2 メイドと主人
ルーモラ領の首都ルーモラはネルーメ大陸との貿易で栄える港町だ。
ネルーメ大陸は魔族の居住地で魔界大戦で敗れた魔族はネルーメ大陸に追いやられた。 しかし、今となっては交易を通じて、友好関係である。
この街はそんなネルーメからの珍品などが出回っている。
例えば、ケンタウロスの毛皮や、巨大トカゲの目ん玉とか。まあ、私にとってはろくな物がない。
しかし、冒険者や年頃の男の子なら欲しがりそうだ
「リア様。まずはこちらのお店です。」
ここは呉服店。と言っても冒険者用で、貴族の着る物ではない。しかし、私にとっては宝の山だ。耐火性のローブ、防寒のインナーや防水のブーツなど、私は全て買い占めたかったが、使わないものを買っても仕方がないと思った。
「買うのを躊躇われているのですか。」
「冒険者でない私には無用の長物よ。」
「なら、私がプレゼントします。」
「どういう……」
「これはお嬢様が欲しくて買ったものではなくて、私が勝手にプレゼントしたもの。」
ローラいくつかの服を見て、「これは合いませんね。」「少しエッチですね。」などと呟きながら店内を見て回った。
「ローラ。別にいいよ?私は来れただけで十分楽しかったし。」
「親代わりというわけではありませんが、私もお嬢様から多くのものを貰ったので。」
ローラは服を選びながら言った。その背中は暖かく感じた。でも、私中心に考えてくれているローラに私はまだ、何も返せてない。
「お嬢様。何にしましょう。」
ローラは当たり前のように私に尽くしてくれる。メイドが主人に尽くすのは貴族社会じゃ当たり前。私もそう思っていた。でも、私にとって、ローラはもはやメイドではない。
「これなんてどうでしょう?」
ローラが持っていたのはいかにも魔女って感じの帽子だ。被る日なんて来ないだろうに。なんだかローラは楽しそうだ。
「ローラはなんでそんなに楽しそうなのですか?」
「お嬢様がこれを貰って、喜ぶ姿を想像すると、なんだかワクワクしちゃって。あ、ご無礼を。」
ローラにとって、私は娘だ。血は繋がっていない。娘に等しき、愛する存在。
「私はお会計に行ってきます。」
私の専属メイドであり、聡明で、心配性で、口うるさくて、でも理解してくれていて、そして私の母でもある。
私はそこにあったマフラーを手に取り、会計に向かった。ローラは「それも欲しいのですか?」と言わんばかりにカゴを出してきたが、私は言った。
「これはローラへのプレゼント。拒否はできません。命令ですから。」
「なら、仕方ないですね。有り難く。」
これを買ったぐらいでは返せたと思ってないが、ローラが喜ぶなら私も嬉しいのだ。
「マフラーのおかげであったかい。本当に良いものを貰いました。ふーん、ふん。」
ローラはスキップしながら鼻歌を歌っていた。喜んでくれたなら良かった。
「似合ってますよ、その帽子。」
そうかな?私は魔女というより、治癒魔術師の風貌なので心配だが、ローラが言うなら似合っているのだろう。
二店目は魔道具屋だったが、昨日露天商から杖を買ったばっかなので、軽く見るだけ。入った時、この帽子を被
っているからか、魔女に間違えられた。自分の心配は無用だったみたい。
「にしても昨日から引き続き、人が多い。」
「はい。この商店街はルーモラで一番栄えている場所ですので。それにグレイス家は商業に力を入れています。その甲斐あってでしょう。」
「そうなの?」
「お嬢様にとっては面白くない話かも知れませんが、旦那様は市民に人気です。あの方が居たからこそ、この豊かなルーラルの街があるのです。」
「私も……父様の政治手腕は認めてるわ。」
父様が優秀なのは知っていた。しかし、実際に街を見て、父様の凄さを実感した。悔しいが認めよう。
「領主として”は”尊敬しているわ。でも、親としては、不満が多いよ。」
「そうですか。ふふ」
「なんで笑うのよ。」
「いいえ。リア様はずっと反抗期だなーと思いまして。」
反抗期……でも、反抗できる親が近くにいないから、こうしてローラに愚痴ってしまっている。
風に混じって焼き菓子の匂いと潮の香りが鼻をくすぐる。海の近くの街はこれだから好きだ。
「ローラ、あれ見て!」
私が指差したのは、屋台の奥で回転している鉄串。肉の塊が黄金色に焼かれていて、油が滴っている。
「お嬢様……あれは街角の露店でございます。衛生面が。」
「いいの! 見ているだけで楽しいのよ。」
そう言いつつ、私は財布を取り出していた。
店主のオジサンが豪快に笑って、串を一本渡してくる。
「嬢ちゃん、露店で食べるのは初めてかい?焦げ目のところが旨いぞ。」
……香ばしい。柔らかい。貴族の食卓では決して出てこない味。一日振り二度目の味。
「ローラ、食べてみて。」
「え、わ、私は――」
「ほら、あーん。」
強引に口に入れると、ローラは目を丸くして、すぐに笑った。
「……これは、たまりませんね。」
ふたりで顔を見合わせて笑った。庶民の食べ物を下品だと教わってきたけれど、今はそんな言葉、どうでもよかった。
その後も私たちは街を歩いた。
露天商が売る風鈴、ネルーメ産の奇妙な貝細工、子どもたちの歌声。人の声と音が混ざり合って、まるで祭りの
ような喧騒だった。
「ローラ、あれを買っていい?」
「……貝のブレスレットですか?」
「ええ。ローラに、プレゼントしたいの。」
「またですか?」
「これくらいじゃ返しきれないよ。」
私は屋台の少年に銀貨を渡し、小さな白い貝殻のブレスレットを手に取った。
それをローラの手首にそっと通す。
「……お嬢様」
「これでお揃いよ。ね?」
私も同じものをもう一つ買って、自分の手首に巻いた。ローラは涙をこらえるように微笑んだ。
「お嬢様、私のほうこそ……本当にありがとうございます。」
「いいの。」
私の胸の奥で、何かが柔らかく溶けるのを感じた。溶け出したものは目から溢れてく。
「そろそろお昼にしませんか。」
「そうね、ここら辺にいいお店あるの?」
ここは城門付近。多くは門兵のためのガッツリ系食堂。私が食べるものはあまりない。
「ここなんてどうでしょう。」
そこは海鮮料理の食堂だった。エビやマグロ、タイやサーモンなど、生で置いてあった。
(えー、生じゃん。)
東の方には魚を生で食べる文化も存在すると聞くが、実際に見てみると無理だ。まず、店内が生臭い。
「ローラ、やっぱりやめ」
「わーお刺身ですね。一度は食べてみたかったんです。さあ、席に付きましょう。」
でも、ローラが喜んでるし……頑張って食べてみるか。
「いらっしゃいませ。本日のお勧めは、今朝ニムラ港で水揚げされたイワシです。」
「では私はそれで。お嬢様はどうされますか?」
どうしよう。ローラのためとは言っても、やっぱりキツイよ。
でも、食わず嫌いも良くないよね。よし、決めた。
「私もそれで。」
「毎度あり。」
「楽しみですね。」
ローラがいつになく笑顔だ。こんな笑顔を見させられると「ノー」とは言えないな。
「お待たせしました。イワシの刺身定食です。お好みで醤油とワサビをつけてお召し上がりください。」
「わー」
ローラさん。涎垂れてますよ。とういうか、マジで目が星になっているじゃん。そこまで食べたかったのか。今度、買ってあげよう。
「では頂きます。」
やっぱりキツイ。どうしよう。注文した時は何だかんだいけるだろうと思ったが、目の前に来たらやっぱり。
「なんだい嬢ちゃん。刺身は苦手かい?」
私の隣に座ってきたのは、黒髪の男だった。腰には剣を差している。
「だ、誰ですか。」
「ああ、すまない。俺はマルクス。パーティー『オヌールの目』で剣士を務めている。」
「てっことは冒険者ですか?」
「そうだが。」
冒険者……憧れの……目の前にいる!
「お嬢様。この方は?」
「ローラ。冒険者よ!冒険者!」
「落ち着いてください。お嬢様。」
「落ち着いてなんていられないわ。ええと、マルクスさんだっけ?」
「マルクスでいいぜ。」
「マルクス。冒険譚を聞かせて。」
「冒険譚?いきなりだな。いいけど……」
「本当?ありがと!」
「お嬢様……」
それから、イワシ無視でマルクスと話した。迷宮に潜ったことや、大海原を渡ったこと。宝箱見つけたと思ったら、ミミックだったこと。そして、パーティーメンバーのこと。
「俺のパーティーは四人組でな。剣士、戦士、治癒術師、魔術師。剣士は俺が、戦士はガリルっていう筋肉バカが、治癒術師はメイっていう美少女が、魔術師はバースっていうジジイが。まあ、いいパーティーだぜ。」
ああいいな。私もいつか入りたいな。みんなと一緒に冒険か。
夢想
「おい、リア送れるぞ」
「待ってよマルクス。」
そんなやりとりをバースは笑いながら見守り、メイは私を手伝ってくれて、ガリルはマルクスに「待ってあ やろうぜ」なんて言って。迷宮潜ったら、ドラゴン出てきて、マルクスとガリルが前衛、私とバースで後方 支援、メイは前衛二人を治癒して、倒す。
「いやなんで、迷宮にドラゴンいるんだよ。おかしいだろ。」
「夢想に文句言わないで。」
そんなやりとりをしているうちに、ローラは定食を完食していた。
「また、生娘を誑かしてるのか?」
ドアの方に立っている青年が言った。横には少し老けてる魔術師らしき人と綺麗な治癒術師っぽい人が立っていた。
「まあ待てよ。こいつが冒険譚を聞きたいって言うから、話してたとこさ。」
「語れるほどの冒険譚ないくせに。」
「彼らは?」
「あいつらがさっき言ったパーティーメンバーだ。」
「どうも嬢ちゃん。ガリアだ。」
「バースと言う。よろしく。」
「こんにちは。年齢近いよね。同年代と会うことないから嬉しい。あっ、僕はメイ。よろしくね。」
パーティーの第一印象は和気藹々だ。
「で、嬢ちゃんはグレイス家のお嬢様なんだろ?」
ガリルが腕を組み、じろりとこちらを見た。
「……え、どうして分かったの?」
「腰の立ち方と喋り方だ。庶民はそんなに背筋が伸びねぇ。」
「ちょっと、ガリル! 失礼だよ!」
メイが慌てて彼の腕をつつく。
「いいのよ。事実だもの。」
私は微笑んだ。貴族であることを隠す気はなかった。
「それにしても、お嬢様がこんな港町の食堂に来るなんて珍しいな。」
バースが静かにスープを啜りながら言った。
「今日は……少し息抜きに来たの。街を歩いてみたかっただけ。」
「へぇ、感心だな。」
「バース、皮肉はやめろよ。」
「褒めているつもりだが。」
(分かりにくいな。)
そのやり取りに、思わず笑いが漏れた。
「あなたたち、仲がいいのね。」
「そりゃあ、死線を共にくぐってきた仲だからな。」
マルクスが笑ってジョッキを掲げる。
「でも、喧嘩も多いんだよ。」
メイがくすくす笑いながら言うと、バースは肩をすくめた。
「まあ、口喧嘩も立派な連携訓練さ。」
「違うわよ! ただの愚痴合戦でしょ!」
笑い声が店中に響く。その明るさが、胸の奥を温かくした。王宮のお茶会と違う。
「ねぇ、もし……もし私が冒険者だったら、あなたたちみたいな仲間と旅できたのかな。無理な話だし。私の勝手な理由で貴族を辞めることなんてできないし。」
口にした瞬間、ローラが「お嬢様……」と小さく呟いたが、誰もその言葉を気にしなかった。
「いいんじゃねぇか?」
ガリルが即答した。
「冒険者なんて、最初はみんな適当だ。金とか、名誉とか、退屈しのぎとか。」
「私も勢いで始めたの。」
メイが柔らかく言った。
「きっかけは何でもいいのです。でも、続けるには覚悟が要ります。」
バースの声は穏やかだが、どこか重みがあった。歴戦の魔術師は違うな。
「覚悟……ですか。」
「お嬢様だって、いずれ分かるさ。」
マルクスが立ち上がり、腰の剣を軽く叩いた。
「俺たちはこれからギルドに行く。……またどこかで会えるといいな。」
「ギルドで何するの。」
そう聞くと、マルクスはニヤリとしながら、私の耳元に囁いてきた。
「無杖の魔術師って知ってるか?なんでもまだ二十二歳なのに全ての高位攻撃魔術が使えるらしい。そいつがこの街に来ているらしいから、会いに行くんだ。」
そう聞いた瞬間、胸が少しだけ熱くなった。そんな魔術師がいるのか。ローラが立ち上がり、軽く一礼する。
「皆様、お話ありがとうございました。」
「礼なんていいさ。」
ガリルが笑い、メイが手を振った。
「またね、リア!」
結局、刺身は意を決して、食べた。臭いとは裏腹にとても美味しかった。久しぶりに食べたお米も美味しく、帰
ったら米料理をリクエストするつもりだ。
「これから近衛兵団の練習を見学しに行きます。」
「つまりは兵士の鼓舞ね。いきなり貴族らしくなっちゃったな。」
「いいえ。ご令嬢ともあられる御方が兵士の鼓舞に自ら赴かれるなど、滅多にございません。新しい貴族の形です。」
なるほど。新しい貴族か。確かに、末端の兵士を掌握することはこれから何が起こるか分からない連邦の不安定な情勢において、大きな力となる。
「そうですね。気合い入れて行きます。」
近衛兵団の駐屯地は城外にある。そこから毎日、城へ通うのだ。昼下がり。潮風を受けて白い旗がはためいていた。
ルーモラ城外の近衛兵団駐屯地。父の領軍を統率する兵士たちが剣を振るい、砂煙の舞う訓練場からは気迫のこもった掛け声が響く。
「ここが……領軍の駐屯地なのね。」
私は木柵の外から中を覗き込んだ。
「はい。旦那様が商業の次に力を入れている場所です。」
ローラが答える。父の仕事を心から誇るその声に、リアは少し複雑な気持ちになった。
「訓練場のご視察でしょうか?」
低い声がして、鎧姿の将校が駆け寄ってくる。
「グレイス家令嬢、リア様でいらっしゃいますな。」
「え、ええ。少し見学を……迷惑かしら?」
「とんでもございません! 将兵一同、光栄の極み!」
将校が敬礼すると、周囲の兵士たちも次々と姿勢を正した。視線を浴びて頬が少し熱くなる。
「皆、訓練を続けてください。」
私がそう言うと、兵士たちは一斉に頭を下げ、再び木剣を握った。号令が飛び、剣が唸る。金属の音が打ち鳴らされるたび、彼女の胸も高鳴った。
「すごい……みんな、国のために命懸けで鍛えてるのね。」
「はい。戦が起これば真っ先に前線に立つ方々です。」
ローラの声に、私は静かに拳を握る。
(私が“自由になりたい”って言ってる間に、この人たちは領民を守るために汗を流してる……)
そのとき、訓練を終えた若い兵士が息を切らせながら近づいてきた。
「お、お嬢様! お言葉を……ひとつ、お願いできますか!」
「私の?」
「はい!明日の模擬戦で、皆が緊張しておりまして……士気を高めるお言葉を!」
ローラが小声で言った。
「お嬢様、このようなときは簡潔に励ましをお伝えするのがよろしいかと。」
私は少し考え、兵士たちを見渡した。汗に濡れた額、傷だらけの手。その一人ひとりが、この領地を守るためにここに立っている。
「私は……戦うことはできないけれど、皆さんが守ってくれるおかげで、この国は今日も平和でいられます。」
違う。私の言いたいことはそれじゃない。彼らは国の駒ではない。
「……国のために戦う必要はありません。生きることを優先しても構いません。あなた方が守るべきものは国ではなく、家族です。自分の親、兄弟、子のため命を張るのです。」
兵士たちの目に光が宿った。
「「「おおおおおおっ!!!」」」
地鳴りのような歓声が上がり、木剣を掲げる音が響く。
私はその熱気に少し気圧されながらも、微笑んだ。
「……お嬢様、素晴らしいお言葉でした。」
「ううん、思ったことを言っただけよ。」
「それが一番伝わるのです。」
帰り道、私はは遠くに見える青い海を眺めながら呟いた。
「みんな、あんなに一生懸命に生きてる。私も……自分の道を見つけなきゃね。」
「きっと見つかりますよ。お嬢様なら。」
ローラの優しい声が、潮風に溶けていった。
「最後は海です。」
遂に海だ。海は自由の象徴というが、だからではない。ただ、見たいだけだ。
「楽しみだな。」
ローラは海の方へ馬車を向かわせた。人通りが少なく、牧歌的な風景だった。ローラは数十分で着くと言った。私は少し疲れたので、目を瞑った。
思えばこの二日で色々学んだ。母様の気持ち、ローラの願い、ユアの悩み、庶民の味、商店街、刺身、冒険者の絆、兵士の覚悟、少し碌でもないものも含まれてる気がするが、大きく成長できたと思う。
「お嬢様。着きましたよ。」
ローラの声で目を開けると、目の前には大きな港と夕日に照らされた海が広がっていた。鼻の中に潮の匂いが充満する。これが海の匂いか……久しぶり。
「ああ、凄い。」
海を見るのは初めてではない。しかし、いつもより、海は広く、美しく見えた。いつまでも見ていられる気がした。
「ええ、美しいですね。」
ローラの顔が赤く染まっている。夕日に照らされてなのか、それとも。
「また来ようね。」
「ええ、そうですね。」
ローラに抱きつこうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。何が起きた?体の自由が効かない。意識が遠のく。ローラの怒鳴り声が聞こえる。ローラって、そんな声出すんだ。
「申し訳ありません。私の失態です。」
ローラは頭を下げながらも、視界が滲んで何も見えなかった。
リアがいない――その現実が、ローラはまだ信じられなかった。つい数時間前まで、笑っていたのに。初めて庶民の食事を食べて、商店街でプレゼントを選んでいた。なのに、なぜ。
(リアが誘拐された? どうして? どうしてそうなるの?私が外出を許可したから? 私がついていながら?)
「マリア、落ち着け。」
低く響くポケの声。けれど、それがかえってマリアの怒りを掻き立てた。
「落ち着け? 何が大丈夫なんですか!はっ……失礼しました。」
マリアは怒鳴ってしまったが分かっている、今はそんな時じゃない。けれど胸の奥が焼けるように痛かった。ポ
ケは深く息を吐いた。
「……領都中の警備隊を動員する。門を封鎖し、全船の出港を止めろ。犯人はまだこの街にいるはずだ。」
「はっ!」
副官たちが一斉に駆け出していく。残された執務室には、ローラとポケだけ。
「ローラ。状況を説明しろ。」
「リア様は……訓練視察のあと、港へ行きたいと仰いました。黒い外套の男たちが近づき……眠りの霧の魔法を使われました。」
「護衛は?」
「私ひとりでした。抵抗しましたが……力が及ばず……」
「……そうか。」
ポケは机を叩いた。
「リアが攫われたのは、グレイス家を狙った政治的犯行の可能性もある。必ず生きて取り戻す。」
そのとき、扉が開き、若い兵が飛び込んだ。
「報告! 港倉庫で争いの跡がありました。魔力反応も!」
「リアのものか?」
「はい。魔力が微量に残留。おそらく抵抗されたかと!」
ローラの胸が締め付けられる。
(リア様……怪我を……でも、まだ……生きてる)
「旦那様、私に……捜索隊の指揮をお任せください!」
「許可はできん。」
その声は冷たかった。
「いくらメイドとはいえ、お前は中級貴族の出だ。お前一人で動くことは、かえって足手まといになる。」
「……承知しました。」
ローラは一礼し、部屋を出ようとしたその背に、彼の声が落ちる。
「ローラ。お前の“個人行動”は認めない。」
その言葉を背に、私は静かに扉を閉めた。心臓が痛いほど鳴っている。
(リア様、どうか無事で……)
夕陽が沈み、赤い空が街を染めていた。風が冷たい。涙も冷たい。
「……お嬢様を救うためなら、たとえ地獄でも行きます。」
――その夜――
ギルドの掲示板に、新しい依頼が貼られた。
紙は震える手で書かれ、インクの跡に涙が滲んでいた。
依頼名:少女の捜索
依頼主:匿名(女性)
内容:何者かにより誘拐された少女の救出。
特徴:金髪、年齢十五歳前後、名はリア。
補足:犯人の生死は問わない。
報酬:金貨五枚。
3 捜索依頼 11/2318時10分更新




