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第三話『魔法使いの過去』  作者: 由条仁史
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第4章 Rabbit's Secret

平等濾過が鏡の国に行き、取り残された平等轆轤。しかし轆轤には、ある気がかりなことがあった。魔法を使わずに、魔法戦線をどう生きるのか。

 第4章 Rabbit's Secret



 さて、というほどでもない。というか遅すぎるといってもよい。どうして語られていなかったのだろうというくらいには不思議だ。未だ虚魔法戦線は半分を過ぎたに過ぎないというのに。いやはや遅すぎる。そう。どう考えてもこれは時期の問題だ。まだまだ話は続くのに、今ここで彼を紹介するというのは本当に遅すぎるというものだ。

 しかしまあ彼を紹介しないわけにはいかないだろう。彼を紹介するということはイコール、虚魔法戦線を紹介することにもつながるのだから。

 考えてもみて欲しい。

 第一話での『CPS』は『ELSE』を殺したあと暴走して――それを止めたのは轆轤なのだ。そしてこの暴走が止まったからこそ、監視役としての鞠がちゃんと任務を達成できた。後方で虚魔法戦線の健全なる進行を支えている。それが彼なのである。

 いや、そんな言葉ではまだ足りない。轆轤は、魔法使いではないからだ。『CPS』――今となっては濾過だが、彼女を止めたのは魔法ではない。ただの一般人なのである。そうでありながら、『魔法殺し』を倒した最強の魔法使いを止めたというのは相当以上の実績だ。

 はっきり言おう。

 彼はヒーローだ。

 濾過を救い、世界を救い、すべてを救うヒーローだ。

 何より、思い返して欲しい。第二話で鞠と戦ったあの魔法使い4人は――『死んでいない』のだ。鞠との戦いで命を落とすことなく、その後も処刑されること、なく――なお生き残っている。理由はともかく、こう言うことが出来る。『平等轆轤の登場から、一度の人が死んでいない』と――

 救世主とでも呼ぼうか? そんな綺麗な名称は似合わない。ではこう呼ぼう――


 『主人公』と。


 紹介しよう。

 平等轆轤。

 この物語、虚魔法戦線の主人公である。

 平等濾過や、平等鞠は、ただの――脇役に過ぎないのだ。




 動くしかない、と轆轤が思ったのは、実は最初からであった。

 最初? どこからであろう。

 家を出て、アリスに会ったところだろうか? いいや、違う。確かにそれもある。というより、アリスは『それが無意味だ』と思わせるためにそれを行ったのだ。

 アリスの魔法――固有でもなんでもない、ただの『音を出す』それだけの魔法だ。それによって――『平等家の扉は閉ざされた』

 そう思わされてしまったのだ。

 濾過と、鞠は。

 しかし轆轤は違った。それがフェイクであるという可能性を、見過ごすわけにはいかない。そう判断したのだ。

 さらにもう一つ――これはもはや言うまでもないことかもしれないが、物には体積というものがある。人であろうと部屋であろうと、体積はある。ではこういう問題を出そう。

 鞠と平等家――どちらがより、テレポートさせやすいか?

 体積を考えた時、圧倒的に鞠だけをテレポートさせたほうが手っ取り早い。質量を考えたときも同様だ。鞠だけがいなくなったら轆轤や濾過が不審に思う? だから轆轤や濾過も連れてきた? 否。それだって違う。

 三人をまとめて連れて行きたいのなら、それは簡単だ。なぜならこの三人は、川の字になって、同じベッドで寝ていたのである。ベットごと飛ばせばわけはない。しかし事実、平等家にもともとあった――コタツや箪笥も飛ばされている。

 考えられる可能性はここでは2つ。

 アリスは『まとめて』でしか飛ばせないのか。

 むしろ『平等家』そのものが必要なのか。

 『平等家』という――『空間』を必要としているのか。

 轆轤は階段を駆け上がり、扉の前につく。

 ただ単に空間が必要ならいくらでもある。不思議の国にある家は大量にあるものの、人一人として住んでいないのだ。その辺の民家でも使えばいい。隠れる場所ならいくらでもある。そう、隠れるのならば。

 また、隠れる場所は隠す場所にもなる。

 つまり、白ウサギを隠す場所にもなりうる――アリスの考え方に、裏があると考えると、そうであるかもしれないのだ。

 少しでも不思議の国を歩かせて――白ウサギを探しに回って――白ウサギを、見つけないで欲しい。そのような意図があるのではないだろうか。

 命令どおりに不思議の国を歩き回っては、絶対に見つけることは出来ない――そういう構造を、アリスは生み出したのだ。

 轆轤はさらに裏をかいた。

 白ウサギは、この平等家にいる。

 ドアノブを見つめ、握り、轆轤は確信する。

 果たして――扉は、開いた。

「……なるほどな」

 轆轤は呟いた。靴を脱ぎ、廊下を歩く。真っ先にリビングに向かう。コタツのある部屋だ。

 そこに、いるに違いない。

 さらに扉を開ける。もともと鍵なんてついていない扉だ。

「う、うああああああああ!」

 と、扉の真正面にいた白いものが叫んだ。轆轤は大して驚いた様子も無く、足元のそれを見る。

「嘘っ! 嘘っ! まさか! なんてことだ!」

 そこらじゅうを飛び跳ねるそれを見て、ウサギであることが分かる――普通のウサギより一回り大きく、そして服のようなものを着ている。

「おい、ウサギ」

「ひっ!?」

 リビングに一歩踏み出す。

「散らかすな」

 家主は、言った。




「ど、どうして……」

 白ウサギのほうが驚いている。まあ当然か。だって――俺が戻ってこないと踏んだからこそこの場所に『閉じ込められ』ていたのだから。アリスの考えに考え抜いた策略に――まさか穴があるとは思わないだろう。

 特に、不思議の国の住民は。

 誰もいない民家は、ただの景観だ。不思議の国のキャラクターはいるが、それ以外のオーディエンスはいない。だから不思議の国の住民は全員、アリスのことを知っているはずだ。原作に忠実だというのならば、全員がアリスと会話をしているはずだ。物語上では、そうなっているのだから。

「過信、っつーかよ。多分だけど誤解しやすいよなあ……濾過も含めてだけど、お前もな」

 靴を脱ぎながら、そう言う。

「アリスが完璧だなんて……そんなのはただの印象に過ぎないっつーのによ。あたかもそれが当然のように、どいつもこいつも思ってやがる。全部が全部、あいつの手のひらの上――みたいに考えている奴らばっかりだぜ」

「お、お前は……一体?」

 白ウサギが怯えながら、轆轤に訊く。

 轆轤は、そんな怯えになんてまるで意に介さず、白ウサギがたった今飛び降りたコタツに座る。足は突っ込まない。リラックスしたいわけではなく、話がしたいのだ。

「訊きたいことは二つだ。一つ、お前は何だったのか。二つ、お前は今、何なのか」

「……!?!?」

 話の流れをまるで読まないというよりも、話の筋をまるで考えておらず、飛躍しまくっている轆轤の言動に――白ウサギは驚愕する。さっきから驚いてばかりだ。それこそこの場はもう轆轤の手のひらの上だといわんばかりに。

「鍵のかかっていない部屋にお前みたいなちっこいウサギを入れるのは簡単だ。だが、それは俺のこの家で無かったらの話だ。なめんなよ。俺は見たことのある奴の指紋は全部覚えている。そのなかから、俺の家のドアノブに最後に触ったのは――紛れも無く鞠だ。どういう意味かってえと、アリスじゃあねえってことだ。つまりお前がここにいる理由は、テレポーテーション、『空間移動』しかあり得ない」

「……合ってるよ、その考察」

 しっかしさらっととんでもないことを轆轤は言った――指紋を覚えている? そんなこと、ただの人間にできるのだろうか。否――人間の記憶力をなめてはいけない。

「さらに」

 轆轤は言う。

 まだ何かあるのか、と白ウサギは思う。もう驚愕することはやめた――この轆轤という人物は、とんでもないことを簡単に成し遂げてしまう人間なのだ、そう認識した。

「そこまで思慮深い人物の仕業で隠されるものには、それが隠されるだけの理由がある。『空間移動』の魔法を使えるのがアリスだったとしたら、お前を隠すにはそれなりの理由が必要だ。お前が、隠されるだけの理由がな。しかし、それだけの『理由』を有するお前が、そう簡単にアリスに『隠され』るだろうか?」

 隠される資格のないものは、隠されない。当たり前のことだ。する必要の無いことをする、というのは実はどんな現象にもあり得ない。なんらかの思慮が働いて、この現実は回っている。思慮されなければ、そのサイクルからは除外される――そして、それができる人間は一部しかいない。それも、誰とも関わらないような世捨て人で無い限りは。

 そしてその世捨て人もなんらかを思慮するはずだ。

 理由が無ければ行動は無くすなわちいかなる行動にも必ず理由はある。

 白ウサギを隠す理由。

「どうしてお前は隠されているのか? それはお前が過去、『何か』であったからだ。そして、その『何か』を失ったからこそ、今ここにいる――違うか?」

「……そこまで考察しきっているんだ。僕の、魔法だって分かるだろう?」

「魔法? 魔法使いなのか、お前は――」

「説明するよ。そこまでの名推理を披露されれば、僕としてはもう明かさないわけにはいかない。全部をね」

 白ウサギは跳ねて、コタツの上に乗った。

「まず最初、僕は『時計』を持っていた。それについては後で話す。いまのところは重要なアイテムだと思ってくれればいい。僕はその力でアリスの支配から逃れることが出来た。だけど、今はこの通り、奪われている。アリスに奪われたんだ――ただのアリスなら、この僕は恐れることは無かった。ただ、アリスは協力者を連れてきたんだ――確か、鏡の国の女王様のどちらかだったはずだよ。その女王の魔法が、『空間移動』。アリスの魔法は、それとはまったく関係ないものだよ。だけど、僕は不意を突かれた。そのとき『時計』は奪われた」

 『空間移動』はアリスの魔法――ではない。

 鏡の国の女王……二人いたと思うが、どちらだろうか。原作に忠実だというのなら、おそらく『物語上でも似たようなことをしている』方だろう。

 そいつが、アリスの――『協力者』。

 彼女は一匹狼ではなかったというわけか。

「『時計』――魔法か」


「そう――お察しの通り、『時間移動』の魔法だよ」


 時間移動。

 そのくらいのこと、近頃の魔法物語で例を挙げれば相当数あるが、しかし考えて欲しい。炎や電撃を起こすのとは比べ物にならないほど、強力な魔法であるのだということを。

 まだ科学技術で『達成していない』、ということを――!

「なるほどな……アリスの魔法がどんなものかは把握しきれねえが、それは強力な魔法だ。攻撃を回避することだって簡単だろう。……不意打ち以外は」

「そう。そしてその『時計』を奪われたから、今ここで閉じこめられている」

「はぁーん。なるほどな。つまり、単純な『空間移動』だけじゃあなくて、『時間移動』も行われていたってわけか。だから濾過のデータが当てにならなかったと……そして、アリスがお前を隠した理由も分かってきたよ。実に単純だ――俺がお前から『ある情報』を入手させないようにするため、なんだな」

「――『ある情報』?」

「その『時計』、とんでもないものだってことは理解できる。そんなとんでもないものが存在していることそれ自体が驚きだ。『時間移動』なんてなあ」

 轆轤は立ち上がる。

 もうやるべきことは――見えているといった風に。


「そんなとんでもない『時計』――『誰』が作った?」


「……知らないよ。ただ――ハートの女王から貰ったものだから」

「つまり、ハートの女王が知っている可能性があるわけだ。そしておそらく、これこそが――俺たちの状況を打破できる策だ」

 ここで言う俺たちとはもちろん濾過と鞠のことも含めてのものだ。

 打破する――それはつまり、アリスから逃げるということだ。轆轤たちがもといた場所に、もしくは――もといた時間に。

「行くぞ白ウサギ。ついて来い」

「……ああ」

 なんてやつだ、と白ウサギは思う。

 なんて自分勝手で、思慮深くて――アリスみたいなんだろう、と。




「……ふん。まあ、女王様に向かう態度としては、上出来ね」

 不思議の国にある城――轆轤と白ウサギは、ハートの女王と向かい合っている。赤い絨毯が玄関からまっすぐ玉座に向かって伸ばされている。その両脇には、トランプと一体化した兵士らしき人が並んでいる。

「いいわねぇ……そのにらみつけるような目。これからバトルしようっていう気概が感じられるわ。こんな人間――首を刎ねるには惜しい人物だわ」

 轆轤と白ウサギは赤い絨毯の上におり――数段上がった場所にある玉座に、ハートの女王が座っている。

「単刀直入に訊くぞ。ハートの女王」

「あなた、名前は?」

 質問しようとしたら質問された。

 どうやらこのハートの女王の性格は、原作に沿っていないようで、案外沿っているのかもしれない。つまり、愉快か、不愉快か。

 原作では『不愉快をつぶす』という考え方で、ここでは『愉快を愉しむ』という考え方だ。

「平等轆轤だ。この世界にはあまりない名前だから、覚えにくいとは思うけどな。これで満足か?」

「うんうん。満足だよ。ロクロくん。で? 聞きたいことってなに?」

「こいつの、白ウサギの、『時計』――一体誰が作った?」

 白ウサギは、轆轤の女王様に向かっての態度にびくびくとしており、その轆轤の言葉に体をびくっと震わせた。

「ぷぷぷ……はっはっはっ! やっぱりいいねえロクロくん! 面白いわ。その問いに答えるのは簡単よ。


 教えられない。


 一言で言えばそんな感じよ」

 ――教えられないと来たか。これは難攻不落の問題のようだな、と轆轤は思案した。教えられない理由があるのか、ただ純粋に知らないだけなのか――それは分からないが、どうやらこの質問をすることに意味は無いようだ。

 だがしかし、轆轤はここに来た意味は『ある』と思っている。

「じゃあ二つ目の質問だ」

「!?」

 白ウサギは狼狽する。轆轤と話し合った結果ハートの女王にぶつけようと決めた質問は、先ほどのたった一つだけだったはずなのに――。

「アリスからお前はなんて言われてる?」

「くっはははははは! きみは天才かい? どうしてそんなに、そこまで的確な質問ができるもんかねえ?」

 どはははははははっ! とハートの女王は笑う。本当に愉快だといわんばかりに。

「その質問には簡単に答えられるよ。いい? よーく聞きなさい。私は――


 アリスが嫌い。


 ねえ、ゲームしましょうよ」

「……ゲーム?」

 突然、何を言い出すんだ。ゲーム?

「そう。ゲーム。あなたが勝ったらアリスの秘密を教えてあげる。私が勝ったら、あなたはずーーーーーーっと私の城で働きなさい」

「!?」

 なんてことを要求するんだ――と白ウサギは思う。アリスの秘密? 教えたらどうなることか分からないし、そして轆轤が負けたときの条件。これもひどいものだ。一生こき使われ続けるなんて――ハートの女王がどんなに面倒くさい人物か、轆轤は分かっているのだろうか――?

「ああ、いいぜ」

 あっさり乗った――!?

 しかもそんなに軽く!?

「……正気? まあ、したくないのならやめてくれてもいいけど……ね」

「まさか。そもそもしないという選択肢が、俺には見つからない」

 轆轤は玉座に向かって歩を進める。一段、二段と昇っていき――

「さあ、やろうぜ、ハートの女王」

 鼻が触れ合うほど、顔を近づけて言った。




「使うカードはハートとスペードのトランプ。Aから5を抜いて使うよ。だから合計で16枚。私が奇数のカード、あなたが偶数のカードを持つ。お互いが自分にしか分からないようにカードをデッキにする。裏を向いてお互いにセット。そしてあなたのほうから一枚ずつ上からめくる。ハートのカードが出てきたら私に1ポイント、スペードのカードが出てきたらきみに1ポイント。ハートのクイーンが出てきたらそこで終了。得点の多いほうが勝ち。で、どうかな?」

 ルールの説明だ。

 つまり轆轤の手には6、8、10、Qの四種類が2色。ハートの女王の手には7、9、J、Kの四種類が2色。それぞれ8枚ずつ持っている形だ。

 ハートのクイーンが出てきたら終わり。そのタイミングを作るのは――

 ……轆轤だ。

「ハートのクイーン。俺のところにあるけど、いいのか?」

「ええ。むしろ――そうでなければ、面白くない。そもそもハートの女王なんて、ただの肩書きに過ぎない。執着心なんて皆無よ」

「そうかよ」

 と、二人は言った。

 カードの構成はこれで正しいということか……。

「ところで、ハートのクイーンが出てきたら終了って言ったよな」

「ええ。そのとおり」

「ハートのクイーンが出てきたとき、このカードのポイントはお前に入るのか?」

「入らないわ。言ったでしょ? 執着心は皆無――ノーカウントよ」

 つまりハートのクイーンが出てくるよりも前に、スペードの枚数ががハートより多ければいいのか。ルールは、まあ複雑ではないな。

「じゃ、始めようか」

「オーケイ」

 二人はソファに深々と座る。テーブルを挟んで、向かい合う。

 まずデッキを並べ替えて作る――シャッフルではないので、これは運のゲームではなく、相手の考えをどこまで読むかというゲーム。だからじっくり考えて――

「俺のデッキはこれでいく」

 数枚を入れ替えて、轆轤はカードの束をテーブルに置いた。

 早い! と白ウサギは思う。

 しかしとはいえたかが8枚だ。そんなに時間をとるようなものでもあるまい。

「ふーん……ま、試してみましょうか」

「その前に一ついいか?」

「? 何かしら?」

 ハートの女王もデッキが完成し、それをテーブルに置く。

「このゲーム、引き分けたらどうするんだ?」

「勝ち負けが決まるまでやる。それだけよ」

「ならいいんだ」

 引き分け――ああそうか。轆轤の手番からめくっていき、ハートの女王が轆轤の手にあるから引き分けがありえる――あれ?

 なんだろう、この違和感。

「じゃあ、どうぞ」

「おう」

 轆轤は自分のデッキの一番上のカードをめくり、デッキの前に置く。二人のちょうど間にあり、轆轤から向かってすこし右側にある。

「スペードのQだ」

 轆轤に1ポイント入る。

「へぇ……女王さまねぇ。やっぱいい度胸してるわねきみ。こっちはハートの7よ。素数ね」

 ハートの女王も轆轤と同じように、二人のちょうど間、轆轤に向かって左側、出されているスペードのQの隣に置く。

 ハートの女王に1ポイント。1対1。

 まだまだゲームは序盤。これからどう転ぶか……

「ハートのQだ」

 と、轆轤は言った――えっ? 

 ゲーム終了のハートのQ?

 2枚目に配置した――!?

「ふん。ゲーム終了ね。1対1。引き分けね」

「ああ、再戦だ」

「ちょ、ちょっと轆轤さん!」

 轆轤の耳元でささやく。

「このゲーム……勝てないじゃないですか!」

 カードはそれぞれ2色4枚ずつ。その条件は二人とも変わらず、ハートのQはノーカウント轆轤が先にめくるのだからハートの女王のカードは一枚残り、この戦いは平等である――というわけはない。

 たとえばハートの女王が――始めの4枚をすべてハートで固めてきたら?

 こちらとしては最初にスペードを4枚固めるしかなく、そうしてしまったら、デッキの順番が固定される。色によって、固定される。

 その中でハートのQの位置を変えてみよう――しかし、どれも引き分けで終わってしまう。

 引き分けにとどまり、勝てない――ハートの女王がミスをしない限り、絶対に勝てない!

 そしてたったの8枚。ミスをするはずはない!

「ああ、そのくらいわかってるさ」

「だったら――」

「大丈夫だ。心配することは無い」

「ふっふーん……」

 テーブルに出したカードを回収し、扇のようにそれを構えるハートの女王。

「まあ当然よね。そんなに簡単に勝てるゲームじゃない。そのくらい子供でも分かる――続けるわよ」

「ああ」

 轆轤も、カードを回収する。そして並べ直す。

 一方ハートの女王は――並べ直した気配が無い。まさか、1ゲーム目から『最強の構成』で戦っていたのか。

 勝てるはずが、ない――

「2ゲーム目だ」

「ヒアウィーゴー」

「スペードの6」

「ハートの7」

「スペードの8」

「ハートの9」

「スペードの10」

「ハートのJ」

「スペードのQ」

「ハートのK」

 ……二人とも『最強の構成』だ。4対4。轆轤は……これからどうするつもりなのだろうか?

「ハートの6」

 轆轤はそう言い、そのカードを開かれているハートの山の上に置く。あとでポイントを数えるためだ。

「スペードの7」

 ハートの女王も、開かれたスペードの山の上にそれを置く。

「ハートの8」

「スペードの9」

「ハートの10」

「スペードのJ」

「これで最後だ。ハートのQ」

 合計ポイント、轆轤が7ポイント、ハートの女王が7ポイント……引き分けだ。

「また引き分けね。どうするの? まだ続ける気?」

「ああ、勝ち負けが決まるまでやるんだろう?」

 轆轤は出されているハートのカードを回収する。

「……諦め、悪いわね」

 ハートの女王は余ったカードを回収し、偶数のカード、つまりハートの6、8、10、Qを轆轤のほうへ乱雑にやった。テーブルの上に4枚のカードが散る。

 ……不機嫌らしい。

「どうだかな」

 轆轤はカードを綺麗にまとめ、ハートの女王に手渡す。

「ふん!」

 ひったくる。

 そしてハートの女王はそのままデッキを重ねて作った――カードの表面を見ずに、だ。

「どうせ、あなたは私に勝てるわけが無い。そんな結果は簡単に見える……結果だよ。すべて重要になるのは結果で、それまでの過去とかそういうものは関係ないんだよ」

「……どうかなぁ?」

 と、轆轤は言い、デッキを扇状に開き、並べ替える。

「この俺が……本当に何も考えず、本当に考えなしにこのゲームに臨んでいると思うか? この第3ゲーム、これまでの引き分けから、何も学習していないと思うか?」

「……どういう意味?」

「結果は、じきに見える……そういう意味さ。さあ、始めようぜ。第3ゲーム」

「面白いわね。やってやろうじゃないの」

 ……なんなんだ。こいつら。

 誰も気づかないようなところで――何が起こっている?

「1枚目、いくぞ――スペードの6」

「ハートの7よ」

 1対1。

 さっきと同じように、カードが広げられる。

「スペードの8」

「ハートの9」

 2対2。

 これもさっきと同じ……果たしてこのゲーム、どう転ぶんだ?

「スペードの10」

「ハートのJ」

 3対3。

 ……本当に、大丈夫だろうか? 轆轤はただハッタリをかましているんじゃあないだろうか?

 心配になる。

「スペードのQ。さあ、めくってみろ。次のカードを。めくってみろ……!」

 ――轆轤、やっぱり何か……『仕組んだ』のかっ!?

「……ふふっ。なーに? 強がりかしら?」

 ハートの女王は、少し気圧された風ではあるが、強気である。だってそうだ。理論的に考えれば、ハートの女王が負けることは無いのだから。

「まあいいわ。すべてはなるべくしてなるんだからね……! めくるわ!」

 ハートの女王は、デッキに手を触れ、思いっきり自分側に、一番上のカードをめくる。そしてテーブルの上に突き出し、カードから手を放す。

 自由落下にしたがって、舞いながら落ちていく。そのカードは――


「スペードの……7……!」


 思わず言ってしまった。つまりこれで、轆轤に1ポイントが入る形になる……!?

「出したな……4枚目に、スペードのカードを!」

 そうだ、お互い同じ色が4枚ずつあるのだから、最初の4枚はお互い、色が固まっているはずなのに! つまりこれは……ハートの女王のミスか!?

「これで終わりだ――ハートのQ(女王)!」

 ハートのQがめくられる。

 ゲームの結果――4対3で、轆轤の、勝ち。

「ど……どうして……」

 ハートの女王が、心底驚いたように聞く。

「どうやら――」

 と、轆轤はまだ出していない自分のデッキをすべて表に向けた。その一番上は、

「あんたのところの王様、亡命しちまったようだぜ」

 ハートのK……だった。

 本来、ハートの女王が持っているはずのカードである。

「つまり、あんたに渡したハートのカード……あれ、3枚しかなかったんだよ。もうちょっと気をつけておくべきだったな。ゲームをするときは、心に余裕を持つもんだぜ。ハートの女王」

「は……ははっ。負けちゃった。でもさ、それ、亡命じゃなくて、拉致だよね」

「確かお前の言ったルールじゃあ、イカサマは禁止じゃ無かったよな。どころか、お前の言動は、それを望んでいるみたいだったぞ」

「イカサマを……望む?」

 どういうことだろう。ハートの女王が、そんなことを言ったのか?

「ああ、そもそも勝敗後の条件が、何よりも適当だ。この場合の適当っていうのは、その場で考えたようなくだらないもの、ってところさ。そして、本当にアリスが嫌いなら、そいつの秘密を話せばいい。そうしなかったのは、俺の実力を測るため――なんだろう?」

「ふ……ふふふっ。ぷっ、はははははははは! いや、いやいやいや。きみ――もう惚れちゃいそうだよ。その頭脳……。ねえ、結婚しない?」

「!?」

 女王が求婚!?

 突然だなあもう!

 その一言に相当狼狽する白ウサギ。

「いいや、結構だ。濾過が何て言うかわからねえからな」

「そ、残念」

 大して落ち込む風も無く、ハートの女王は言う。

「さて、約束だったね。アリスの秘密、教えてあげるよ」

「ああ――お願いする」

 お互い、腰を据えて話す。

「……あんたを試すためのゲームとしては、いいと思ったけど、でもまあ、話すとしたら気は引けるよ。まあ、ショッキングな内容が含まれているからね……お子様は、聞かないほうがいい話だよ」



                   第4章・終

                   第5章へ続く

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