血の代価
真夜中の廃城。
月明かりが、血に濡れた石畳を照らしていた。
「申し訳ありません、アーサー様」
北方諸国での諜報を任されていたS級契約者・フィリウスが、深々と頭を下げる。
「レムザード王国の血の研究は、予想以上に進んでいるようです」
「そうか」
俺は血で作られた右腕をゆっくりと握り締めた。
研究所から漏れ出た情報によれば、彼らは血の一族の残した痕跡を、執拗に調べているという。
「畜生め。十年前は魔物と蔑み、今になって血の力を欲するとはな」
リリアが無表情のまま報告を続ける。
「諜報部隊『影走り(シャドウランナー)』からの報告です。レムザードは各地の孤児院から、魔力の強い子供たちの収集を始めています」
「人体実験か」
右腕が反応して、血が波打つ。
その時、廃城の地下から悲鳴が響いた。
「ギャアアアアッ!」
「また裏切り者ですか」
冷たい声でリリアが告げる。
「影走りの一人。レムザードへの情報売却を試みました」
血の契約を裏切った者への報いは、絶対だった。
「見に行くか」
俺たちが中庭に降りると、凄惨な光景が広がっていた。
若い諜報員が地面に倒れ込み、体内の血が沸騰するように脈打っている。
「や、やめ……うあああッ!」
血管が浮き上がり、まるで生き物のように蠢く。
「ヒィッ……助け、て……」
「無駄な嘆願ですね」
リリアは死に行く男を冷ややかに見下ろす。
その瞬間、男の体が限界を迎えた。
ブチッ、という嫌な音とともに、血管が次々と破裂する。
「がはっ……!」
口から血を噴き出し、目からも血の涙が溢れ出す。
周囲のB級たちが恐怖に震える中、男の体はさらに異変を見せ始めた。
体内の血液が沸騰するように激しく脈動し、ついには皮膚を突き破って外へ噴出した。
「ギィヤアアアアァッ!」
断末魔の叫びと共に、血しぶきが中庭一面に散る。
「覚えておけ」
俺は血で作られた右腕を掲げる。
「裏切りは、即座に命を持って償ってもらう。これが血の契約の絶対条項だ」
「跡の処理を始めましょうか」
リリアの声には感情の欠片もない。
「ああ」
「残された家族は?」フィリウスが尋ねる。
「監視下に置け」
俺の言葉に、リリアが静かに頷く。
「生かしておくのですね。次の裏切り者が現れた時の見せしめとして」
さすがだな、と俺は内心で笑う。
彼女は俺の意図を完璧に理解している。それもそうか。リリアは最も早くに契約を結び、最も深く俺の血を受け入れた眷族なのだから。
「フィリウス、本題に戻るぞ」
「はい」
「北方諸国に、反血族同盟の亀裂が生じ始めたと聞いたが」
「ええ。各国の思惑の違いが、徐々に表面化してきたようです」
俺は薄く笑みを浮かべる。
十年前、団結して血の一族を襲った彼らも、今は内部分裂の兆しを見せているという。
(好都合だ)
「リリア」
「はい」
「お前には、新たな任務がある」
彼女の銀髪が、月明かりに冷たく輝く。
「アーケン公国の魔導研究所に、潜入してもらう」
一瞬、彼女の瞳に殺意が灯った。
魔法国家アーケン公国。血の一族を封印する術を研究している国。
「承知しました。全て、血に還してまいります」
俺は血の右腕を、静かに握り締める。
裏切り者の血が、まだ温かい中庭で、次なる戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。