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宇宙航路は遥かにて  作者: 星川わたる
第1章 航路のはじまり
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第40話 自由なく

 軽巡の営倉に入れられて、それからどれくらい経ったか分からない。時計はないし、ぼくの体内時計はだいぶ不正確なのであてにならない。

 ただ、食料らしきものが2度放り込まれている。たぶん食事2回分の時間経過があったのだろう。


・・・・・・


 ようやくドアが開いて、すぐ目隠しをされた。

 引っ張られるままに歩いていくが、もうどこをどう進んでいるか分からない。


 なにかの車両に乗せられ、しばらく走る。荷台などではなくて座席に座らされたのは意外だったが、トラックの荷台にでも乗せて逃げられたら困るので、護送車かなにかに乗せたのだろう。

 車両から降りて、また歩かされて、止まらされる。ドアの閉まった音がしたので、ここは部屋の中のようだ。なぜか、ここで手錠がはずされた。


 室内にいる数人ぶんの気配は「異能」を使わなくても分かったが、何も言わずに行動してきたのは予想外だった。

 床に引き倒され、シャツを引っ張られてボタンが飛ぶ。靴を脱がされ、ベルトを外され、ズボンをおろされる。すべて脱がされたぼくの身体が、丹念に調べられていく。もはやここにきて人間あつかいはされない。人の尊厳など考慮せず「もの」としてのセキュリティチェックが行われていく。

 このまま裸で「保管」されるかと思ったが、また手錠をかけられる前に、なにか服を着せられた。


 ……いまさら服なんていらない。あれだけ執拗にいじくりまわしておいて、いまさら。それにぼくはもう、裸だろうとなんだろうと構わない。この先を生きるつもりもないのに、服がないから恥ずかしいなど思いはしない。


 しばらくの移動のあと、いきなり突き飛ばされ床に転がった。そのあと乱暴にドアを閉める音がした。

 どうやらここがぼくの「保管場所」のようだ。すぐ足音が遠ざかって消えてしまったが、ぼくは目隠しをされたまま。取るのを忘れたか、わざと放置したか。

 ここはだいたいどのあたりだろう。天体の地面の上か、宇宙ステーションか。周囲にはどんな施設があるか。


 ……聞いてみるか。


 ぼくの「異能」は元からあった能力だが、ここまで使えるようになるには相当な訓練が必要だった。

 その訓練の中には、耳を使った通信も含まれている。


 ぼくの耳は電波や通信魔法など、さまざまな通信を直接「聴く」ことができる。いまは「異能」を立ち上げていないので聞こえないが――

 ……よし、聞こえてきた。たくさんの無線通信。艦船向けと思われる暗号処理されたデータ通信、軍港の管制、この施設周辺の簡単な無線連絡、さらに電子機器が発する雑音まで、よく入っている。


 管制指示をしばらく聞いてみたが、どうやらここは地上らしい。艦船の離着陸についての会話が聞こえている。

 民間の電波も入ってはいるが……近くから聞こえるのはほとんど軍用の通信だ。まわりは軍事施設で囲まれているとみていい。

 ただ、そう遠くないところに民間の宇宙港があるらしく、そちらの管制の音声も入っている。


 そして――不用心なことに、ここのすぐ近くに「総司令部」なるものがあるらしい。通信の大半は暗号化されていて理解できないが、ときどき簡単な通信が平文で来るからわかる。ぼくは軍人たちによって、彼らの総司令部の近くまで運ばれてきたようだ。

 あのまま軽巡洋艦に乗せて宇宙に留まっていればよかったのに。ぼくがその気になればこの収容施設は吹き飛ばせる。近くにあるらしい「総司令部」もついでに破壊できる。あいつらは自分の手で、爆発前の大型爆弾を司令部の門前まで持ってきたようなものだ。


 そのあたりまで把握して、ぼくは通信傍受をやめた。

 まわりの様子はおおむね把握できた。その気になれば総司令部とやらをつぶして、相手が混乱しているうちに脱出できる。軍港設備を破壊すれば艦船は出られまい。

 そのあと近くの民間宇宙港へ行って、程度のよさそうな宇宙船を1隻みつけよう。乗員がいたら排除して、ぼくの船にしてしまうんだ。


「……」


 でも――


 それ、「GSL209」じゃないんだよなあ。


 だいぶ苦労して手に入れたあの船、ここ2~3年ずっと過ごしてきたあの船はもうないんだ。沈んだわけじゃないが、中をめちゃくちゃにされたであろうあの船は、もう元に戻せないように思う。

 新しい船でやりなおそう――と思わないでもない。ただ、また2~3年くらい経ったら同じことが起きるんじゃないかと思うとやる気がでない。かつて義勇団員だったという汚点は死ぬまで残る。この消せない胸のナンバーがその証明だ。


 そう、「死ぬまで」残る。


 つまり――死んでしまえば解決するんだ。義勇団員は無差別殺人の大罪人だから、脱走してやめたからって生きていていいわけじゃないんだ。ぼくが生きていい場所はこの世のどこにもないんだ。


 そうなんだ。


 でも――でもおまえら、知ってるか。団員っていったって好きでなったやつはいない。どこかの星から拉致されてきて、やれと言われてやってるだけだ。それまではおまえらと同じ、ただの人間だった。人殺しなんて、上層部からやれと言われるからやっているだけだ。

 従わなければいい? ボケたこと言ってんじゃねえ。1回でも従わなかったら規律違反で捕まるんだよ。ああ、殺されるわけじゃない。ほかの団員への「臓器提供用生体」として保管してくれるんだ。負傷者が出て臓器提供が必要になるたび、目玉やら心臓やら肺やらを摘出される役になるんだ。細胞から臓器を培養するより、早くて安いからな。

 ついでに、移植される側は臓器移植が必要になるくらいの大怪我を何度も負いながら、きっちり治療されて再度前線に出されるよ。どうだ、うらやましいか。


 ああ、あんたら「世間様」というのはずいぶん偉いやつらしい。自分たちの常識が全てで、それと違っているものはおかしいと言う。自分たちが知らないことは知ろうともせず、あいつは異常者だから居てはいけないと言いたてる。


 ぼくだってまさか自分が「異能持ち」だとは知らなかったし、それを使って何が目的だか分からない殺戮行為をさせられるとは知らなかった。

 だがそれを誰も分かろうとしない。自分に理解できないことは、相手の頭がおかしいと決めつけて考えようともしない。

 ぼくたち義勇団員は命令により人を殺し、「世間様」により殺される。


 なあ、お偉い「世間様」、あんたらは自分たちの「常識」からはずれたやつを何人殺したんだ? どうせ数えてないんだろ。殺したという自覚もないんだろ。

 ぼくは生きたかったから脱走して船を手に入れてここまで来た。でもそれはもうあきらめる。こんなことがあるなら、できるだけ早く死んだ方がいいとわかった。


 でも――

 その「世間様」の「常識」と「正義感」で殺されるのは、くやしい。


 くやしい――


・・・・・・


 目隠しのなかで目を閉じて、頭を真っ白にして――だいぶ落ち着いてきた。


 今後の予定が分からない。相手は今まさに処刑台の準備でもしているのか、それとも何日かこの場所で放置するつもりか。

 通信は傍受できるが、暗号化されていると聞いても分からない。もしかしたら、ぼくの処置を決めるのに一ヵ月以上かかる、なんてことも考えられる。身体に欠損なく生きた状態の義勇団員は珍しいだろうし。


 うわあ、暇だなあ。


 通信傍受、なにかおもしろいもの。個人間の通話なんて聞いたってつまらないし、港湾管制をモニターし続けるのはもっと地獄だ。おんなじような管制指示を何時間も聞いていられるか。

 入ってくるのは軍のさまざまな通信と、近くにあるらしい民間宇宙港の電波。それに航空機や宇宙船の識別信号。あとは機械類が発する雑音か。


 うん?

 なんだ……? かすかに音楽が聞こえる。


 他の電波にまぎれて聞こえづらく、送信機の出力も低いらしい。他の周波数帯をカットして、この電波だけ拾って感度を上げてみよう。

 音楽がはっきりと聞こえるようになったが……なんだこれは。コールサインも言わずに垂れ流しにしている。電波法とかの類に違反していると思うが、怒られないのだろうか。

 流れているのはなにかの歌だが……ちょっと下手だな。音程を間違っているわけではないだろうが、その音のなかですこしだけ低い。だいじなところで上がりきらない。それ以外には気になる点がないから、この人は85点くらいかな。


 ぼくは楽器はだめだが、歌なら人並み以上に歌える。マイクを使うのは無理だが、そこそこの大きさの音楽ホールならひとりで最後列の客席まで響かせられる。もう10年は歌っていないから歌うのは下手になっただろうが、かつて全国大会にも出たぼくは当然、聴くほうも相応に練習してある。こいつは「異能」じゃない、ぼくの素の能力だ。

 聴いていて、多少粗あるのが気になる。でも聞いていられないような歌い方じゃない。この人の歌ならそれなりに楽しめる。


 だがそれは曲のほとんど最後の部分だったらしい。聞き始めて少ししたら、終わってしまった。


『「やさしさで包んで」「月夜のレジェンド」、2曲続けてお楽しみいただきました。5TUさん、いかがでしたか』


『えーそうですね、なんというかぼくはちょっと、昔を思い出しましたね、この曲は』


 曲は終わったが、まだコールサイン言わないのかよ。なんだこのどうでもいい個人の雑談。こんなの電波にのせて流してどうする。


『「昔」ですか、えーと、具体的にうかがっても?』


『これですね、あのー学生時代の文化祭でですね……ええ』


 早くコールサイン言えよ。


『「ええ」ってなんですか?』


『まあ、はい。若気の至りと言うか』


 いいからあんたらのコールサイン、早く言えって。


『あなた思わせぶりに言っておいて「若気の至り」で済ませるのはなしでしょ。リスナーさんみんな聞き耳たててますよ。スピーカーに耳当ててますよほら』


 だからコールサインを言え。これ明らかに違法電波だろ。なんだよリスナーさんって。ラジオ気取りかよ。


 ……あ。


 ラジ、オ? これもしかしてラジオ放送?


 おい冗談だろ、大容量データ通信の時代にラジオって。しかもアナログだよこの放送。これ誰かが趣味でやってるのか。でなきゃアナログでラジオ放送なんて酔狂なことしないよな。ゲリラ的に電波出してるのか?

 いやでも、この周波数帯はさっきからずっと空いている。このラジオらしい放送だけで、出力は低いが混信もない。まさか正式に許可とって流してるのか。


『いやー……若かったんですね、5TUさんも』


『そりゃあもう、あの時は前しか見てなかったですから。必死でした』


 ふたりの男たちの間抜けな笑い声が入ってくる。地球にいたころラジオはほぼ聞いていなかったが、夜のFMとかこんな感じだったのかな。


 ……そういえば母さん、ラジオ好きだったな。


 台所に小さなラジオを置いて、ご飯作ってる時ずっと流してた。学生時代は深夜の放送も聞いたって言ってた。

 あのラジオ、いまもあるのかな。


 ……。


『では続いてのリクエストにまいりましょう。ラジオネーム「7月7日」さんからです』


『うん? なんでしょうねこのお名前、なんの日付け?』


 なんだろうその日付け。

 しちがつなのか……なながつななにち……


 そういえばぼくの偽名は「7ST-7037」……本名は「七星優輝」。

 数字の「7」には、縁がある。


『うーん、まあなにか思い入れのある数字なのでしょうね、ちょっと分からないですけど』


 7月7日、地球なら七夕だな。空が晴れていれば、織姫さまと彦星さまが出会えるとか。

 でも梅雨の時期だから、晴れにくかったっけ。ふたりが出会うのは何年おきか。


 でも昔、そうあのときもラジオで聞いたっけ。「残念ながら全国的に雨模様、梅雨明けした沖縄以外は星空はみられないでしょう」。

 その日の夕方、ぼくは沖縄行きの長距離フェリーに乗り込んで、寝る前に甲板に出たら船は満天の星空に煙をたなびかせ走っていた。あの景色は忘れられない。


『曲は「ふたりの証」です、どうぞ』


 前奏が始まる。さて、歌詞は? 歌唱力は?


「……」


 ――うまい


 出だしはいい、あとはそれを最後まで続けられるか。ひとつも間違えてはいけない緊張感、聴いているぼくも緊張してくる。ああ、死ぬまえにぼくもあと1回だけ、1曲だけでいいからホールで歌いたいなあ。


「……」


 なんだか歌詞が、ひとつひとつ身に刺さる気がする。

 だれか――いまのぼくのこころを、知っている人がリクエストしたかのよう。


 そんなはずはないのに、そんな人がいるはずないのに――


 いつからか流れ出した涙が目隠しから外に流れているのに、ぼくはこのラジオを切れない……


・・・・・・


 あれから何日くらい経ったか。


 やはり目隠しは取り忘れだったらしく、1回目の食事のときに外された。

 入浴などできるはずがないが、独房内で不潔にされても困るのだろう、嫌なにおいが立ちのぼりはじめる頃にタオルで無造作に拭かれた。

 服は濃緑色でボタンはない。とにかく簡素で、よけいなものはついていない。おそらく自殺を防ぐ目的だろう。


 アナログなラジオはずっと放送され続けているので、その気になったら受信している。あのときの放送はリスナーからのリクエストに応じて歌を流していたようで、いまは別のテーマに移っている。歌の放送ばかりでないのが残念だが、この男たちのだらけたやりとりが独房内のぼくに外の世界の夢をみせてくれる。

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