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43 愛の末に ※残酷描写があります。ご注意ください。

お読みいただきありがとうございます。


 一国の王である男の幼少期はそれほど幸せなものではなかった。


 両親は国を、国民を守るために毎日忙しくしており、小さな子供にかまっている余裕はなく、常に乳母やメイドたちと遊んでいた。


 男は子供ながらに孤独を感じていた。


 男の孤独を埋めたのは、両親が決めた婚約者だった。

 美しい婚約者は男の心を愛で満たし、孤独を癒してくれた。


 彼女と結婚した男は、四人の可愛い息子にも恵まれ、幸せな日々を謳歌していた。

 男にとって一番大切なのは国ではなく、自国で生きる国民ではなく、王妃と息子だった。


 だから、国が貧しくなり、食い繋ぐことが難しくなった国民が増えても気にせず、貧民街から流行り出した病気が国中に広がっても気にしなかった。


 王妃がその病で倒れるまでは。


 数日間高熱にうなされた王妃はあっけなく亡くなってしまった。

 愛した王妃を失った王は、王妃がいなくなった心の隙間を息子たちを愛することで埋めようとした。


 四人の子供達に分け隔てなく愛情を注ぎ、わがままな長男には寛容に接し、勉学が好きな次男には本を与え、王妃が一番苦しんで産んだ三男には専門医をつけて医者に治療法を研究させ、四男が孤独を抱えないように早めに婚約者をつけた。


「レアルは私が殺した」


 王は第一王子を愛するあまりに、殺すことになってしまった。 


 第一王子が学園で平民の女生徒と親しくなり、婚約者を蔑ろにしているという報告は受けていた。

 しかし、それは相手の身分を気にせずに愛を育むことができる第一王子の長所だと王は捉えていた。


 王太子という立場の第一王子が平民の女性を優遇するなど、他の貴族の反発が大きくなることは予想できたが、自分が妻を愛したように、息子も愛する人と巡り会えたのならばそれは喜ばしいことだとさえ考えていた。


 しかし、その結果、息子が魅了の魔法に侵されていることを見逃した。


 愛とは、身分を超えても成り立ち、尊重されるものだという自分の悠長な考えのせいで、息子は多くの貴族の批判に晒されることになった。


 そればかりか、牢獄に捕らえていたはずの平民の少女は脱走し、さらに第一王子は責任を問われ、とうとう王太子という立場を弟に譲ることになってしまった。


 王にとってはどの子も長所も短所もあり可愛い子供たちだったが、第一王子が他の兄弟たちよりも自分が劣っていると考えていることを王は知っていた。

 だからこそ、王はそんな第一王子のためにも第一王子の地位を守ってやりたかったが、それは叶わなかった。


 王太子の地位から追われただけでも第一王子にとってはショックなことだっただろうに、さらに第一王子の受難は続いた。


 学園で第一王子に魅了の魔法を使った平民の少女に誘拐され、その結果、第一王子は彼女を殺すことになってしまった。


 初めて人を殺めた第一王子の心の傷は深く、王は慰める言葉を上手く見つけることができなかった。


 ずっと城で守られながら生きてきた王には人を手にかけた経験がなかった。

 幸いなことに、前王の御代から自身が王であるこの時代も他国との戦争は起こっておらず、王は戦場に立ったことがない。

 領地を視察に回ることはあるけれど、わざわざ騎士で固めた王の馬車を襲う盗賊もいない。


 戦うこと自体が好きではない王は、そもそも剣の稽古自体も幼少期にすこし行った程度だった。

 前王である父からは戦場で指揮が取れるように鍛えておくようには言われていたが、王は運動もそれほど好きではなかった。


 そもそも治世に興味がないのだ。

 戦争が起こったらどうするかなど考えたこともなかった。


 そんな王に変わり、前王の頃から仕えている家臣たちは熱心に第一王子と第二王子に剣術を勧めていた。


 ヤンチャなところのあった第一王子は机に座って勉強するよりは剣の稽古の方を好んでいたし、生真面目な性格の第二王子は家臣たちの勧めのままに剣術を学び、溢れる才能で剣の技を磨いていた。


 だから、第一王子が王を襲った時、当然のように剣を構えたのは第二王子だった。

 王を身を挺して庇い、剣を抜いて第一王子に応戦し、騎士たちが第一王子を取り押さえるまで、気丈に王の前に立ち続けた。


 その結果、第二王子の傷は最初に受けた傷よりも深く、重症化した。

 その第二王子の姿に王は自分の愚かさを悔い、今まで邪魔だとさえ思っていた腰の剣を握った。


 そして、騎士たちの動揺を他所に、騎士たちに取り押さえられている第一王子に近づき、その首に剣を下ろした。


 第一王子はなんとも言えない声で呻いた。

 その呻き声はやけに長く続いた。


 それは、剣に不慣れな王のせいで、すぐに首が落ちることはなく、苦しみが続いているせいだとは王は理解できなかった。


 第一王子から呻き声が聞こえなくなると、ヒューヒューっといった空気が漏れる音だけが響いた。


 他の騎士たちを連れて走ってきた騎士団長がその光景を見て、王の手から剣を離させ、第一王子から王を離すと、騎士団長はただ黙って第一王子の首を切り落とした。




 見舞いに来た第三王子と第四王子、そしていつ見ても奇妙な姿のスカーレットが帰った後、王はベッドから立ち上がり、机の引き出しから前王から引き継いだ魔導具の箱を取り出して、詠唱しながら魔力を流し込んで蓋を開けた。


 箱の中には、毒々しい色の液体が入った小瓶が入っていた。

 王はその小瓶の蓋を取り、中身を一気に煽った。


「……」


 一向に訪れない死の闇に疑問を持ち、王は瞑っていた瞼を開いた。


 そして、目の前に立っていた緑色の青年に驚いた。

 肌はまるでゴブリンのような色なのに、顔立ちも耳もエルフのような青年だ。


 一体、いつの間に王の寝室に入り込み、自分の前に立っていたのか……

 全く気配のなかった青年に王は驚き、口を開いた。


 しかし、王は声が出なかった。


「私の主はあなたが逃げることを望んではいません。死とは静寂であり、最後の逃げ道です。私の主は、あなたが苦しめてきた人々のために、あなたももうすこしくらいは苦しむべきだと考えています」


 青年の瞳には全く感情が見えず、ただ彼が言う主からの命を忠実に遂行しているのだということだけがわかった。


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