09 ダンス
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真っ赤なドレスはスカーレットの白い骨を美しく引き立てていた。
レースがふんだんに使われたヘッドドレスも衣装の色に合わせた赤だ。
馬車から降りてからずっとスカーレットはルーファに手を握られてエスコートされていたが、パーティー会場の扉の前で、二人は改めて背筋を正し、ルーファは蝶が羽ばたくのを阻止するようにしっかりと握っていた手を緩めて、紳士らしくレディの手を支えるに止めた。
スカーレットはルーファのエスコートで忌まわしい記憶のある王立魔法協会附属魔法学園の大ホールに足を踏み入れた。
一番最初の人生でスカーレットが陥れられた魔法学園の卒業パーティー。
それが今日であり、この場所だった。
まだ十歳のスカーレットは魔法学園には入学していなかったが、魔法学園の学園長である祖父に呼ばれたことと、大魔法士を数多く輩出するスカル侯爵家の代表としての出席だ。
王城での舞踏会にもルーファのパートナーとして一度出席したことはあるので、スカーレットの人ならざる姿を見たことがある者もいるが、王城での舞踏会は招待状の届いた中級から上級の貴族しか出席を許されていないため、下級貴族や平民の生徒などは初めて見るスカーレットの姿に不躾な視線を送ってくる。
「スカーレット、不快じゃないかい? あの者たちを捕らえて首を刎ねることも可能だよ?」
「そんなことをすれば骸骨令嬢ではなく、死神令嬢と呼ばれることになってしまいますわ……」
スカーレットは死神のような自身の姿を想像して呟いた。
「意外に素敵ですわね」
その呟きに、多くの生徒が慌ててスカーレットから視線を逸らした。
美しい旋律が流れ始め、ホールの真ん中で華やかなドレスに着飾った卒業生たちがダンスを始めた。
ルーファはスカーレットの手を握って笑顔を向けた。
「僕たちも踊ろう」
スカーレットにはきっと断られると思って言ったルーファだったが、スカーレットは「そうですわね」と頷くとホールの真ん中ではなく壁際に進んでいく。
「エールシャルル様、ごきげんよう」
スカーレットは王太子の婚約者であるエールシャルル・ロンレーナ伯爵令嬢にドレスを摘んで淑女の挨拶をする。
彼女はスカーレットが王太子の婚約者ではなくなった三度目の人生から王太子の婚約者に選ばれている。
謂わば、スカーレットの身代わりのような存在だった。
スカーレットとルーファよりも六つも年上のエールシャルルは優しい眼差しで微笑んで、スカーレットに挨拶を返した。
「スカーレット様、ごきげんよう。飲み物は飲まれましたか? お菓子もたくさんありますよ」
完全に普通の小さな子供に対する態度で接しているが、それはスカーレットのドレスの下を知らないからである。
舞踏会で会った時も、王妃主催のお茶会で一緒になった時もスカーレットは甘いものが好きなすこし異質な見た目の普通の女の子を演じきっていた。
「わたくし、エールシャルル様とダンスがしたいです」
スカーレットの言葉にルーファは驚き、すぐに不満を口にした。
「スカーレット! ダンスは婚約者である僕とするべきだよ!」
「はい」と、スカーレットは無邪気な笑顔で……ルーファの目には無邪気な笑顔が確かに見えているのだ……ルーファとエールシャルルの手を握った。
「三人で踊りましょう!」
スカーレットは大ホールの真ん中、ダンスをしている人々の間を縫って中心にルーファとエールシャルルを連れてくると、三人で輪になって一緒に踊った。
自分たちの様子がキラキラと輝いて誰よりも楽しく見えるように密かに魅了の魔法を使って。
そうして踊っているうちに、周囲の人々も二人一組での社交ダンスではなく、複数人で手を取り合って踊るようになった。
親から決められた婚約者や人目を気にして選んだパートナーではなく、学業を共にした友人たちと手を取り合って、心から笑って学生たちは踊った。
エールシャルルは、エールシャルルを見る大衆の目が変わったことに気づいた。
「王太子殿下とご一緒でないと思ったら、エールシャルル様は第四王子と骸骨令嬢のお相手をされていたのだな」
「本来はレアル王太子がお相手するべきだろうに、レアル王太子は平民の相手で手一杯のご様子だ」
「エールシャルル様は本当にお優しい」
スカーレットが来るまでは憐れみの眼差しが大半だったが、それが一瞬にして変わってしまった。
エールシャルルは自分の手をとって楽しそうな笑顔を見せる……この時、エールシャルルにはスカーレットの歪な丸い二つの穴が緩やかな弧を描いているように見えていた……スカーレットが子供らしい無邪気さではなく、貴族らしい計算された行動として自分を大ホールのど真ん中に連れ出したのだとわかった。
卒業式の晴れの舞台で王太子の婚約者であるにも関わらず壁の花になっていた自分に、みんなの真ん中で輝ける瞬間を作ってくれたのだ。
しばらく踊った三人は疲れて足を止め、貴族の優雅さを忘れて平民のようにはしゃいで踊っている人々の輪から抜け出すと飲み物が並んだテーブルへと向かった。
例年ならば貴族の生徒たちが着飾り、パートナーと社交ダンスを踊る場であり、少数の平民の生徒たちには足を踏み入れるのが躊躇われる会場を、スカーレットという異形の子供が一瞬で誰もが楽しめる場所に変えてしまった。
「はい。オレンジジュースよ」
エールシャルルはスカーレットとルーファに明るい橙色の液体が入ったグラスを渡してくれる。
エールシャルルも同じものを手に取り、ごくごくと乾いた喉に流し込んだ。
普段なら決してしない飲み方だ。
しかし、スカーレットが与えてくれた開放感に我慢などできなかった。
「スカーレット様、学園長がお呼びです」
燕尾服の男性に声をかけられてスカーレットは「わかりました」と返事をした。
一緒について来ようとするルーファに「エールシャルル様と一緒にいてください」とスカーレットはお願いする。
彼女を一人にしてはいけないと空洞の目で伝えたが、それが伝わったようにルーファは「わかった」と真剣な目で深く頷いた。
スカーレットは自分の気持ちが伝わったのかとすこし驚いた。
しかし、すぐに自分の考えを否定した。
何も見えない真っ暗な二つの穴から何かが伝わるはずがない。
ルーファは元々聡い子供だ。
おそらく、ルーファは自身の一番上の兄である王太子の異変に気付いたのだろう。
そう考え直して、スカーレットはその場を離れた。