5 スラムの少年
ニムラ港。ネルーメ大陸と中央大陸を結ぶ貿易港である。
「これは何ですか?」
ラミレスが聞いてきたのは、呉服店の店頭に飾られていた真っ黒なローブだった。
「まさに魔女と言った感じだな。」
「これはネルーメのコールアイビーの繊維で出来た対魔術のローブじゃな。」
バースは物知りだ。年の功もあるのだろうが、やはり勤勉なのだろう。見るからに賢者っぽいし。
「コールアイビーって何ですか?」
「ネルーメにだけ生息するでっけえ蔦を持った魔物さ。」
「奴は魔力を吸収して巨大化するからな。手こずったのは良い思い出じゃ。」
「俺が居なかったら危なかったな。」
ガリアが高らかに言った。バースは「はて、そうだったかの?」と惚けてる。
ラミレスはその頃、自分の財布にある小銭を必死に数えていた。
「いち、にー、さん、し。あれ?いち、にー、さん、し。……」
何度もループするのを見るに足りないのだろう。そもそもネルーメ産は高い。
「お待たせー」
ギルドに聞き込みに行っていたメイとマルクスが帰ってきた。
「どうだった?」
「何も。そっちは?」
「何も。」
僕達は観光に見えて、しっかり聞き込みを行なっていた。約一名を除いて。
「足りませんよーラリルさん。」
「貸さないぞ。」
ラミレスが上目遣いで見てきても、僕の心は動かなかった。
「本当に聞き込みしてたんだろうな?」
「もちろん。」
僕は正直に答えた。僕はね。
バースとガリアも同調した。いや、あなた達もほぼ同罪だけど。
「まあいいや。とりあえず、俺の作戦で行くことに決まりだな。」
「仕方ないわね。」
メイは乗り気ではない。自分が奴隷役で無くとも、やはりラミレスにやらせるのは気が引けるのだろう。
僕としてはラミレスが志望したので別に良いと思っている。
「まずは衣装だな。」
「奴隷のですか?」
「そうだ。」
奴隷の服と言えば汚い布切れだが、どこにあるのだろうか?
「まあ、付いてこい。」
マルクスに言われるがまま、僕らは後を追った。ニムラ港の地理には詳しくないが、商店街から離れて行ってるのはわかる。
「あのー雰囲気が……」
人通りは少なく、通ったとしても身なりが粗末であった。
「ああ。ここはスラムだからな。」
やっぱり。どう見ても治安悪いしな。
「もしやここで服を調達するのですか。」
「その通りだ。」
ラミレスの顔が暗くなってきた。さすがにスラムの服を着るとなると、抵抗が出てくるのか。
「やっぱりやめとく?」
メイが優しく声をかけた。しかし、ラミレスは首を横に振った。
ラミレスの視線の先にはガリアがいた。二人は顔を見合わせ、互いに頷いた。
漢の約束ってやつだ。
「ここら辺でいいだろう。」
マルクスが止まった場所はある橋の上だった。頑丈に作られた石橋は、苔に覆われ、一部が欠損していた。
橋の下を通る川は濁っており、魚は見るからにいない。
「ここは?」
「橋の下は奴らのすみかだ。服の一着くらいあるだろう。」
メイの質問にマルクスは答えた。しかし、その声は哀愁が漂っていた。
下に行くと、木材で作られた粗末な仕切りがいくつか置いてあった。幸いというべきは人は見当たらない。
「よし、探すぞ。」
僕らは木材やごみをかき分け、服を探した。いくつか見つかったものの、服の原型は留めてなかった。
「いくらスラムといえど、人の家に勝手に押し入るのはいい気分ではないね。」
メイの一言にみんなの手が止まった。スラムに住むのはほとんどが奴隷だ。僕らは無意識のうちに彼らを下に見ている。
「つまりは強盗だね。」
幼い声が橋の下に響き渡る。ラミレスにしては幼すぎるし、メイかと思ったけど、流石に違う。
顔をあげ、声の主を探すとそこにはクリクリお目目の男の子が立っていた。
「こんにちは。」
「泥棒なのに逃げないんだね。」
あまりの鋭さにメイは困惑していた。そこにバースが歩み寄る。
「こんにちは坊や。君はここの住人かね?」
「そうだよ。」
「押し入ってすまなかったね。儂らは服を探していたのだよ。」
バースは笑顔で少年と同じ視線に腰を下ろした。しかし、袖の中に杖を隠し持っている。
この少年が掛けている笛に魔力を感じる。多分魔道具だ。
「服?何のために。」
「すまないがそれは言えない。」
バースが話しているうちに、マルクスは服を回収し、僕らに目配せをした。
僕はバースの肩を叩き、上に上がろうとした。
「泥棒は捕まえなきゃね。」
少年は笛を吹いた。美しい音色とは裏腹にドス黒い魔力が溢れ出す。
「さ、逆流……え、何ですかこれ……」
ラミレスが川を指差す。
「来るぞ。」
ガリアの声と同時に、水面が爆ぜるように盛り上がった。
しぶきの中からヌルリと現れたのは、水色に透ける巨大な蛇――フロウサーペント。
「でっ……でか……ッ!」
ラミレスが後ずさる。
身の丈三メートルはある蛇の目が、こちらを冷たく射抜いた。
(普通より大きい!)
ザバァッ――!!
サーペントが川から飛び出し、メイへ一直線に突っ込む。
「ちょっ、いきなり私!?っ!」
飛び退くメイの背後を鋭い顎がかすめ、水しぶきが飛び散る。
マルクスが剣を抜きながら叫んだ。
「メイ、下がれ! ガリア、正面を頼む!」
「任せとけ!」
ガリアが地面を蹴った。
サーペントの頭上から斧を振り下ろす。
「おおおッ!」
しかし、斧が触れた瞬間――
水が形を変え、蛇の身体を柔らかく逃がす。
「!」
「ガリア!奴の体の大部分が水だ。物理は効かんぞ!」
バースの指摘にガリアが舌打ちする。
「ならどうすんだよ!」
その瞬間、サーペントがラミレスの足首へ水の鎖のようなものを巻きつけ、川へ引きずり込もうとした。
「うわっ、ちょ、ちょっと待っ……!」
「ラミレス!」
考えるより先に、僕は手を伸ばしていた。
手のひらに魔力を込め、川に触れる。
「電痕!」
空気が鳴り、青白い線が走った。
電撃が水の鎖に触れた瞬間、パシィッ!と弾ける。
フロウサーペントが苦しげに身をよじり、ラミレスを放した。
「ラリル!あとは任せろ!」
巨大な蛇が怒り狂ったように、川と同化しながら突進してくる。
水流そのものが牙を持って迫ってくるような圧。
「水属性は吸収されます!」
「分かっておる!」
バースは両手を前に出し、魔力を一点に集中させた。
水気を帯びた空気がビリビリ震える。
「雷牙ッ!」
雷が槍の形に変じ、サーペントの動きと重なる瞬間に放つ。
蛇の体内に大量の電流が流れ込み――
ゴォォォッ――!!
サーペントが高く跳ね上がり、激しく川に叩きつけられた。
水が白く泡立ち、しばらくしてから、川面に沈んでいく。
サーペント退治から少し経ち、僕らは河辺に座っていた。
「やはり無杖は動作が速いな。」
「全て体内で簡潔できますからね。」
バースはさっきから僕の魔術を褒めちぎってくる。「ラミレスに当てずに本体だけとは。」とか「あの短時間で良く十分な威力が撃てたな」とか。
いつの間にかタメ口になっているのは気になるが……
「あ!起きた。」
気絶していたラミレスが起きた。
サーペントが放した時、ガリアがラミレスをキャッチしたので、頭を打った訳ではないので心配ないとメイは言っていた。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
まだ寝ぼけているようだ。まあ、無事で何より。
「さてラミレスも起きたことだし。話を聞くといこうか。」
マルクスの視線の先には縛られた笛の少年がいた。僕達が戦っている後すぐに捕まえたらしい。
少年は川辺の岩にもたれかかり、手首を後ろで縛られたまま、僕らをジロリと睨みつけた。
「小僧。質問に答えてもらおうか。」
マルクスがかがみ込み、目線を合わせた。だが、その声には威圧感はない。
「……どうせ僕を殴るんでしょ?大人ってそうじゃん。」
「やらねぇよ。」
マルクスは即答した。
少年は意外そうに目を瞬かせた。
「じゃあ、ここで何してた?」
メイがゆっくり歩み寄る。杖は下げているが、少年はビクリと肩を震わせた。
「家だよ。橋の下だけど、家なんだ。僕の……家族の。」
「家族?」
ラミレスが目を丸くする。
少年は笛を睨みながら、ぽつりとつぶやいた。
「……三日前まで、ここには二十人以上いた。でも、みんな連れていかれた。」
風が止んだような気がした。
「連れていかれたって……誰に?」
メイの声に緊迫が宿る。
「黒い服の人たち。魔術を使って、一瞬で連れ去った。『いい商品だ』とか言って、どこかへ連れていくんだ。」
「……!」
僕の胸が強く脈打った。
黒い服。魔術を使う。商品……
誘拐犯の手口とも一致する。
「お前はどうして無事だった?」
ガリアが尋ねる。
「僕はその場に居合わせんかったから……でも、いつか僕も連れていかれる。」
少年の声は震えていた。
「名前は?」
バースが優しく訊く。
「……ロシュ。」
「ロシュ君。魔物を使ったことはいけないことだが、事情があったのだな。」
バースはそう言い、縛めを軽く緩めてやった。
「ロシュ。」
マルクスが真剣な表情で言う。
「黒服の奴ら、どこへ人を連れて行くか知ってるか?」
ロシュは迷うように口を閉じた。 だが、次の瞬間、決意した目で僕らを見た。
「……知ってる。ひとつだけ。潮の引いた夜に現れる古い倉庫”だって。」
メイとマルクスは顔を見合わせる。
「潮の……夜?」
僕がつぶやくと、ロシュは頷いた。
「うん。満潮と干潮の境目の時間だけ、海の底に道ができるんだって。そこから地下に降りられる。そこが――」
ロシュは言葉を詰まらせる。
「“人が消える場所”だよ。」
空気が重く沈む。
だが、メイはすぐに立ち上がり、強い声で仲間に告げた。
「……時間は今日の夜。絶好の潜入日ね。」
「運がいいのか悪いのか……」
マルクスが肩をすくめる。
「ロシュ。君も一緒に来なさい。危険は避ける。でも、案内は必要だ。」
バースが少年の肩に手を置いた。
「僕で……役に立つ?」
「もちろん。」
「当然だ。」
「助かる。」
みんなが口々に返す。
ロシュは少しだけ泣きそうな顔になった。
「ありがとう……」
その瞬間、ガリアが空を見上げた。
「リアへの手がかりもあるかもしれない。いやその可能性が濃厚だ。」
僕たちは河辺を離れ、スラムを抜け、再び港へと歩き出した。
潮の満ち引きの音が、遠くで静かに響いていた。
その時間まで僕らは改めて作戦を練った。マルクスは潜入を主張したが、メイが猛反対した。
「じゃあどうする?」
マルクスはヤケクソに聞いた。
「それはもう、こうでしょ。」
メイは拳を正面に突き出した。
「詰まるところ、カチコミか。」
「腕が鳴るな!」
ガリアの脳筋振りには慣れてきた。メイも見た目と違い、かなり脳筋だ。
「ただ情報があまりに無いですね。」
「ラリルの言う通りじゃ。」
バースもそこを懸念しているらしい。敵の戦力、倉庫の間取りも不明。
「僕的にはやっぱ、潜入からの情報収集がベストかと思います。」
「——まあね。」
メイも納得した様子だった。
「ああの……」
ロシュが子犬のように震えながら呟いた。
「潮の時間は一年に一度です……」
僕らは顔を見合わせ、無言の中で作戦は決定した。
カチコミだ。
ニムラ港の夜はルーモラに比べれば静かだった。海沿いには小さなレストランが観光客目当てで立ち並んでいる。
「腹が減っては戦は出来ぬ。」
とカッコつけてありきたりのことを言うガリアを横目にメイは苦笑いしていた。
レストランのランプがぽつり、ぽつりと海風に揺れている。
ニムラ港の夜は湿った潮の香りが強く、波が岩を叩く低い音だけが響いていた。
「腹が減っては……」
「ガリア、それ、さっきも聞いたよ。」
メイが苦笑しながら言う。
「良いだろう。戦士ってのはな、胃袋の状態がそのまま戦闘力になるんだ。」
「いや、それガリア限定だと思いますけど……」
メイが呆れた顔をしつつ、パンをかじっている。
「ラミレス、お前も食っとけ。すぐ戦いになるぞ。」
ガリアは大皿から肉をつかみ、ラミレスの皿へドンと乗せた。
「えっ、あ、ありがとうございます……?」
ロシュはまだ俯いたまま、スープをそっと口に運んでいた。
彼にとっては、これから向かう倉庫は家族が囚われた場所。
胃が痛くなって当然だ。
「ロシュ君。無理に食べなくてもいいわよ。」
メイが優しく声を掛ける。
「……でも、食べないと……皆さんの足を引っ張るので……」
「引っ張らないよ。」
僕は静かに言った。
「君の知識と案内が無いと、中で迷うだけだ。君は必要だよ。」
ロシュはびくりと肩を震わせたが、少しだけ頷いた。
その横で、マルクスは地図を広げ、バースと小声で話し込んでいた。
「だから正面突破じゃ危なすぎるだろ。」
「そう言っても、潮が満ちる前に砦に入らねば意味が無い。回り込む時間もない。」
「チッ……分かってるよ。」
珍しく、マルクスは大きな声を出さなかった。
彼も、失敗すればロシュの家族の命は無いと理解しているのだろう。
「……よし。」
マルクスは席を立ち、皆に声を掛けた。
「時間だ。行こう。」
夜の海風が一段と冷たくなる。
港の喧騒は完全に消え、波の砕ける音だけが耳に残った。
ニムラ港から北へ伸びる崖道を進むと、霧が薄く漂い始める。
月の光が弱く、足元の岩肌すら霞む。
「……うわ、これ絶対出るやつですよね。」
ラミレスが身をすくめる。
「何が出るんじゃ?」
バースがわざと肩を揺らして驚かす。
「魔物に決まってるじゃないですか!!」
「ここで出るのは魔物だけじゃねえぞ。幽霊もな。」
マルクスがからかうように言う。
「や、やめてくださいよ……!」
そんなやり取りをしているうちに――
崖の向こう、うっすらと“影”が見え始めた。
「これ……魔力の霧か?」
「いや、違う……」
バースが眉をひそめる。
「これは……死霊術の残滓じゃ。何らかの亡霊が、この砦にしがみついておる。」
その言葉にロシュが怯えたように僕の袖を握った。
「こ、ここに……家族が……」
「安心しろ。」
ガリアがロシュの頭をポンと叩く。
「お前の母ちゃんも、犯人も、生きてる。だから俺らは来たんだ。」
「そうよ。絶対に助けるから。」
メイも優しく言う。
ロシュの目に涙が滲む。
「いくぞ。」
マルクスが剣を抜いた。
「潮の満ちるまで、あと三時間。
それまでに中枢にたどり着く。」
「霧の膜……どうやって破るのですか?」
ラミレスが聞く。
「簡単じゃよ。」
バースが杖を掲げる。
「正面突破じゃ。」
「……やっぱり脳筋じゃないですか。」
ラミレスが頭を抱える。
潮の時間まで残り三時間。僕らはロシュの案内で、ニムラ港の裏手にある灯台のさらに奥へと向かっていた。
もちろん人通りはなく、波の音と風の唸りだけが耳に刺さる。
「この先に……あるの?」
メイがロシュに訊く。
「うん。潮が引くと、岩の間から道が見えるんだ。でも、行ったことはないよ。戻ってきた人、誰もいないから。」
ロシュの声が震える。
その言葉に、マルクスが小さく息を吐いた。
「……ますます胡散臭ぇな。」
僕も同意だ。
飲み込まれた家族、消えた人々。そして、奴らが隠れ家に使う場所が、ただの倉庫ではなく――
「見えてきたぞ。」
ガリアの声に、全員が足を止める。 眼前には、海が削った断崖の下に、黒い石造りの通路が現れていた。
波が引いたことで、その入口が露わになっている。
「……これ、明らかに人間が作った構造じゃないよね。」
ラミレスの呟きがみんなの胸中を代弁していた。
階段は広く、巨大な兵が通れるほどの幅があった。しかし、崩れた痕跡はほとんどなく、数百年単位で保存されているような重厚さを帯びている。
「この石の紋様……」
バースが壁に触れた。
「古代魔王軍の建築だ。間違いない。」
「魔王軍……?」
メイが息を呑む。
バースが静かに語る。
「中央大陸を荒らした“魔界大戦”。魔王の配下には四魔帝と呼ばれる将軍がいた。そのうちの一人がネルーメ方面軍を指揮しておった……」
「四魔帝……」
僕は無意識に背筋を伸ばした。
バースは頷く。
「四百年前、この大陸で最も恐れられた魔帝の一人……この地に砦を築き、死兵と呪術で都市を占領しておった。」
「じゃあここは……」
「マルヴァロスの砦跡だ。」
ラミレスの顔が真っ青になった。
「マジで行くんですか……?」
「帰ってもいいぞ?」
ガリアが笑う。
「帰りません!!」
声が裏返っていた。
何だか緊張感がないが、大丈夫か?
夜風に潮が混じり、身に染みる。ここにる全員が分かっている。
(((決して簡単にはいかない)))
6 花葬のマルヴァロス




