た赤の女王と呼ばれた女性に人差し指を立てる。左腕は腰に添えて。

「空間移動は文字通り空間を移動させる。送る側と送られる側の空間の範囲を指定して、それを入れ替える。だけど移動できるのは座標だけ!」

 空間移動……? と横で聞いていた濾過は思う。扉を開けた瞬間広がったこの眼前の光景に驚きながら、平等家の移動について考える。

「座標を変えてもーー向きは変えられない!」

 赤の女王は、床に落ちた本を拾う。

「……は? 何が言いたいの? 白の女王」

「つまり攻撃の方向が分かれば、空間移動が為されても回避が可能ーーもう一度言うけど、あんたの攻撃は見切った!」

「へぇー。でも、そんなこと言ったところでーー」

 赤の女王が、消えた。そう認識したと同時に、白の女王の後ろに赤の女王はいた。空間移動が為されたのだと、鞠もまた理解した。

「あんたの魔法が劣ってるってことに、変わりはないよねぇ!」

 白の女王に向かって、赤の女王の拳が突き出される――

 普通に生活していて、女子の本気のパンチを見ることは少ないだろう。しかし女子だからと言って侮ってはならない。女性にしては体格の良い赤の女王。それに対しとても小柄な白の女王。すでに避けられる距離ではない――

 もっとも、彼女らにとって距離とは、縛られるものではなく扱うものなのだけれど。

「ふ、んっ!」

 白の女王がそう意気込んだ瞬間、くるり、くるりと翻るように瞬間移動をしたように見えた。

「劣ってるって? ちゃんと頭使った方がいいよ。赤の女王。この筋肉頭」

 挑発というより馬鹿にしている、白の女王の言い草だった。赤の女王はさらに赤くなる。もちろん怒りのためである。

 その紅潮は、強い意思になり強い魔法へとなる。

「鏡移しの魔法。鏡映しではなくて、鏡移し。字が違うよ。ある場所に想像としての鏡を置いて、面を軸にして対象物を対称移動させる。空間移動の応用だよ!」

 得意げに話す白の女王。

「応用じゃなくて、制限じゃなくって!?」

 怒り、彼女の魔法が現れる。床に落ちている本から椅子、それらが空中に浮遊する。いや、厳密には浮遊しているのではなく繰り返し空中に移動させているのだ。

「喰らえぇぇッ!」

 それらが赤の女王の指とともに白の女王に向けて発射されーー

「ストップ」

 濾過が、赤の女王と白の女王の間に入る。本や椅子が濾過にぶち当たる。

「……痛そうだなぁ」

 小声で呟く。まあ濾過さんは皮膚細胞に防御魔法をかけているらしいから、心配は要らないだろう。

「……痛っ」

 濾過さんの体から椅子が落ちてきたとき、そんな声が聞こえた。痛かったのかよ。

「だ、誰っ?」

「喧嘩はそこまで。ちゃんと説明してもらうわよ。この国のことと、アリスのことについて」




 城に入り、幾つかの部屋を抜けた後、喧嘩しているようなこえが聞こえたのだ。そのとき濾過さんが面白そうだから入ってみようと言って鞠はトラブルに巻き込まれるのは嫌だから入りたくないと言ったがそれはまるで意に介さぬ様子で濾過さんは勢い良く扉を開けて、そして今の光景を見たというわけだ。

 つまり、鏡の国の女王二人が喧嘩している様子を。

「まず、白の女王」

 女王二人を床に座らせーー正座だーーている濾過さんの手腕には恐ろしいものがありそれを思い出すにはなかなかの波乱万丈であったがともかく。濾過さんはその白の女王を指さしてそう言う。

「あなた、アリスの味方じゃなかったっけ?」

 ああそうだ、確か鹿からの話にもあったが、白の女王がアリスの味方で、赤の女王がその敵対勢力……のリーダーだったはずだ。

「なーんかさっきの喧嘩を見ていると、あたかもそうでないように見えてしまうのよね。真逆っていうか。白の女王こそが反アリス側の勢力なんじゃないかって」

「……大体の認識はそれで合ってるよ。世間と実際は違うってこと。本当はわたしこと白の女王こそが敵対勢力。赤の女王こそが、本当のアリス側……」

「え? どうしてそんなまどろっこしいことになってるわけ?」

「はっ、そんなにまどろっこしいもんでもないんだよ」

 濾過の方も鞠の方も見ずに、赤の女王は言う。

「最初に分裂させたのはあたしなんだよ。鏡の国の住民にこう呼びかけたんだ。アリスに味方する者は白の女王に続け、アリスに敵対する者は赤の女王に続け、ってね。もちろん、アリスのための行動さ」

「でも実際は逆なんでしょ? なんで?」

 鞠は聞く。どうして本当とは逆にする必要がある?

「じゃあ逆に聞こう。どうして同じにする必要がある? 考えてみろ、裏切りはどうして起こるのか。簡単だ。敵の思想に共感するからだ。なら裏切りを意図的に起こすには、こっちからして敵に潜り込むことが一番簡単だ。滑らかに裏切らせる。それがアリスの望んだ対立構造ってわけ」

「私はそれをさらに利用した。対立しているんだから、攻撃してもその道理は覆らない。赤の女王の考え方さえ変われば、鏡の国の考え方も変わる。頑張って変えようとしたーーそんななか、あなたたちが現れた。あなたたちは一体何者?」

「アリスに巻き込まれたかわいそうな一般人よ」

 濾過さんがそう言う。言っていることに間違いはないんだが、なんだかなぁ。

「えっと? つまり白の女王はアリスの敵だけど味方と思われていて、赤の女王はアリスの味方だけど敵と思われていたってことね。そしてそれも、アリスの仕業……こんな感じ?」

「だいたいそんな感じじゃない?」

「じゃあ聞くことはたったひとつね」

 濾過さんはしゃがみ込み、二人の女王と目線の高さを揃える。

「アリスの目的は何?」


「世界征服」


 赤の女王が、即答した。

「世界征服。具体的には不思議の国と鏡の国の支配。完全なる支配こそが目的。アリスの目的を叶えるための環境作り。最終的な目的というのはね、とても崇高なのよ。初めて聞いた時は感動したわ。それを叶えてあげたいと思う」

「だから支配される? 進んで支配されなさいって? ふざけないでよ。私たちにもやりたいことがあるのよ。女王ならそのくらいわかってなさいよ。アリスの崇高な目的がなんなのか知らないけど、それを叶えるために他人に不幸を与えるなんて……悪よ、悪! 分かる? 悪者に味方する理由なんてないのよ!」

「とすると白の女王、あんたは世界中の全員の願いが、十全に叶えられるとでも信じているのかい? そんなわけないだろう。誰かの願いは誰かの行動の邪魔をする。当たり前だ。だから重要なのは、誰の願いを優先させるか。一番優れている人物の願いを叶えるのが、一番道理に適っている」

「そんなわけない。全員が幸せになる正義の方法だってあるはず。人間が他の生物と違うのはその方法を考えることができるってことなの。それを考えるのを放棄したら、それこそーー」

「はいはいストップ。喧嘩好きね、あんたたち」

 再度仲裁に入る濾過さん。

「まるで姉妹みたいね。本当に姉妹だったりする? まあそこはどうでもいいけど……。赤の女王。じゃあ教えてもらえるかしら?」

「何を?」

「とぼけるつもり? 私が知りたいことなんて、そんなないのよ――もちろんただ一つだけ。アリスの、真の目的は、何?」

 真の目的——アリスが世界征服を果たした後、何をするのか。何をしでかすのか。

「世界征服の後に、アリスは——


 神に会いにいくのよ」


 気づいたときには、体が動いていた。

 赤の女王の首根っこを掴み、その拳に力を入れていた——自分でもわかるくらい、凄い形相で。

「鞠ちゃん。落ち着きなさい……どういうこと?」

 濾過さんの声で、正気に戻った、と感じた。

 自分は今、いったい何を——。

「へぇ……興味深々じゃない。あなたも、神に会いたいのかしら?」

「神なんて……馬鹿馬鹿しいわ。信じちゃだめよ、鞠ちゃん」

「え……ええ。そう、ね。信じる方が——どうかしてるよね」

 赤の女王から手を離す。落ち着け。何マジになってんだ。神様に会いにいく? そんな馬鹿げたことを——

「馬鹿げてる、なんて——まあ、そう思うのは当然かしらね。普通に生きていればそんなこと思わないからね。でも、そうねぇ……青髪ちゃんは思わないかしら? どうして——魔法なんてものが存在しているのか」

「……神が生み出した力だ。とか言うつもり? でもね、赤の女王。今はそんなこと、全く関係ないのよ。神に会いにいく、ですって……。やっぱり、馬鹿げているわ。今の話を聞いて、もう決まったわ……私たちは、アリスの味方にはならない」

 濾過さんは、私の手を取って言った。

「アリスを……止めるわよ」

 世界のために——なんて言葉で修飾すれば、かっこいいものだろうか。



「じゃあ、戻るわよ」

 城の外。絵本のように晴れ上がった空の下、濾過さんは、そう言った。

「濾過さん、赤の女王はどうするの?」

 今この場所には私こと平等鞠と、濾過さん、そして白の女王がいる。

「白の女王と一緒にこっちに置いていくわ。一応、喧嘩はしないように言ったわよ。私たちがけりをつけるから——オッケーかしら? 白の女王?」

「うん、魔力をこれでもかと使うから、これはきついのよね……擬似的に生み出された、人工物の世界だとは言っても、世界を鏡映しで反転させる——鏡移しで反転させるのはね。ま、あんたたちがアリスと決着をつけてくれるってんなら、喜んでその力を使おうってもんだけど」

「ん、ありがとう」

「しっかし……あんたたちも、災難よねぇ」

 苦笑いにも似た微笑を浮かべて、白の女王は言う。

「アリスと何も関係ないのに、こんな面倒な戦いの中に巻き込まれるなんてね。理不尽って言葉はこのために用意された言葉なのかしらね」

「まったくね——鞠ちゃんも、そう思うでしょ?」

 ため息をつき、濾過さんもそう言う——

「いや……どうなのかなぁ」

「え?」

「本当にただの理不尽なのかな? ひょっとして誰かを狙った必然というか……私たちは巻き込まれるべくして巻き込まれたんじゃないかなぁ?」

「……運命的な話?」

「ううん、そうじゃなくて、例えば——」

 アリスが私を、狙って巻き込んだとか——。

 ただ世界征服をしたいのなら私たちを使う必要はない。むしろ逆効果になるのではないだろうか? 今のこの状況のように、私たちがアリスに刃を向ける可能性があるではないか。むしろ、そちらの可能性の方が高い。理不尽——本当に理不尽なのかは分からないが、それを受けて、頭にこないのならば人間ではない。アリスの策略が、強固であったならばこんな状況に——なっているはずがないのに!

「確かにアリスの目的は止めなきゃいけないものだけど、この状況じゃあまるで——『止めてくれ』って言ってるようなものじゃない? こんな穴だらけの策略——アリスが仕込むとは、思えないんだけど」

 あの、躊躇なくキスをしてきた少女が、こんなことをするのか?

「……チェシャ猫、かな?」

「チェシャ猫?」

 確か城に入る前にも濾過さんが口にしていたような気がする。確か、鏡の国への行き方を教えたんじゃなかったっけ——

「私が鏡の国に来たこと——これって、アリスの策略には無かったことなんじゃない? 私が鏡の国に来たことで、アリスの仕掛けはすべておじゃんになった」

 アリスを止めるためだって、そいつも言ってたしね。と濾過さんは言った。

「なにそれ——肩すかしを食らった気分ね。私があいつと必死に戦ってたのが馬鹿みたいじゃない。反アリス派が、そんなにいっぱいいるならさ——」

 白の女王がため息まじりに頭を抱えてそう言った。

「まあ、なんにせよ……アリスの目的を止めることはできそうね。むしろ気運がこっちに向いてるのよ。アリスの目的を全部まとめて消し飛ばして! 私たちは元の場所に帰りましょう!」

「うん! もちろん——アリスなんてわけの分からないものからはさっさとおさらばね。濾過さん、まずは早く不思議の国で轆轤さんと合流しましょう。アリスを倒すのは、それからでも遅くないし」

「気はすんだみたいね。じゃあ始めましょうか。鏡の魔法——」

「うん、ちゃちゃっとお願い。ああ、お別れの挨拶をしてなかったわね。ばいばい、白の女王。赤の女王にもよろしくね。鞠ちゃんも言っておきなさい」

「さようなら、白の女王。まあ、お元気で」

「うん。ばいばい——さて、それらしく呪文詠唱でもしますか」

 白の女王は目を閉じて深呼吸をした。

「『橋の上で海を見ていた』

 『手のひらの水を海に落とした』

 『分からなくて涙がこぼれた』

 『6羽のカモメが鳴いた』

 『一羽、一羽と撃ち落とされ』

 『今ではもう二羽しかいない』

 『二羽は仲良くどこかへ行った』

 『涙は手のひらに落ちた』

 『海は涙になる』

 『上がったり下がったり』

 『色を塗ったりするのに忙しい』

 『虹の色とどちらが多い?』

 『そうしているうちに』

 『曇り空は晴れた』

 『これでもう、邪魔をする者はいない……」

 歌——のようだ。詩というのか。意味は分からなかったが、どこか寂しいと思った。そして、どこか怖いとも思った。

 光に包まれるように辺りが白くなりつつある中、濾過さんの手を握る。

 白の女王の姿が見えなくなった……さて。

 なんだろう。この不安感。むしろ、アリスの目的を止めることが——そのことが『悪いこと』のような気がしてきた——



                   第5章・終

                   第6章へ続く

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