第二章 記録帳の知恵と隠された真実
鈴花は、皇帝の命に従い、夜を徹して乾清殿の几帳の影に座り続けた。
政務の場において、蒼龍の冷血さは徹底されていた。
ある妃が病に倒れたという報告が入った際も、彼は一瞥もせず、「医官に任せよ。治療が長引くようなら、静かに宮から出せ」と、まるで不要な家具を片付けるかのように指示した。後宮の誰もが恐れる淑妃(宰相の娘)が、公務で失態を犯した臣下の処分を軽くするよう懇願した際も、蒼龍は冷たく言い放った。
「淑妃。余は貴様の愛玩人形ではない。国を誤らせる者が、貴様の嘆願一つで免れるのなら、この玉座に座る意味がない。貴様の顔さえ、余の判断を曇らせる理由にはならぬ」
その言葉は、淑妃の顔を紅潮させ、彼女は屈辱に耐えかねて退室した。蒼龍は、私情を一切持たない「鉄の定規」そのものだった。
しかし、鈴花は毎日、膨大な情報を記憶していく中で、あることに気づき始めた。
蒼龍が冷血であればあるほど、彼の政務は正確無比だった。感情に流されず、最小限の犠牲で、常に最善の結果を生み出していた。彼が冷酷に罷免した臣下や、厳しく対処した事案の裏には、必ず外戚(淑妃の一族)の権力拡大を防ぐという、一つの目的が隠されていた。
ある夜、蒼龍は、外戚が推し進める軍部の増強に関する機密文書を読み上げていた。その内容には、軍資金の調達に際し、不正な裏金が流れているという疑いが濃厚に含まれていた。
「この件、まだ動くな。時期尚早だ」
蒼龍は文書を閉じ、火に投じた。
「鈴花」
「はい」
「貴様は、この文書の内容を一字一句覚えているな?」
「はい。軍部の不正な裏金が、主に北部の備蓄物資の偽装によって賄われている、と」
鈴花の完璧な復唱に、蒼龍の顔に初めて微かな、ごくわずかな安堵の色が浮かんだ。しかし、それはすぐに消え去る。
その直後、蒼龍は突如、乾清殿に呼び出した臣下に、まったく無関係の南部の貿易に関する指示を早口で与え始めた。それは、鈴花への警告でもあった。「この情報は、余と貴様だけの秘密だ」と。
鈴花は、命を賭して皇帝の秘密を守り続けるうちに、彼に対する恐怖が、徐々に尊敬と、微かな憐憫に変わっていくのを感じた。この冷血な皇帝は、国を守るために、自らの感情と人間性を凍らせ、一人で権力という巨大な敵と戦っているのだ。




