32 計算違い
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貧民街を抜けて王都の華やかな通りにでも出るのかと思っていたレアルだったが、ユリアに手を引かれて辿り着いたのは、古びてすこし崩れてきている城壁だった。
城壁は王都を守るためのものだ。
しっかりと隙間なく立っているはずの城壁にこのように古びて崩れている箇所があるなど、レアルは知らなかった。
定期的に修繕されているはずの城壁だったが、その場所はどう見ても何十年も誰も修理していない状態だ。
貧民街の奥にあるために城壁の調査をする者が寄りつかずに現状に気付いていないのか、それとも修繕依頼を出された職人たちが目立たない場所だからと後回しにしてきた結果なのか……
そんなことはレアルには想像もできなかったけれど、レアルはユリアに手を引かれるままに城壁が壊れて人が通れるような大きさの穴ができているところから外へ出た。
しばらく、城壁の外の森の中を歩いていたが、それまで一言も喋らずに緊張しながらもレアルを誘導していたユリアがほっと息をついた。
「ひとまず、ここまでくれば大丈夫ね」
ユリアが緊張感を緩めてレアルに笑いかけた。
「レアル様、大丈夫ですか?」
極度の緊張感が緩んだためか、レアルにはユリアの笑顔がすこしだけ可愛く見えた。
「ああ。大丈夫だ」
木々の下、柔らかそうな草の上に二人は腰を下ろして休憩した。
「其方はどうしてあのようなところに来ていたのだ?」
本来ならばどのように地下牢から逃げたのかとか、協力者は誰なのかとか、そういうことを聞くべきなのかもしれなかったが、この場でユリアを捕まえて城に連れ帰るということができないため、レアルはひとまず自分を助けてくれた経緯を聞こうとした。
第一王子がもうすこし賢ければ、何らかの方法で自分を城から誘拐してあのような古びた小屋に閉じ込めたのがユリアやその仲間である可能性も考えたのだろうが、極度の緊張感から解放されたレアルの警戒心はゆるゆるだった。
「王太子様がお姿を消したと、お城から街中に知らされたのです」
レアルはユリアの言葉に血の気が引き、絶望した。
「最初聴いた時は驚きましたが、でも、お城からの発表があったおかげで私が王太子様をお助けすることができました」
ユリアはレアルの顔色がそれまで以上に悪くなったことに気づくこともなく、機嫌よく話した。
(あの気味の悪い見た目をした亜人もなかなか役に立つわね)
ユリアは内心で自分を地下牢から出してくれた亜人を思い出す。
その亜人はユリアの指示の通りにレアルを誘拐して貧民街に置き去りにしてくれたのだ。
(王太子様を救ったのだから私は無罪放免……いいえ、それどころか今度こそレアル様の婚約者になれるのではないかしら? だって、この国の次期王の命の恩人なのだから)
ユリアはご機嫌に浅はかな考えを巡らす。
(王妃になれたら、あの亜人にすこしくらいお小遣いをあげてもいいわね)
鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌な様子のユリアをレアルは苛立たしそうに見た。
「其方、私を救ったから罪が軽くなるとでも思っていないだろうな?」
「当然、王太子様を救ったのですから、褒賞として免罪符がいただけるのではないですか?」
「やはり其方は平民の愚かな娘だな」
レアルが鼻で笑った。
王太子を救った者に対するひどい侮辱にユリアは眉を寄せた。
「王太子様、王太子様を助けた者に対して随分と失礼な言葉じゃないですか?」
「私はもう王太子ではないぞ?」
「……え?」
レアルの言葉はユリアには衝撃的なものだった。
当然だ。レアルを王太子だと思っていたから、ユリアは勇気を振り絞って危険を冒すことができたのだ。
「其方が脱走したせいで、私は王太子から外されたのだ」
「……王太子ではない?」
「そして、第一王子が失踪したなどという重大事件を大々的に知らせるということは、誘拐犯などとは決して交渉しないという国王の意思の表れだ」
「つまり」とレアルは自嘲する。
「失態を繰り返した私は完全に父上に見放されたということだ」
レアルが敬愛する父親に見放されたことなど、ユリアにとってはどうでもいいことだった。
眉尻を上げて、ユリアはレアルに詰め寄った。
「あんたが王太子じゃないってことは、あんたを助けたところで私は王妃になれないってこと!?」
ユリアのキンッと尖った声が森に響いた。
「其方が王妃?」
レアルは再び鼻で笑った。
「まだそんな身の程知らずなことを考えていたのか?」
「身の程知らずって何よ? 本来、この物語は私のための物語のはずでしょう? それが、本来の話には出てこない骸骨のあの少女が登場してからおかしくなったのよ!」
間近で耳に痛い尖った声を出されることが不快で、レアルは立ち上がってユリアから距離をとった。
レアルが離れると、ユリアは地面に視線を向けて「いえ、違うわ……」と呟いた。
「そもそも本来の悪役令嬢はどこに行ったのよ? 王太子の婚約者はスカーレットという名前のはずなのに、全く別の女が婚約者になってて、卒業パーティーでは骸骨の邪魔が入るし……」
この物語のヒロインである自分は卒業パーティーで王太子にプロポーズされ、その流れで国王に紹介されて、国王をも魅了の魔法にかけて王太子の婚約者になる予定だったのに……
前世との記憶とは全く違う展開に、ユリアは不満を抱いていた。