51 粛清
お読みいただきありがとうございます。
「準備は整ったか?」
スカーレットを守護するように後ろに現れたマーリンの姿に、謁見の間に集まっていた貴族たちが小さく悲鳴をあげた。
これまで骸骨令嬢の姿を見てきていた貴族であっても、大人の骸骨……高級な魔法使いのローブを身に纏っている骸骨は見るからに邪悪で、生物の本能として受け入れられるものではなかった。
スカーレットが骸骨の姿だった時には、骸骨ではあっても華やかなドレスで着飾った小さな体であり、さらに、スカーレットはお茶会やパーティーでは魅了の魔法で周囲の恐怖心を和らげていたこともあり、その姿は奇妙であり、気持ち悪いという意味での恐怖や緊張感はあっても、死の危険を感じるようなものではなかった。
今まさに、生命の危機と直面しているというような絶望的な恐怖を感じることはなかったのだ。
スカーレットの小さな骸骨の姿に比べて、今現れたのは死の象徴そのもののような存在だった。
「大お祖父様、申し訳ございませんが、また魔力をくださいますか?」
「いや、ここから先はわしがやろう」
「どうしてですか?」
「わしの孫やひ孫を苦しめた男だぞ? わしにだって手を下す権利があるだろう?」
スカーレットに膨大な魔力を渡して10年、その間ずっと人の姿で過ごし、ひ孫に愛情を感じてきたマーリンはすっかりひ孫を甘やかしたいただのおじいちゃんと化していた。
スカーレットも元々自分が手を下す計画ではなかったので、誰が最後の締めを行ったところで気にしない。
「マーリン様、それには及びません」
そう口を挟んだのはルーファだった。
「スカーレット、僕がやるよ」
「どうして、ルーファ様が?」
「スカーレットは父上とレアル兄様が嫌いだっただろう? だから、兄様に父上を殺させ、その罰として兄様は処刑される予定だったんだ。父上にとっては愛する息子に刃を向けられることは最大の精神的苦痛を伴うことだし、次期王になる予定だった兄様にとっては処刑されるなんて屈辱的なことだからね」
ルーファの話が聞こえている周囲の貴族たちは恐怖を抱いた目を小さな少女を見た。
しかし、第三王子のリューリットには驚いた様子はない。
「つまり、そんな計画を妨げたラフェル兄様はスカーレットにとっては邪魔な存在だったはずだ。それなのに、スカーレットはラフェル兄様をこの場から逃した」
ルーファはラフェルが出て行った謁見の間の扉を見る。
これから惨劇が起こるこの部屋から逃がされたのはラフェルだけ。
エールシャルルはラフェルを逃すために使われたに過ぎない。
スカーレットにとっては特別な存在であり、ルーファにとっては憂慮すべき存在だ。
「つまり、スカーレットにとってはラフェル兄様は特別な存在だということでしょう?」
「でも」と、ルーファは視線をスカーレットに戻した。
「スカーレットは僕の婚約者だ」
ルーファの雰囲気がこれまでと変わった。
ニコニコとした上っ面の笑顔はいつもと変わらなかったけれど、その瞳は明らかに冷たい。
「僕は婚約者として、ラフェル兄様よりも特別になる必要がある。それにはどうしたらいいのか、ずっと考えていたんだ」
「だから」とルーファは笑みを維持する。
「僕が、父上を殺し、この場の貴族を制圧するよ」
「魔法もなしに、そのようなことができるのですか?」
「僕だって魔法は使えるよ」
「嘘をつくな!」と、すこし大きな声を出したのはリューリットだった。
「ルーファが魔法を使えるなんてこれまで一度も聞いたことがないぞ」
リューリットが繰り返した9回の人生の中で一度もそのような話を聞いたことはなかったし、ルーファは王侯貴族が通う王立魔法協会附属魔法学園にも通っていた人生がなかった。
「使えますよ」
ルーファは作り笑顔のままリューリットに視線を向けた。
「スカーレットに出会うまで暇で暇でとても退屈でしたからね。僕は城にあるあらゆる本を読みました。その中には当然、魔法書もありましたし、暇だったから一通りは練習しました。それに、僕とスカーレットは12歳になったら一緒に魔法学園に通いますから。その時に大魔法使いのスカーレットの婚約者が魔法を使えないとか言えませんから、スカーレットと出会ってから今日まで、一生懸命練習もしてきました」
「ただ」とルーファはすこし大袈裟に肩を落とした。
「残念ながら、魔力がそんなにないのです。だから、魔力を節約した魔法しか使えません」
「たとえば」と、ルーファは右手の人差し指を立てて、くるりと回して見せた。
すると、貴族たちの腰にあった剣が全て鞘から引き抜かれて宙に浮き、持ち主だった貴族たちの眼前に刃が向けられた。
「な、何をなさるのですか!? ルーファ様!」
王の隣に立つ公爵の喚き声に反応したかのように、公爵の目の前にあった剣がさらに公爵の眼球に触れるほどまでの位置に近づき、公爵は「ひっ」と短い悲鳴をあげた。
公爵は一歩後ろに逃げたが、剣はそのまま公爵についてくるだけであり、公爵はそれ以上剣が近づくことを恐れて何も言えなくなった。
「魔法で火の玉を作ったり、氷の刃を作ったりするのは魔力消費が大きいから、操作魔法だけでの攻撃にしたり……」
公爵の声など何も聞こえていないかのようにルーファの説明は続く。
ルーファは今度は左手の人差し指を立てて、くるりと回して見せた。
すると、玉座に座っていた王が自分の腰にあった剣を引き抜いて、自身の首元に刃を当てた。
「ゴーレムを作るのも魔力消費が大きいから、代用品を操作魔法で動かしたりと、魔力を節約しながらの魔法にはなるけど、一応使えます」
一度は自ら命を断とうとした王だったが、まさか二度も愛する息子に殺されそうになるとは思ってもみなかった。
「ルーファ……」
レアルに刺され、自殺が失敗に終わり、全てに対して投げやりな気持ちになっていた自分は狂ってしまったものだと王は思っていた。
しかし、違った。
首元に剣の刃が添えられ、死が目前に迫ってやっとわかった。
自分は死というものが何もわかっていなかったのだ。
だから、息子を殺すことができた。
だから、毒薬を飲むことができた。
だから、人々の命を奪っていった流行り病を気に留めることもなかった。
だから、最愛の妻は死んだのだ。
「……私が、殺したのか?」
その事実を、やっと理解した。
貴族たちは目の前の剣から逃げようと一歩下がったが、剣も動いてくるために逃げられない。
その恐怖で今にも失神しそうな者、すでに失神している者、咽び泣く者……
周囲のそんな状況を気にすることもなく、ルーファは「でも」と眉尻を下げてスカーレットに向き直った。
「この程度の魔法で、魔法使いの最高位にいるスカーレットに魔法が使えるなんて言うのは恥ずかしいから黙っていたんだけどね」
ルーファの魔法の異様さにリューリットは恐怖心を抱きそうになるのを堪えるために拳を握った。
「操作魔法なんて魔法、私は本で読んだことがないぞ」
「それはそうですよ」
再び笑顔を貼り付けてルーファは説明した。
「魔力の節約をするために僕が作りだした魔法ですから」
「ほぉ」っとマーリンが顎を撫でながら感心した声を漏らす。
「確かに、其方にはわずかな魔力しかないが、その魔力でこれだけのことができるとは……その才能、今後もスカーレットの役に立つだろう」
マーリンの褒め言葉にルーファは心から喜んだ。
「では、粛清しますね!」
ルーファが指をくるりと動かせば、それだけで全ての剣が全てのことを終わらせた。
王が四番目の息子の魔法で死を迎える時、息子は一度も父を見なかった。
それは、自分が愛した息子にとっては、自分のことなど目を向ける必要もない存在だと示されているようで、まるで、自分が国や国民という守るべきものに一度も心を砕かなかったことへの罰のようだと……
そんな自分の感慨を意識する前に、王は事切れた。