52 理解
お読みいただきありがとうございます!
ひとまず完結です!!
「最期、一度も父上に視線を向けなかったな」
スカーレットが帰った後、リューリットがルーファの別宮を訪れた。
「愛する息子に愛されていなかった。それが一番、父上を苦しめると思ったので」
「……それが、スカーレット嬢が望んでいたことだったとしても、お前は父上に愛されていただろう?」
「だから、なんだと言うのですか?」
ルーファの冷たい瞳にリューリットは寒気を覚えた。
「父上が僕を他の兄弟と同等に愛してくれていること自体、僕はスカーレットから教わったのです。スカーレットは僕に愛されていることを教えてくれて、愛することを教えてくれて、つまらなかった世界をかけがえのない世界に変えてくれたのです」
恍惚としたルーファの表情は気味悪く感じたが、それでもリューリットはスカーレットの婚約者であるルーファが羨ましかった。
「そんな婚約者に報いること以上に大切なことがありますか?」
スカーレットは王と第一王子が消えることを望んでいた。
それも、自身の罪を自覚して。
それならば、ルーファはそのスカーレットの望みを叶えるだけだ。
「それより、リューリット兄様は父上を殺された恨みとかはないのですか?」
「そんなものを抱いていてはスカーレット嬢の婚約者になどなれないだろう?」
「何度も言っていますが、スカーレットは僕の婚約者です」
リューリットはルーファを睨んだ。
「彼女の過去を何もわかってやれないお前がか?」
「スカーレットが何度もループしていること、そして、その原因を作ってしまったのがどうやら僕だということはわかりましたよ」
にこやかな作り笑いで言ったルーファの言葉にリューリットは驚いた。
「過去の記憶を戻してもらったのか?」
ルーファはスカーレットの曽祖父に気に入られていた。
それならば、繰り返された時の記憶を戻してもらったのかもしれないとリューリットは考えた。
しかし、ルーファは「いいえ」と首を横に振った。
「でも、スカーレットが特別な存在だということは誰にでもわかります。そして、数刻とは言えど時が巻き戻る体験をし、リューリット兄様の意味深な言葉を聞いていればわかることです」
穏やかなはずのルーファの作り笑いが、リューリットにはとてつもなく恐ろしいものに感じた。
「どうして、退屈な頃の僕が暇つぶしに考えていたような出来事が起きていたのか、わかったのです」
リューリットの背に、冷や汗が流れた。
一度目の人生から八度目の人生まで、噂や虚言で愚かな貴族たちを操り、様々な事件を起こして暇つぶしをしていたのはルーファだった。
その末に愚かな王太子が平民の女と結婚し、王が急逝し、王となった愚か者が王妃の言うままに侵略戦争を始めることになった。
あまりに退屈だったから、ルーファは駒を使って世界を戦乱の世とした。
しかし、九度目の人生、スカーレットがルーファの退屈な人生を変えてしまった。
だから、リューリットはルーファの代わりに動いたのだ。
ループを繰り返すことで徐々に魂を成長させてくれ、膨大な魔力に押し潰されそうだった自分を救ってくれたスカーレットのために、スカーレットが計画通りに動きやすいように、これまでの八度の人生と同じ状況を作り上げた。
「スカーレット嬢は、私を救うために神が与えてくれた存在だ」
そう、リューリットは信じていた。
「だから、繰り返されてきたひどい人生の原因が僕だとスカーレットに伝えるつもりなのですよね?」
ルーファの気味の悪い笑顔が濃くなった。
「そんなこと、僕がさせるわけないじゃないですか?」
不意に、ルーファの視線がリューリットから外れて、ルーファは何かを思い出すように「あー、そういえば」と上を見る。
「リューリット兄様の乳母は元気ですか?」
「……まさか、乳母に何かしたのか!?」
「嫌だなぁ〜」とルーファは明るく笑って見せた。
「まだ何もしていませんよ」
ルーファの視線が鋭く、リューリットの心の臓を捉えた。
「今はね」
「スカーレット! 会いにきたよ!」
中庭が見えるテラスでお茶をしていたスカーレットの元にルーファは走ってきた。
スカーレットは今日も美しい骸骨の姿だった。
「ルーファ様、わたくしに会うというだけのご用事でしたら来てはいけませんとお伝えしたはずです」
「だって、昨日、大変だったから!」
昨日は父王の葬儀だったのだ。
突然の国王の葬儀では国民を不安にさせるため、第一王子と同じように密葬だった。
王太子が成人を迎えて正式に王位についた際に改めて亡くなったことを国中に知らせて葬儀を執り行うことになっている。
それまでは王が病気療養中のために王太子が政務を代行しているということにする。
父王が自身の婚約者を処刑しようとしていたという事実はラフェルに酷い精神的衝撃を与えたようで、謁見の間の惨劇も狂った王が行ったものだというルーファの説明をラフェルはあっさりと信じた。
そして、そのような場に立ち合わせてしまったことを、ラフェルはスカーレットに心から謝罪した。
その様子に、スカーレットがなぜラフェルだけを嫌っていなかったのかをルーファはわかったような気がした。
おそらく、繰り返される人生の中で、ラフェルの誠実さを目にしたのだろう。
しかし、もちろん、気に入らなかったので早々に二人を引き離した。
「スカーレットに会って癒されないとやっていられないよ!」
スカーレットはない肺でため息をつくと、ルーファにハーブティーを淹れる準備をした。
骸骨の時には希薄な感情も少女の姿の時にはすこし敏感さを取り戻すようで、スカーレットはラフェルに嫉妬するルーファの様子からどうやらこの王子は本当に自分のことが好きなようだと理解した。
これからも両親や領民たちを守っていくために再びマーリンから膨大な魔力をもらって骸骨令嬢に戻ったスカーレットだったが、一度理解したことは忘れない。
「ルーファ様は本当に変わっていますね」
ない唇が、ほんのすこしだけ、弧を描いた気がした。