40 動揺
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次の瞬間、ルーファは慌てて立ち上がるということはせず、冷静に、スカーレットを見た。
スカーレットは表情を悟られることのない骸骨の顔だ。
けれど、その骸骨の顔が恍惚としているように、ルーファには思えた。
そして、ルーファはそんなスカーレットを愛しいと思ったし、おそらくこの状況を意図的に今日この時間に作ったのであろうスカーレットの才能に興奮した。
しかし、昂りそうになった感情をルーファは抑える。
まだ騎士が部屋にいる。
ここでおかしな行動はできず、場違いな感情を見せることもできない。
ルーファは驚き、取り乱した表情を作ってから椅子から立ち上がって騎士に向き直った。
「父上は無事なのか!?」
「第一王子に背中から刺されましたが、王太子殿下が庇われ、命に別状はありません」
「そうか。すぐに、父上のところに……」
ガタリッと椅子が倒れる音がしてルーファは言葉を止めてスカーレットを見た。
珍しく、スカーレットは取り乱し、立ち上がった拍子に椅子が倒れてしまったようだった。
スカーレットのいつもよりも白く感じる顔を、ルーファは訝しく思った。
どうして、スカーレットが動揺しているのだろうか?
父王が刺される事態は、スカーレットの計算通りに引き起こされたはずだ。
だからこそ、今日、彼女は自分の誘いに乗って昼食を食べに来たのだから。
(父上のことで動揺したのではないのなら、ラフェル兄様のことで動揺した? どうして、スカーレットがラフェル兄様のことを気にするのだろうか?)
自分以外のことを気にする婚約者の様子に、ルーファはすこし不満を抱いた。
しかし、それを表に出すことはない。
ルーファが不満を抱いて拗ねたところで、それでスカーレットが自分に関心を寄せてくれるはずがないからだ。
むしろ、つまらない人間だと思われる可能性の方が高いだろう。
それどころか、もし、面倒な存在だと思われたら、きっとスカーレットは自分から離れてしまうに違いない。
そう考えて、ルーファは自分の中に生まれた黒い感情を綺麗に隠した。
本心を父王を心配する演技で隠したルーファはスカーレットに手を差し出した。
「スカーレット、一緒に来てくれる?」
スカーレットはすぐにそのルーファの手を取って頷いた。
これですこしはスカーレットの役に立つことができただろうかとルーファは思案する。
ルーファがスカーレットに声をかけた瞬間、騎士がギョッとしたのをルーファは見逃さなかった。
あとで彼には死んでもらうことをルーファは決める。
スカーレットは優しいから自分を気味悪がる者たちを許すが、ルーファは許すつもりはない。
こんなに美しいスカーレットを気味悪がるなんてどうかしている。
そんな目の悪い者たちはこの世界から一掃してしまった方が本人たちのためにもなるだろうとルーファは考えていた。
「父上の元へ案内してくれ」
騎士はスカーレットから視線を逸らして「はっ!」と背筋を正した。