38 第三王子
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「やっぱり、すぐには譲ってくれないみたいだな」
晩餐会から自身の別棟に戻り、自室に入ったリューリットは先ほどのルーファとの会話を思い出して呟いた。
扉がノックされ、すぐに一人の女性が入ってきた。
リューリットの乳母だ。
他の王子たちの乳母は王子たちがそれなりの年齢になったら城から出されて家に返されているが、リューリットは病弱だったためにリューリットの体調を一番理解している者として乳母が残されていた。
「リューリット様、お薬をお持ちしました」
「ありがとう。乳母」
リューリットは薬の入ったグラスを手に取り、一気に飲み干した。
実のところ、この薬が栄養剤程度の効果しかないことをリューリットは知っていた。
けれど、これには乳母の愛情が込められていることも知っていたため、無下にすることはない。
リューリットの病は普通の病ではなかった。
そして、そのために、この世界が何度も時を戻されていることも知っていた。
一度目のループの時、自分の病の原因を知らぬままにリューリットは命を落としかけた。
自分でも命の火が消えかけていることを感じていた時、リューリットの時は戻り、死を回避してしまった。
しかし、病が良くなったわけではなく、病は変わらずに続いていた。
病はそのままに時が戻ったのだ。
つまり、死ぬことで解放されるはずだった病の苦しみの中に戻ってきてしまった。
リューリットは自分は死ねない運命なのだろうかと運命を呪った。
しかし、二度目のループは一度目とは違って体の限界が訪れる前に起こった。
その時、もしや、このループは自分の死とは関係ないのだろうかと思った。
三度目、四度目と時が戻り、リューリットは確信した。
このループは自分とは関係のないところで起こっている現象なのだと。
そして、自分の病は普通の病とは違うことにも気がついた。
ループを繰り返すうちに不思議と体が楽になってきたのだ。
そして、自分の魔力を感じるようになった。
その魔力は、病に侵されている時には熱だと感じていたものだった。
自分の魂を焼き尽くそうとしていた熱は、幼い魂では扱いきれなかった魔力だったのだ。
六度目の人生で、自分はただ膨大な魔力に耐えられなかっただけなのだと気がつくことができた。
そして、この不可思議なループを繰り返す中で、魂が成長し、魔力を認識できるまでになった。
そして、体がだいぶ楽になった七度目、八度目の人生でリューリットは魔法を極めるために勉強をした。
魔力を扱えるようになれば、もう病の苦しみを恐れることはないのだ。
そして、九度目の人生、弟の第四王子が異形の少女と婚約したことを聞いた。
その少女が一度目の人生では一番上の兄の婚約者と同じ名前であり、九度目の人生では骸骨の姿で魔法が巧みだと聞いて、リューリットはスカーレットこそがこの不思議なループの原因なのだと確信した。
スカーレットこそが、一度目の苦しいだけの人生から自分を救ってくれた人物なのだ。
「彼女は、神が私に与えた少女だ」
だから、自分こそがスカーレットの婚約者に相応しいと本気でリューリットは思っていた。
そして、だからこそ、リューリットはルーファのせいで変わりそうだった展開を、八回の繰り返しの通りにお膳立てしたのだった。