STORY1:始まり
とある村に、両親を亡くし、つい最近まで一緒に暮らしていた祖母も亡くした少女がいた。
その村には、少女が独りで住んでいた。
村長でもあった父親が、馬車に引かれて死んでからというもの、人々は村から去って行ってしまったのである。
少女の名前は、ミーナ・ドラグルゥ。
瞳は碧、髪は茶色。ショートカットの活発な少女である。
ミーナは今日も、食料を集めるために森へと足を運ぶ。手に父親の形見である、蝶の紋章が彫ってある劔を持って。 いやいや、決して危なくはない。
少女・・・と言っても、彼女はもう18歳だ。それに、森には野獣も魔獣もいるのだ。
最低限の武器を持っていないと、逆に危ないのである。
この世界には、幾つもの生き物が存在する。
大きく分けて、人間・野獣・魔獣・魔族・キメラの5種類に分けられる。
以前は、竜という生き物もいたようだが・・・。
魔族との争いに巻き込まれたらしく、それ以来竜を見た者はいない。 その昔、魔族の王とも言える存在が世界を支配していた。
その存在を倒した者達が、現在の世界にする駆け引きをしたのである。
その者達の子孫は数多く、一番濃い血を授かった者にはそれぞれに『紋章』と呼ばれる痣が身体の何処かにある。
昔は腐る程いたのだが、100年も経っているからかその数は少なくなってきている。
ミーナの父親がそうだった。
そして、昔、村に住んでいたミーナの親友もその1人だ。
今はいないが・・・。
「・・・変ねぇ・・・」
獲物を探していたミーナがそう呟いた。
「なんで、何も出て来ないの・・・?」
何時もなら、獲物となる野獣や魔獣を3〜4匹は仕留めているはずなのだが・・・。
まだ、何も出て来てない。
ミーナは胸騒ぎを感じたが、暫く森を探索することにした。
この森に、何かあるのかもしれない。
そう思った。
ミーナは、その辺に生えている木の実を集めつつ、森の奥へと足を運んだ。
ガサガサガサッ!!!
「誰っ!?」
『・・・その声。ミーナ!?ミーナでしょ!?』
ミーナが、音のする茂みを見つめると聴き憶えのある声が聴こえた。
しかも、その声の主はミーナのことを知っているらしい。
その声の様子からして、相当仲が良かったようだ。
「誰なの?姿を見せなさい!」
ミーナは、用心して言った。
この森に住む魔獣の中には、人間の声を真似して注意を引くものもいるからだ。
茂みの向こうの声は、仕方無さげに文句を言いながら出て来た。
が、目の前に・・・ではない。
足下に・・・である。
真っ白な猫が、ミーナの足下に現れた。
魔獣でも、野獣でも無い。ただの猫。
額の星を現した痣が目に付く。
「・・・・・・サミー?」
ミーナは、昔この村に住んでいた親友の名前を口にした。
いやいやいやいや・・・。あり得ない、あり得ない・・・。
何故って?
何故って、そりゃ〜親友のサミーは人間だからだ。
ミーナも首を振って、自分に言い聞かせた。
だが・・・。
「や!久しぶり!!」
その猫は、喋った。
まるで、人間のように・・・。
しかも、器用なことに二足立ちになっているではないか。
「・・・・・・・・・・・・」
ミーナは黙ってしまった。
サミーらしき猫は、ミーナの足をペシペシと軽く叩く。
「アレ?お〜い、ミーナ〜?起きてる〜?」
ミーナは、はっとしてその猫を持ち上げた。
そして、投げた。
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
「スターアロー!!」
「きゃあ!!」
化け猫(サミーらしき猫)を投げた方向から、白く輝く矢がミーナを襲った。
化け猫は、怒った様子で再びミーナの足下に現れた。
「イッタイじゃん!!何すんのよ!ミーナ!!」
「い、今の技・・・サミーの・・・?」
ミーナは、目を丸くした。
動物が、呪文を使える訳がない・・・。
ようやく、目の前の化け猫をサミーと認識した。
「だから〜、さっきからそう言ってるじゃん!」
サミーは話を続ける。
「ま、今はこんな姿だけどさ・・・」
と、涙ぐんで言った。
「ご、ゴメン・・・」
ミーナは申し訳無さげに誤った。
ここで紹介しておこう。
彼女の名前は、サミー・スティアーズ。
ミーナの住む村に住んでいた18歳の少女である。
今は白い猫の姿をしているが、人間の姿をしている時には綺麗な琥珀色の瞳に薄蒼い髪をしている。
彼女の職業は、薬剤師。
病気がちなミーナの祖母を治すための薬を探しに、村を16歳の時に出て行っていたのである。
そして、彼女には額に紋章がある。
『星』を現した紋章だ。
紋章を持つ者は、その型に合わせた呪文を唱えることが出来る。
先程の《スターアロー》もその一つだ。
森の中では何かと不便だということで、2人はミーナの家へと帰っていた。
「そう・・・」
窓際から見える小さな墓を見つめて、サミーは悲しそうに呟いた。
その墓は、ルリコンと呼ばれるここら辺でよく採れる宝石で出来ていた。
ミーナの祖母の墓である。
サミーは、悔しそうだった。
何のために村を出たのかと、自分を責めていた。
「間に合わなかったんだ・・・・」
「サミーは悪くない。ばあちゃんもそう思ってる・・・」
ミーナはそう言って慰めた。
暫く、そんな時間が過ぎた。
悲し気な空気を、見事にぶち壊した言葉をかけたのはミーナだった。
「で?なんで猫な訳?」
サミーは無言だ。
ミーナは再び聞いた。
「・・・薬を飲んだの」
「・・・・・・・・・・は?」
サミーの一言に、ミーナは思わず呆れた声を出した。
サミーは話した。
如何にもアヤシイ黒フードの男からもらった、如何にもアヤシイ薬を買って飲んだら・・・・・・・・。
「こうなってた・・・」
ミーナは"それは・・・"と考える。
暫く考えて、答えが出た。
「サミーが悪い」
「なんでよ!?さっきは悪くないって言ったじゃん!!」
「それと、これとは違うでしょ!!(怒)」
「ミーナの分からず屋ぁ!スターア」
チュドォォォォン!!
「「へ?」」
凄まじい音と共に、ミーナの家の屋根が吹っ飛んだ。
ミーナは、素早くサミーを睨む。
サミーは、自分ではない、と首を振った。
確かにサミーではない。呪文を唱える途中だった彼女には不可能だ。
それに、屋根は上に飛ぶのではなく削ぎ取られたように飛んだのだ。
つまり・・・外から。
「出てきやがれ!指名手配犯!!」
「この村に逃げたのは失敗だったな!いい加減、姿を見せな!サンドラゴ!!」
無くなった屋根を通って、2人の男の声がした。
サミーの顔が青冷める。
《サンドラゴ》という名に聴き憶えがあったからだ。
「や、やばいよミーナ!」
サミーは小声でミーナに訴えた。
ずぅっとこの村で暮らしていたミーナには、何のことだかよく分からない。
「何?誰なの、そいつ」
「しーーーーーーっ!!!」
「ちょっ・・・な、何す・・・」
普通の声で言うミーナに、サミーは飛び付いて口を塞いだ。
少々、ドタバタとしてしまったが・・・。
「「誰かいるのか!?」」
・・・やっぱり、気付かれてしまった。
だが、返事をしたのは彼女ら2人ではなかった。
ニャ〜
「なんだ・・・」
「猫か・・・・」
サミーでは無い、別の猫。
どうやら2人の男も諦めたらしく、その場から立ち去る音がした。
ミーナは、サミーをベリッと剥がして息を吐いた。
サミーが窓際からいなくなったのを確認する。
「まったく・・・。修理する所が増えたじゃない」
ミーナは吹き飛んだ屋根を拾いに外へ足を運んだ。
サミーは、ミーナの祖母の墓が無事なのを確認すると安心するように息を吐く。
そして、そこに座った。
「きゃっ・・・!」
サミーの耳に、遠くからミーナの声が聴こえた。
何かに驚いたような、そんな声だ。
ミーナのことだから大丈夫、なんて思っているサミーだったが渋々足を運ぶ。
「ん〜もぉ・・・。どぅし」
サミーは言葉を失った。
劔を持つミーナの目の前に、血まみれで倒れる男の姿。
哀れみな瞳でミーナを見つめる。
「ミーナ・・・ついに犯罪にまで・・・」
「違うって」
ミーナは否定する。
そんなことサミーは聴いちゃいない。
「いいの、あたしはミーナの味方だから!」
「だから、違うって」
サミーは尽く無視する。
「さ、今すぐ自首しよ?」
ゴンッ!!
ミーナは劔の鞘でサミーを打った。
「違うって言ってんでしょ!!」
サミーは頭を押さえる。
痛々しい限りだ・・・。
場所を換えてミーナの家
ミーナは、なんとか信じてもらったサミーと血まみれで倒れていた男を連れて家の中にいた。
ミーナはテーブルに着き、マグカップに注いだコーヒーを飲んでいた。
サミーは、頭に大きなタンコブを作ってテーブルの上に座って平らな皿に注いだミルクを飲んだ。
血まみれの男は、今はミーナの部屋で横になっている。
もうすぐ、日が暮れる。
朱に染まり始めた空を見つめて、ミーナはそう思った。
「・・・ミーナ」
何かの音を感じ取ったサミーが小声でミーナを呼んだ。
どうやら、男が起きたらしい。
ミーナは自分の部屋から出て来る男に向かって、おはよう、と声をかけた。
「・・・えっと・・・こ、ここは・・・?」
男は今の事態が上手く捉えることが出来ないらしく、ミーナに聴いた。
「わたしはミーナ。この子はサミー。・・・貴方は?」
目が覚めてまだ間もないというのに、ミーナは淡々と男に問いかけた。
男は黙っている。
考えているのだ。何故、自分がここにいるのかを・・・。
「ねぇ。貴方の名前は?何?」
「あ、俺は・・・リュウ」
ようやく理解出来たのか、リュウと名乗る男は呟くように答えた。
歳はあまり変わらないくらいに見える。
炎のように紅い髪と、蒼い瞳が強い印象を持たせる。
額にオレンジ色のハチマキをして、ワイルド系の姿だ。
「でぇ・・・、俺はなんでここに?」
「わたしの家の屋根が貴方の頭に直撃したの。一応、人殺しにはなりたくないからここまで運んだのよ。ここは、わたしの家。そして、わたしの村よ。・・・・さて、ここまでで何か質問は?」
「《一応》てのが気になるけど・・・・あ、いえ・・・なんでも無いです」
リュウはそう言った。
ミーナは、そう?、と気取って言うとリュウにある葉っぱを渡した。
見た感じ、毒毒しいオーラを放ってそうな色をした、しなびた葉っぱ。
「それ、よく噛んで汁だけ飲んでね」
リュウは言われた通りにその葉っぱを口に入れ・・・。
「苦!」
一度口に入れたその葉っぱを、ぺっ、と床に吐き出した。
その瞬間、リュウが真後ろに吹き飛ぶ。
サミーの飛び蹴りがクリーンヒットしたのだ。
「勿体無いことすんなぁ!!」
「ってぇ!何すんだ!この馬鹿猫!!!」
折角自分が用意してやった、よく効く薬草をタダであげたというのに・・・。
サミーは憎しみを込めて言った。
そして、口喧嘩が始まる。ミーナにとって、暇な時間だけが過ぎて行く。
リュウはキレてしまって、猫が喋っていることに気付いてないようだ。
そろそろ太陽も沈みかけて、辺りが静かになってきた。
どんだけ喧嘩してんだか・・・。
2人も、言うことが無くなったらしく息を切らして睨み合った。
「五月蝿い。リ・・・ナントカさん、それ飲まないと大量出血で死んじゃうわよ」
「リュウだ!・・・・あ?死ぬ・・・・?」
リュウはミーナの言葉を信じた。
何故なら、リュウ自身の足下は己の血の海と化していたからである。
「だから言ったじゃん!ほら、さっさと噛んで汁を飲む!!」
自分の血の海を見て落ち着いたのか、リュウはサミーを指刺した。
ちゃんと、葉っぱを口に入れながら。
「猫が喋ってる!?」
「「遅っっ!!」」
リュウの顔色はだんだんとよくなっていく。
それもこれも、サミーが近くから見つけて来た止血草のお陰である。
だが、リュウの顔は青冷めていく。
それもこれも、サミーが口を聴いてしまったからである。
頼りになるんだか、ならないんだか・・・。
「とにかく!今は静かにしてて。この辺りに指名手配犯がいるらしいから」
なんとか話を切り替えようと、ミーナが例の男達の話を持ち出した。
それに反応して、サミーの顔が変わる。
『恐怖』という顔に・・・。
「そうだった!《獄炎のサンドラゴ》がいるんだった」
「指名手配?何の話だ?」
リュウはキョトンとして、サミーに聴いた。
指名手配犯を知らないのか、《指名手配》という言葉事態を知らないのか・・・。
「知らないの?嘘でしょ!?田舎者のミーナならまだしも、あんたみたいなのが知らない訳ないでしょ!!」
「あぁ、勿論知ってる!あの人は何時も俺を助けてくれるからな!!」
顔を青く染めて言うサミーに対して、瞳を輝かせてリュウは言った。
あまりのカルチャーショック(?)に、サミーはうなだれる。
リュウは、指名手配犯のいいところをペラペラと語り始める。
間に挟まれたミーナは、うんざりしていた。
今はまだ知らなかった。
この出会いが
ミーナの運命を覆していたということに・・・。
『いよいよだ・・・。魔族がこの世を支配するのも、残り僅か・・・。ふはははは・・・・!!』
誰も知るはずのない魔族の舘。
しかし、そこには怪しげに笑う者がいる。
その者は怪しげに輝く大きな墓石に向かって、笑みを溢す。
今の段階では、この者が何者なのかは・・・誰にも、分かりはしないのだった。