30 きっと楽しい
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スカーレットが第一王子や王のことを好きでないことは、ルーファもなんとなく感じていた。
それならば、王族そのものを滅ぼしてしまえばスカーレットの憂いはなくなるのではないかと思い聞いたのだが、スカーレットのその瞳が見開かれ、ルーファを凝視した。
もちろん、実際にはスカーレットの瞳がある場所は空洞で、その空洞のサイズが驚きに変わるということもない。
それでも、ルーファにはスカーレットの深淵みたいな真っ黒な二つの空洞が驚きに揺れ、自分をじっと凝視しているように思えた。
「……王族を滅ぼすとなると、ルーファ様も滅ぼされることになりますが?」
「僕はスカーレットのお婿さんになれば王族じゃなくなるだろう? だから、僕のことは見逃してくれないかな?」
そうルーファが悪びれる様子もなく微笑むと、スカーレットは思わず笑ってしまった。
第四王子のルーファは変わり者だとは思っていた。
けれど、まさか、王族を滅ぼしたいかなどと聞いてくるとは思わなかった。
しかも、その目も、その口調も、スカーレットの返答によってはその願いを叶えようとしているようだった。
「ルーファ様はお父上である王様のことを敬愛されていると思っておりました」
ルーファは王子という立場ゆえか、他者を見下している節がある。
それでも、父親の話をする時にはそのような部分は見えなかった。
だから、ルーファにとって父親というのは特別な存在なのだと思っていた。
スカーレットの言葉にルーファは微笑んだ。
「もちろん、父上のことは尊敬しているし、好きだよ?」
「それならば、どうして、王族を滅ぼしたら嬉しいかなどと聞いたのですか?」
まさか、反逆者を炙り出すための質問だったのだろうか?
それにしては直接的すぎてルーファらしくないが、それさえも罠かもしれない。
それならば、今、この瞬間、ルーファを亡き者にする必要があるだろう。
そう警戒したスカーレットに、ルーファは「でも」と無邪気に笑った。
「スカーレットの方がもっと好きなんだ。好きな人の希望を叶えてあげたいと思うのは自然なことだろう?」
スカーレットはじっとルーファを見た。
ルーファの言っていることをスカーレットは理解できた。
自分は両親を愛し、両親を慕っているスカル領の者たちのことも守らねばならない対象だと考えている。
彼らを守るためならばこの国の王にも刃を向けるつもりだ。
そんなスカーレットの考えと、ルーファの考えはそれほど違っていないだろう。
けれど、スカーレットは自分のことだから自分の気持ちがこの先も変わることのないものだと知っている。
自分の愛が両親に向けられ続けることに確信がある。
しかし、ルーファは他人だ。
それも、9周目の人生で初めてまとも顔を合わせた人物だった。
そんな人間の気持ちが変わらないものだとスカーレットは信じることはできなかった。
「……わたくしのことを好きじゃなくなったら、ルーファ様はわたくしを殺すのですか?」
スカーレットの疑問に、ルーファは不思議そうな表情を見せ、それからしばし考える素振りを見せた。
「スカーレットを好きじゃなくなる時が想像できないけど、多分殺さないんじゃないかな?」
「どうしてですか?」
「だって、スカーレットの方が強いでしょ?」
再び無邪気に笑ってそう言ったルーファの言葉を反芻して、スカーレットは頷いた。
「それは、そうですわね」
だって、自分は誰よりも強くなるために何度もループを繰り返してリッチになったのだから。
第一王子にも、王にも、どんな剣豪にも、どんな魔法使いにも、どんな魔物にも脅かされないように、大切なものを守り抜けるように力を手に入れた。
だから、ルーファが自分のことを好きじゃなくなったら自分を殺すのかという質問は意味がなかった。
ルーファが刃を向けるのならば、スカーレットがルーファを殺すだけなのだから。
「無駄な質問をしてしまいましたわね。失礼しました」
「どんな会話でも、スカーレットとの会話なら僕は楽しいよ」
(それに)とルーファは機嫌よく思った。
(自分を殺すのかなんてことを、疑念を持つ相手に直接聞くなんてスカーレットしかしない)
愚かな人間ならばそういうこともあるかもしれないが、スカーレットは違う。
賢い人だ。
それでも、それを聞いたのは、確実に自分が勝てるという確信があってのことだろう。
(僕の力じゃ絶対にスカーレットには勝てない)
(それでも)とルーファは考えるのだ。
(もしもスカーレットのことを好きじゃなくなった時には、スカーレットに刃を向けてみるのもいいかもしれない)
スカーレットのことを好きじゃない自分はおそらく、ものすごくつまらない世界に生きることになるだろう。
退屈で退屈で戦争を引き起こしたくなるかもしれない。
しかし、それならば、戦争を引き起こすよりもスカーレットに挑む方が面白いかもしれない。
そうして、好きだった美しい人に殺されるのならば、その方がきっと楽しいに違いない。