STORY19:裏切りの瞳
事実が全て真実とは限らない
自分自身を『覇王』と名乗った男、ダークは深紅の瞳を呆然とするサミー達に向けた。
それ以上は何もしない。
暫くして、ダークは漸く口を開いた。
「魔王の気配が消えたな。これなら、奴も察知出来ないはず・・・」
未だに呆然とするサミー達に、ダークは微笑み掛けた。
「あんた・・・本当に何様よ・・・?」
「”魔族様”だと言ったつもりだが?」
”じゃあ・・・”と切り出そうとしたサミーの言葉を止めて、ダークはその理由を語り出した。
1度、瞼を閉じて深呼吸をする。
そして再び開かれた瞼の下は、綺麗な紅から光の無い闇色に変わっていた。
ついでに、髪の色も変わっていた。 何処かで見たことのある色・・・。
「ああ、俺はユリークの生みの親だ。そして、この瞳は裏切り者の証」
「裏切り者・・・?じゃあ、お前まさかっ!?」
ヒョウが確信して言う。
ダークはそれを、あっさりと肯定して頷いた。
肯定した瞬間、ダークの瞳はまた深紅色へと変わる。
「先程言ってたろう?昔、裏切り者の魔族のせいで・・・って。あれは俺のことだ」
そう言うと、ダークは背を向けて空を見上げる。
ポッカリと空いた穴から、まばゆい程の月明かり。
青白く輝く月が、ダークのその名に似合わない白髪を照らしている。
時々入って来る風が、ダークの髪を揺らした。
「あの3人が生まれてからが長かった。その紋章を持つ者を揃えるのがな・・・」
ついでにダークは言った。
「全ての紋章が揃えば、今度こそ―――」
真ん丸、大きな月。
ギンガムチェックのような屋根。 いや、鳥籠か・・・。
いや、虫籠か・・・。
いやいや、監獄か・・・。
とにかく、巨大な月に照らされて、魔王と3人はそこにいた。
床には巨大な魔方陣。
今見えている月よりは小さいが、少なくとも半径4メイルはある。
魔王はその中心に立ち、月に向かって手を伸ばす。
『我が名はデスティニー。彼の者は『魔王』と呼ぶ。・・・さあ、月よ!我が力の源となれ!!』
デスティニーの言葉に反応してか、月の光が少し赤くなる。
その赤くなった月の光が魔方陣に当たり、文字が赤く変わる。 その文字はデスティニーに印される。 見たことも無い、理解不能な文字。
しかし、それが不吉なものだと感じたのは確かである。
『さあ、我が子等にも・・・』
デスティニーはミーナ達に手を伸ばす。
月の光がミーナ達に向かって来る。
だが、その光はミーナの前で弾かれた。
デスティニーは、驚きもせずにまるで最初から分かっていたかのように、口の端を吊り上げた。
「悪いがそれは断る。今は、この俺様が住んでるんだからな」
金色の瞳の男。
ミーナもリュウもジンも知っている存在。
ミーナの中に存在していた者。
そう、ジェイドである。
だが、今回の現れ方は少し違った。
何故なら、ジェイドはミーナの目の前にいたからである。
デスティニーは、漸く出て来たか、と笑みを漏らす。
ジェイドも口の端を吊り上げている。
ふふふと笑う2人に圧倒されるミーナ達3人。
「久々だな・・・さあ!今こそ、俺様の分身を返しやがれ!!」
『嫌・・・だと言ったら?』
「力尽くでも取り返す!!」
ジェイドは力強く言うと、デスティニーめがけて突撃して行った。
金属音が連発して辺りに響く。
あれから暫く経っているというのに、ジェイドとデスティニーは疲れた様子も無く、黙々と攻防戦を続けている。
傍からみれば、演武を披露しているかのように美しい。
だが、呪文を1つ唱えただけで辺りに影響を与える程、威力は半端ではない。
力はほぼ互角。
ミーナ達も参戦しようとするのだが、ジェイドとデスティニーに止められてしまった。
それ以前に、近付けない。
「俺様に付いて来れるか・・・(汗)。やはり、魔王であるだけはあるな」
手を休めず、魔王に向かって言う。
デスティニーも嘲笑って口を開いた。
『当たり前だ。我が内には、貴様もいるのだからな』
「そうだった・・・な!!」
最後の言葉と同時に、デスティニーを凪ぎ払うように腕を振る。
金属が金属を引っ掻いているような音。
どちらも1歩も引かず、押し合っている。
いや、少しばかりかジェイドの方が押している。
一瞬、勝機が見えた。
だが、その一瞬がジェイドに隙を生じさせた。
「ぐあっ!?」
勿論、デスティニーがそれを見逃すはずが無く、ジェイドの身体は引き裂かれた。
デスティニーは、今度こそ笑った。
本気で、大声で笑った。
引き裂かれた身体からは、大量の血が―――
『!?・・・偽物か!!』
―――出なかった。
いや、血ではなく、大量の燐粉がジェイドの姿から崩れた。
デスティニーの後方に、鈍い音と衝撃が加わる。
微動だにしないデスティニー。 すぐにそいつも引き裂く。
だが、それもやはり、燐粉の塊。
次々に現れるジェイドの姿に混乱し、デスティニーは悔しそうに大声を上げた。
怒りがデスティニーを支配する。
「やべっ、やりすぎたか・・・?」
そう言って、本物らしきジェイドが姿を見せた。
デスティニーは、すかさずソレに手を上げた。
ボスッ!と、先程より硬い音。 だが、物に当たった音としては柔らかすぎる。
『またか!』
手に付いた燐粉を払い除ける。
だが、駄目だった。
燐粉がデスティニーの手を束縛する。
「ま、これでいいだろ。さあ、返してもらうぜ?」
今度こそ本物のジェイドが現れる。 そして、デスティニーの胸元に触れ、手を入れてゆく。
デスティニーは、抵抗する。 が、抵抗しきれなかった。
デスティニーの力の無い声と同時に、ズルズルと人のような形の塊が引きずり出される。
やがて、透明だったソレは、徐々に色を取り戻し始めた。
完全に戻ったその姿は、ジェイドにそっくりだった。
「漸く・・・俺様は完全に戻る」
ジェイドは完全に戻りながら言う。
そして、ミーナに声をかけた。
「女!劔を渡せ。ありゃ、俺様の物だ」
「劔・・・?あの、紋章が彫ってある?」
「そう、それだ」
あの、魔族によって破壊された街にあった劔。
ミーナ以外、重くて持ち上げることも出来なかった劔。
その劔をミーナから受け取り、ジェイドは軽々と振り回した。
ジェイドに笑みが零れた。
少年のように、好奇心、冒険心の強い笑顔だ。
「俺様はついにお前を超えた。俺様の『闇』が、漸く完全になった!魔王、お前の負けだ!!」
ジェイドが勝ち誇り言う。
だが、先程まで魔王の中にいたもう1人のジェイドが怒鳴った。
その声は、ミーナ達にも聞こえるものだった。
デスティニーは、未だ俯いたままである。
片方のジェイドは、怒っていた。 今まで取り込んでいた魔王にではなく、今、取り込もうとしている本人にだ。
「―――!?!?!?・・・しまった!!!」
ジェイドが身構えた。
だが、次の瞬間には既に倒れていた。
グキャリ!
鈍い骨の折れる音が漸く聞こえた。
そこにいたのは、変わり果てた姿のジェイドと、目の色が変わり興奮状態の血塗れのデスティニーだった。
ミーナ達は、今までに無い恐怖に身を震わせた。
姿が変わり、雰囲気がガラリと変わったデスティニーは最早、『魔王』とは呼べない。
今までは、強い力の人型があったからよかった。
だが今、それが無い。
昔、獣の神が創った『魔王』という存在は、この世に生きる獣を寄せ集めた結果だ。
人は、それを合成生物、または『キメラ』と呼ぶ。
自我を失ったデスティニーは鋭い爪を振り上げる。
狙いは・・・ミーナ!
「いぃやああああぁぁ!!!!!」
その声と同時に、魔王の苦痛の声が辺りに響いた。