35 約束
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変化蜥蜴の記憶を見たスカーレットはない唇で弧を描いた。
スカーレットが繰り返した人生のうちで一度も自分の手を汚すことのなかった第一王子が、やっと己の手が血の色で染まっていることに気づいたのだ。
朝になりレアルが王宮の騎士たちに発見されるところまでを見て、スカーレットは変化蜥蜴への労いにすこし魔力を分けてやってから変化蜥蜴をミルスに渡した。
変化蜥蜴はミルスの腰に下がっていた薄く削いだ木の皮で作られた筒状の籠に入っていった。
「ミルスもご苦労様」
そう微笑めば、微笑まれたのがわかったようにミルスは嬉しそうにその目を細めた。
王族が戦争を起こしても国内の者が裁くことは難しい。
王族とは国の頂点に立つ者だからだ。
そんな王族が平民の少女を一人殺したところでさしたる問題にはならなかった。
特に、殺された少女は王子を魅了の魔法で惑わせ、牢獄から脱走までした人物だ。
さらに、なんらかの方法で王子を誘拐したであろうという嫌疑までかけられている人物であれば、王子に殺されたところで同情する者はいなかった。
むしろ、当然の報いだと、城内で働く者たちや貴族たちには考えられていた。
それにも関わらず、少女を罰した王子は塞ぎ込み、部屋に閉じ籠もるようになった。
「レアル兄様が部屋に閉じ籠もって食事もあまり食べられないということで、今日の晩餐は父上と他の兄弟たちと一緒に食べることになったんだ」
普段は自分たちの別宮でそれぞれに食べているのに面倒だとルーファはスカーレットに愚痴を言った。
王と王太子は本宮に部屋があるが、それ以外の王子にはそれぞれ別宮が与えられ、そこで生活していた。
「お食事も摂れないほどに塞ぎ込んでいるなんて、心配ですわね」
全く心配などしていないスカーレットの声音にルーファは気をよくして焼き菓子を食べた。
「どうせ誰かと一緒に食べるなら、僕はスカーレットと食べたいな」
「そういえば、ルーファ様がスカル領に滞在した時にしかお食事を共にしたことはございませんでしたね」
「そうだよ! だから、今度、一緒に晩餐を食べよう! その日は泊まって行きたいな」
「ルーファ様はお忙しいでしょうからそのような時間はないでしょう」
「ううっ……」とルーファは項垂れた。
しかし、スカーレットはその後にルーファが想定していなかった言葉を言った。
「ですから、今度、お城で一緒に昼食をいただきましょう」
ルーファは表情を明るくして、スカーレットの気が変わらないうちにすぐに賛同した。
「絶対だよ! 約束だからね! スカーレット!! スカーレットが満足いく昼食を用意させるよ!」
「わたくしが満足いく昼食……ルーファ様はわたくしの食事する姿が気味悪くはないのですか?」
「スカーレットのことを気味悪がるわけがないだろう? 僕はスカーレットのことが大好きなんだから!」
そんな素直な言葉でスカーレットが喜んでくれたことは一度もない。
スカーレットは心底呆れたような眼差しをルーファに向けた。
「本当にルーファ様は変わっていますね」
それでも、そういう時のスカーレットの眼差しは優しい。
ルーファにはそう感じられた。