36 強者
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それは、ルーファだけではなく、スカーレットを見守るマーサの目にも、そのように映っていた。
(やはり、ルーファ第四王子にスカーレット様はもったいないわ)
マーサはスカーレットが自ら選んだ侍女だ。
エールシャルルの従姉妹であるマーサの父親はロンレーナ伯爵の兄だったが、弟の方が賢く、家を継ぐのに相応しいと自ら継承権を弟に譲った。
そして、貧しい子爵位の家に婿に入った。
貴族とは言えど貧しい家で育ったマーサは、成人しても結婚するのではなく、働くことを選んだ。
そして、就職先に選んだのが当時、王都の屋敷を空けて一家全員が領地に引き籠もっていたスカル侯爵家だった。
スカル侯爵家の令嬢は異形だという噂は王都でも有名だった。
それは、スカル侯爵が非常に優秀で、王の信頼厚い宰相だったために、多くの貴族から注目を浴びる人物だったからだ。
そんなスカル侯爵の元でならば安心だと、マーサの両親はマーサの就職を許してくれた。
そして、マーサは初めて王都を離れて王都から馬車で数日かかるスカル侯爵領へと向かった。
そこで出会ったのは小さな骸骨の少女だった。
肉や筋肉などがついていないために、少女は同じ年頃の子供たちと比較しても非常に小さかった。
マーサはそんな少女を思っていたよりもずっと愛らしいと思ったが、そんなマーサに少女は自分は魅了の魔法を使っているのだと教えた。
そして、不思議なことを言ったのだ。
「あなたは最初の人生からずっと逃げ出さずに我が家に尽くしてくれました」
「だから」と少女は器用に指を鳴らした。
「わたくしから逃げるチャンスをあげます」
その瞬間、少女が魅了の魔法を解いたことがわかった。
しかし、マーサは少女のことを怖いとは思わなかった。
むしろ、なぜか、とても懐かしく、ずっと会いたかったような気さえもしたのだ。
マーサは小さな少女の小さな小さな手をとって、そっと包み込んだ。
「スカーレットお嬢様、わたくしはスカーレットお嬢様に末長くお仕えしたく存じます」
マーサの言葉を聞いたスカーレットはマーサの手を握り返し、父親に言った。
「お父様、わたくしの侍女はマーサだけで充分です」
娘が異形とは言えど、スカル侯爵は王の信頼厚い人物だったために、スカル侯爵家の侍女になりたいという申し出は何通も届いていた。
しかし、スカル侯爵は異形の娘を多くの人の目に晒す気はなく、侍女の選定を非常に慎重に行なっていたのだ。
そんなスカル侯爵に、マーサだけを呼ぶようにお願いしたのはスカーレットだった。
スカル侯爵は魅了の魔法が解けてもスカーレットに接する態度を変えなかったマーサに満足し、マーサをスカーレットの侍女にすることとした。
スカーレットに選ばれて侍女をしているマーサはそのことを誇りにしていた。
そんなマーサからすると、スカーレットが望んでもいないのにスカーレットを選んで婚約者になったルーファに不満があった。
スカーレットに選ばれてもいないのに、スカーレットの隣に立つ資格があるのだろうか?
そんな風に思いながらルーファを見ていると、不意にルーファがニヤリと口角を上げた。
「そんな顔をしても、スカーレットと結婚するのは僕ですからね? マーサ」
「くっ! これだから権力者は!!」
一国の王子をただの権力者扱いするマーサもなかなかの強者だとスカーレットは思った。