0 グプタ村の一番弟子
船の揺れで目が覚めた。また、あの日の悪夢を見ていた。中央連邦を横断するハヤテ川を使い、南のグプタ村に向かっている最中。先日、ギルドで見つけた魔物討伐の依頼での金貨三枚は、魔物依頼の中でも高価だった。
「おーい。着くぞ!」
船長が声をかけた。周りはのどかな平野で魔物の気配は微塵もしなかった。
太陽の光が川面に反射し、船の白い帆が光っていた。船を降り、村まで馬で移動する。
道中は平坦で秋らしく金色の麦畑が広がっていた。
(こんな平和なとこに魔物か)
小一時間、走ると麦藁の家々が見えてきた。村は木の棒で雑に編まれた柵で囲われており、粗末な門らしきとこには番人が立っていた。
「止まれ。何の用だ。」
随分と警戒している。この村へ来る旅人はそう多くないのだろうか?
それとも、他の問題があるのか?治安が悪そうには見えないが。
「ギルドで魔物討伐の依頼を見ました。ここはグプタ村であっていますか?」
一応の確認だ。以前、依頼先を間違えて、面倒になったことがあるので。
「あの依頼ですか。我々も依頼を出すのが初めてでね。慣れてなくてすいません。」
初めて?珍しい。確かに南部は魔物が少ない。しかし、初めてとは意外だ。少しすると、長い髭を生やしたいかにも村長という人に村長の家に案内され、依頼の詳細を聞いた。どうやら長髭の人は村長の子らしい。
「えーと。中級魔術師のラリル・メリート君ね。これが依頼の詳細だ。」
依頼 魔物討伐
グプタ村北部の森林に発生する初級魔物 の群れの討伐
報酬は金貨三枚
難易度は中級
「一つ質問よろしいですか?ここに来るまでに魔力探知を行いましたが、魔物の反応は一切なかったです。」
「え!北の森まで数キロはありますよ。そこまで探知したんですか?
いや…そうですね。魔物についてでしたね。ゴホン」
確かに魔力探知は通常は使用者から半径百メートル程だ。しかし、僕はある方法でそれを数キロに広げた。それについては割愛。
「魔物は夜行性で夜に飛来します。奴らはその鋭い嘴で畑を荒らし、ついには村民に危害を…」
なるほど、夜行性か。それは面倒だな。夜行性の魔物は夜に目が利く。一方僕ら人間は無論夜は何も見えない。光球を使えば明るくなるが、魔物が逃げ出せば本末転倒だ。
「分かりました。夜までに討伐方法を考えときます。」
そう言って、近くの宿を借りた。
夜。そろそろ魔物が出る頃だろうと思い、杖を携えて宿を後にした。村民たちは寝静まっていた。数十軒の明かりはほとんど消えていた。村道に一つの光があった。ランプか?
「おーい。君魔法使いだろう?私も連れてってよ。」
そこには自分より背丈が低く、黒いマントを羽織っている少女が立っている。右手には杖を、左手にはランプを持っている。
「私は見習い魔法使いなんですが、あなたに同伴して魔術を学びたいのです。」
魔術を学ぶか。しかし、僕は中級魔法使いだ。そこまで上位ではない。
それにしても、ワクワクしてるな、この子。
「僕はあんまり強くないが…。」
「いえ、史上二番目の若さで中級魔法使いになった天才と聞いています。」
そうなのか。確かにギルドで「若いな」と何度か言われた。あまり、自分の強さ度合いについて考えたことがないので、褒められるのも悪くない。
「今回の魔物は群れだから、人は多ければ多いほどいい。よろしく。」
「ありがとうございます。」
村から北に二キロ進んだところに森林があった。森林といってもあまり大きくなく、魔物もすぐ見つかった。三匹のファントムが飛来した。大きさは数メートルと言ったところか。動きは鈍い。
「まずは魔物の動きを観察しようか。奴らは三匹で群れで動きます。一匹ずつ倒そう。」
そういってまずは見本を見せた。手のひらをファントムに向け、狙いを絞った。
火球
ファントムは火だるまとなり、地面に落下した。周りのファントムは逃げようとしたが、
僕は風弾を放ち、足止めした。
「今だ。」
僕の掛け声と同時に、彼女は魔法を放った。
二連電撃
ファントムは痺れ、二匹共々落下した。しかし、彼女が使った魔法は中級だ。まさかな。彼女は見習いのはずだ。
「今使ったのは高位魔法ですよね。」
「はい。魔法は好きなで先生が教えるより先に習得してしまうのです。」
「君には才能があるようだね。僕以上に。」
こんな才能の塊が辺境の村には勿体無いのではないか。そんなことを考えつつ、僕は村に戻った。多くのものは十代のうちに初級魔法使いとなるが、その後は日常に戻る。それほどまでに中級は戦闘魔術が中心だ。
(はあ、僕は何を考えているのだろうか)
別に弟子を取りたいわけではない。ただ、才能ある魔術師に興味があるだけだ。
翌朝、村長から金貨三枚を頂いた。僕はファントムを二匹殺した彼女に三枚のうち一枚を渡すべきと言った。そしたら、村長に彼女のためにお金の代わりに少しの間家庭教師になって欲しいと頼まれた。
「待ってください村長。僕は魔物討伐にこの村に赴いただけです。まして、家庭教師など僕には…」
「確かにあなたの教師の腕を知りません。知っているのはあなたが天才魔術師であり、フィアもまた若き天才魔術師であること。そして、天才同士でしか理解できないことがあるということ。」
村長は報酬として金貨二枚を支払うと約束してくれた。しかし、村長はそれ以上に面白いものが観れると仰った。
「・・・分かりました。引き受けましょう。」
そうして一週間の家庭教師生活が始まった。家庭教師初日、フィアの家に訪れた。二階建ての木造で、周りの家より良さげだった。ノックすると、長髭の人が出てきた。つまり、彼女は村長の孫だったわけだ。
「おう!いらっしゃい。フィアが朝からワクワクなんだ。」
トルーという長髭の人は、家の中に招いてくれた。2階にある彼女の部屋に案内すると、トルーは扉をノックし、「先生がいらっしゃったぞ。」と呼びかけると中から返事がきた。扉を開けて、中に入ると壁にはぎっしり本が詰まっている本棚があり、正面には机がある。角には先日使っていた杖が立てかけてあった。そして、部屋の左のベットにはフィアが腰を掛けていた。
「先生!待っていました。」
先生と呼ばれるのは何だか恥ずかしい気がするが、それ以上にこの天才に教えられるかが気がかりだ。
「では早速、始めようか」
フィアの家庭教師になってから1週間が経った。彼女は飲み込みが早く、僕が教えた魔法を次々に覚えて行った。早くにも彼女に抜かされるのではないかと、心配しながら。しかし、自分の授業をここまで熱心に聞いてくれるのは教師冥利に尽きる。
「先生!早く行きましょう!」
普段は午前2時間、午後3時間で日没までには終わらせるのだが、今日教えた光魔法は夜ではないと効果が分かりづらいので、フィアから夜に使いたいと駄々を捏ねたのだ。
「分かったので、少し待ってください。」
「せんせーい。もう、敬語やめてくれません?私としてもやりづらいので,,,」
「、、、分かった。行くぞフィア」
(あれ?先生、それなんか違う)
頑張っていい感じに言ったつもりだが、フィアは不満げだった。いや、気のせいだろう。
村の外に出てきた。中でやると寝ている人に迷惑だろうし、村長にも夜に魔法を使う時はそう言われた。
「先生。では、行きます。」
フィアは持っている杖を空にかざす。
光の粒子
空に小さい光が放たれた。まるで祭りの時の花火のように。白一色だが、とても綺麗だ。
「これ成功ですよね?成功ですよね?」
「ああ、良くやった。」
僕は驚いた。自分が微笑んだことに。あの時から、ずっと暗い顔をしていたと思う。常に気分が落ち込んでいたわけではない。どちらかと言うと、笑う必要性がなかった。
「あー。先生が笑った!」
彼女の声が夜空に弾けた。思い返せば、初めて会った時から、魔法が失敗した時も、もちろん成功した時も。彼女は幸せそうにしていた。…悪い気はしない。
「いやー。でも、寂しいですね。明日には帰ってしまうなんて。そうだ!少しお話しましょ。」
そう言うと僕らは近くの小川に向かった。河原にある大きめの石に腰を掛けて、彼女は聞いてきた。
「先生と初めて会った時、私少し怖かったんだよ。先生、暗い顔してるし、目、死んでるし。」
彼女の目はあまり笑ってなかった。しかし、この目はどこかで見覚えがある。
「何か言いたげだな。」
「そうだね。うーん、先生はどうして冒険者になったのかなって?」
斜め上からの質問だった。どうしたら強くなれるとか、そういう魔法関連のものだとばかり思っていた。しかし、一番弟子からの質問だ。誠実に答えよう。
「僕は、元々は北西にあるグレンブル公国の村で生まれた。父は魔法使いでその村一番の魔術師だった。母は治癒術師で病院を営んでいた。僕はある魔術師に魔術を教えてもらっていた。そして、冒険者を夢見る可愛い妹がいた。」
私が聞いた先生の過去は悲しいものだった。家族四人で幸せだったなか、ある日、悲劇が訪れた。先生が家に帰ると、そこにあったのは無惨にも惨殺された家族の死体があった。先生はその後、冒険者となり生計を立てている。先生はそれ以上は語らなかった。淡々と語った。私は少し引っかかった。
「復讐しようとは思わなかったのですか。」
先生は少し口をつぐんだ。川のせせらぎだけが聞こえてくる。
「復讐も後悔も疲れた。それだけだ。」
先生はそう言うと、立ち上がり、村に戻ろうと呼びかけた。村に戻る途中も私は気になっていた。復讐もせず、悲しみもせず、それなら一体先生は何のために生きているんだろうか?生きていて楽しいのだろうか。
「先生の将来の夢は何ですか?」
「何だ?突然だな。夢か、さあな?」
先生は少しはぐらかすような口調で言った。
「私はまだ出会って一週間です。しかし、先生の授業は楽しかったです。そんな先生に私は幸せになってほしいです。」
何を言っているんだ私は。あんな暗い話を聞いた後だって言うのに。
「ありがとう。」
先生は笑っていなかった。しかし、強い信念を感じた。亡くなった家族の分まで生きるという執念を。
しかし、そこに自分の幸せは入っていないのだろう。
村に来てから九日。僕は村を離れる。村長に挨拶を済ませ、馬に乗り、村を後にしようとしたその時、後ろから呼ばれた。
「せんせーい。また、魔法教えてくださーい。ありがとうございました!」
村にいた期間は生きた二十年のうち、わずか九日。
しかし、彼女。フィアとの出会いが僕の空虚な心をほんの少し満たした。
こうして、僕の旅は少し変わった。季節は秋。周りの葉が少しずつ赤く染まっていく。




