42 王太子の婚約者
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第一王子が王を襲ってから数時間後、王宮の医師が処方した痛み止めが効いてきた頃に部屋の扉がノックされた。
部屋付きのメイドが扉を開けて外の者とすこし話をした後にラフェルに声をかけた。
「王太子殿下、エールシャルル様がお越しになりました」
「通してください」
エールシャルルが部屋に入ってくるとラフェルは人払いを行った。
まだ婚約者としては数回しか会っていないが、兄の婚約者だった頃からエールシャルルに対して好感を持てる人物だと思っていたためか、ラフェルはエールシャルルが思っている以上にエールシャルルのことを信頼していた。
「お怪我の具合はいかがですか?」
「心配をかけてしまいましたね。それほど深い傷ではないので、安心してください」
エールシャルルは王太子の傷が思ったよりも浅そうだということを確認して胸を撫で下ろす。
そして、スカーレットに報告しようと考えながら持参した小箱を差し出した。
「こちら、わたくしのお友達からいただいた貴重なポーションです」
箱の蓋を開けると、中には澄んだ液体の入った小瓶が入っていた。
「美しいポーションですね」
ラフェルは感心して言った。
普通の薬師が作るポーションはもっと濁った色をしているものだが、高位の魔法使いが作ったポーションはこのように澄んだ色をしていると聞いたことがあった。
「どのような怪我もたちどころに治るそうです」
「そんな貴重なものを……」
「どうぞ。お飲みください」
「しかし、これはエールシャルル嬢が怪我をされた時に……」
「取っておくべきではないか?」と言おうとして、ラフェルは口を閉じた。
エールシャルルの眼差しに覚悟が見えたからだ。
絶対にこのポーションをラフェルに飲ませようという気持ちが伝わってくるような眼差しだった。
婚約者のそんな眼差しにラフェルはなんだか気恥ずかしくなり、そしてエールシャルルのことを愛しいと思った。
自分のことをこれほど心配して、真剣な眼差しと覚悟で貴重なポーションを自分のために持ってきてくれたのだ。
そう王太子であるラフェルは思ったが、それは全て勘違いであることに気づくことはない。
エールシャルルは一時間ほど前に会ったスカーレットのためにラフェルにポーションを飲ませようとしているに過ぎない。
いつもとすこし様子の違っていたスカーレットが、絶対にこのポーションをラフェルに飲ませるようにと言ったのだ。
エールシャルルが心を寄せて忠誠を誓っているのは今やスカーレットだけだ。
賢く、優しく、次期王に相応しいと言われているラフェルと婚約してもそれは変わらない。
エールシャルルはスカーレットに救われた日から、スカーレットにのみ仕えることを決めている。
スカーレットがラフェルのことを気にしていたから、スカーレットの気持ちを軽くするためにポーションをラフェルに飲ませるというミッションを遂行しようとしているだけだ。
それが初めてスカーレットから与えられた具体的な使命だったから、絶対に成し遂げなければいけないという思いがエールシャルルの眼差しを真剣なものにしていた。
「わかりました」
ラフェルはエールシャルルの気持ちを汲むように、そっとエールシャルルからポーションを受け取り、それを飲んだ。
すると、体の芯から魔力が溢れ、細胞を回復させて傷口を塞いでいった。
「これは本当にすごいポーションですね。本当にこれは私が使っても良かったのでしょうか?」
それは当然だ。
これはスカーレットがラフェルに使うようにとエールシャルルに渡したものなのだから。
しかし、スカーレットはその事実は隠すようにと言った。
ポーションを作ったのがスカーレットであることは知らせても構わないが、あくまでもスカーレットがエールシャルルに贈ったものを、エールシャルルの意向でラフェルに使ったことにするようにと言っていたのだ。
だから、エールシャルルは微笑んだ。
「もちろんですわ」
「エールシャルル嬢には感謝しても仕切れませんね」
「そんな……ポーションを贈ってくださったスカーレット様にお礼をお伝えしておきますわ」
「スカーレット嬢というと、スカル侯爵のご息女で、ルーファの婚約者の?」
「ええ。スカーレット様がこの世界で最もすごい魔法使いだと思いますわ!」
スカーレットのことを話せるのが嬉しくて、エールシャルルはすこし興奮気味に言った。
「エールシャルル嬢はスカーレット嬢が大好きなのですね?」
「ええ! それはもちろんですわ!」
年下の令嬢のことだというのに、本当に誇らしそうに話すエールシャルルの様子をラフェルは可愛らしいと思った。
「スカーレット嬢に嫉妬してしまいそうです」
優しく微笑みながらラフェルは言った。
ラフェルの言葉にエールシャルルは首を傾げた。
「どうしてですか?」
心底不思議そうに聞いてくるエールシャルルの仕草がとても愛らしく見えて、ラフェルは自然と緩む頬に幸せを感じた。