5話 序章
目の前の光景が信じられなかった。
リドゥルが、ベッドから降りて立とうとしているのだ。
だがそこで倒れそうになる。
気づけば駆けていた。
彼女の身体を押さえる。
すると、目に確かな光が宿っていることに気づく。
「リドゥル、大丈夫か?」
「……ぅ」
俺がいない間にも回復は進んでいたみたいだ。
おそらくスキルのおかげだろう。
俺は、さっそく魔法薬を取り出した。
米粥のおかげで喉に問題ないことがわかったので、口から飲ませていく。
体内へ吸収するほうが、回復値は高いだろう。
けれども、相応の痛みを伴う。
「痛むよ」
確かめるように声をかけると、それでもいいと言わんばかりに、リドゥルは口を開いた。
魔法薬といっても、効き目は人それぞれだ。獣人は効きづらく、自己治癒が邪魔をしていると言われている。
どうやら、ダークエルフは市販のものでも効いてくれるみたいだ。
まあ、リドゥルだけが例外の場合もあるけれど。
「そう、いい感じだ」
ゆっくり、けれどもしっかりとリドゥルは魔法薬を飲んでいく。
驚いたのは、やはり、ほとんど同時に回復薬の効果が出ていることだ。
口内からジュクジュクといった音が聞こえてくると、乳歯の頭が見えてきた。
もしかしたら明日には生えそろっているのかもしれない。
「……ぁ」
「何も言わなくていい。ゆっくり休んで」
今日のこの魔法薬の効き目を見る限りでは、歯だけでなくて歩けるようになるだろう。
……殺されないよな?
いや、そうであってほしい。
すべて飲ませると、リドゥルの呼吸が早くなっていった。
おそらく回復薬が効いているのだ。
ふたたびベッドに寝かせると、少量の米粥を食べさせた。
熱もでてきたので、冷やした布を額に載せる。
「何だか、家族みたいだな」
ふっと笑みがこぼれる。
彼女を見ていると、元魔王だなんて忘れてしまいそうだ。
果物を食べながら、まだ瞼を落とさないリドゥルに昔話をしていた。
田舎村出身なこと、冒険者になり、けれども上手くいかないこと。
だが、リドゥルのスキルのおかげで冒険者を返り討ちにし、狩りが順調だったことも。
「つまらない話をしてごめんな。でも、感謝してるよ。――おやすみ、リドゥル」
見慣れない天井を見つめながら、明日はもう少し奥の狩場へ行こうと決意した。
宿代を払うために。
◇ ◇ ◇
深夜、リドゥルは目を覚ました。
浅い呼吸を繰り返しながら、壁を背にして上半身を起こす。
それから自身の両腕を見つめた。
酷く痛んでいるが、それでも確かに腕だと認識できる程度に回復している。
掌に力を込めていく。
激痛は感じるものの、指が動いた。
何度も繰り返し、微かな握力を感じて喜びに満ち震える。
生きている、自分は、生きている。
それから隣のベッドで眠っているユリウスに目を向けた。
身体をほんの少し動かすだけでも全身に激痛が走る。
それでも、赤ん坊が母を見つけ、無意識に動くように身体を寄せようとした。
痛みで表情が歪むも、ベッドの端まで移動し、両足で降り立つ。
ふらつき、倒れそうになるも必死に抑え込んだ。
よろよろとユリウスに近づき、ゆっくり右手を伸ばす。
そして、頬に触れる。
言葉は発せられないものの、口を動かし、何かを伝える。
それからリドゥルは振り返り、自身のベッドの布を取ると、マントのように身体に巻きつけた。
ふうーと深い息を吐いて扉を開き、外へ出る。
直後、目に飛び込んできたのは数百年ぶりの街のきらめきだった。
低下していた視力が、徐々に元へ戻っていく。
けれども目をつぶった。
それから深く、深く、呼吸する。
周囲の魔力を補給し、四肢に行き渡らせていく。
ふたたび目を開けたときには、目に光が宿っていた。
歩き始めると、リドゥルは街を熟知しているかのように迷いなく進んだ。
鼻先に残る、微かな魔力を頼りに歩いた。
それから突然、路地裏で足を止めた。
立っていたのは三人の男だった。
全員が腿に包帯を巻いている。
「クソッッ、見つかんねえな。本当にこの辺なんだよな? ユリウスの宿」
「らしいぜ。今日、狩りしてたのを見たやつがいたってさ」
「ぜってぇ殺してやる。死体もギタギタに切り刻んでやる」
リドゥルは、ユリウスの言葉を一言一句漏らさずに聞いていた。
さらに、世界がどれほど糞で悪に満ちているのかも知っている。
年下の冒険者に屈辱を味わわされた屑が、どれだけ馬鹿で愚かで常識外の行動をするのかということも。
でもそんな世界は知らなくていい。罪を背負うのは、自分だけでいい。
「あ、なんだこのガキ」
「薄気味わりぃな。おい、なんだ、乞食か?」
「あっちいけ。糞、汚いな」
リドゥルは数百年ぶりに口角が上がった。
それは己の力が発揮できるからでも、かつて愛していた殺し合いができるからではない。
――我が主の為に、己の存在価値を見出せたからだ。
「…………」
瞬間、リドゥルは右手を振った。
かつて世界中を恐怖に陥れた邪悪かつ、魔力に満ちた――漆黒の魔法剣とともに。
一切の魔力が残らないほど早く、それでいて綺麗に。
男たちの首が一斉に堕ち、血が噴き出した。
頭部の消えた肉体が地面へ倒れこむ前、リドゥルは振り返っていた。
行きよりも早く足を進める。
久方ぶりに魔力を使ったことにより、全身が悲鳴を上げている。
それでも、構わない。
この先には、ユリウスがいるのだから。
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