24 最後のチャンス
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「わたくしの役に……」
スカーレットはない唇を持ち上げて微笑んだ。
もちろん、その表情は誰にも読めない。
だからこそ、安心して微笑むことができるのだ。
膨大な力を得て、骸骨になって感情が希薄になってもなお自分に感慨深いものを感じさせる人を、エールシャルルには守ってもらわなければいけない。
「エールシャルル嬢には第二王子の婚約者になってほしいのです」
想定外の指示が来ることはわかっていたが、まさかスカーレットにそのような指示を出されるとはエールシャルルは思っていなかった。
望まぬ婚約から救ってくれたと思ったのに、また自分に王族の婚約者になれというのか……
「スカーレット様、お父様や……もしかして、王に何かを言われたのですか?」
自分を説得するようにとでも言われたのだろうか? と、エールシャルルは疑念を持つ。
「いいえ。ロンレーナ伯爵はいまだにエールシャルル嬢をわたくしの護衛騎士にと申しておりますし、王とはお会いしておりません」
「では、なぜ、そのようなご指示をされるのですか?」
「わたくしにとって必要なことだからです」
スカーレットは自分の骨の手に視線を落として、それからその手を骨の頬に当てた。
「わたくしはこのような見た目をしていますから、社交界では動きにくいのです。ですから、エールシャルル嬢にはわたくしの代わりに社交界で情報を収集して欲しいのです」
「それでしたら、王子の婚約者でなくともできます」
「第二王子の婚約者という立場の方が多くの情報が自然と集まってきますよね?」
特に今は王太子の立場が危うい状態だ。
第二王子が次期王となり、その婚約者が王妃となる可能性は大いにあるし、エールシャルルが第二王子の婚約者となれば、さらにその可能性が高いと人々は思うだろう。
そして、未来の王妃の侍女の座を狙う令嬢たちは率先して様々な情報を持ってくるに違いない。
「さらに、第二王子の婚約者という立場であれば、社交界を動かすことも容易いでしょう」
「……スカーレット様は、社交界を動かしたいのですか?」
社交界を動かすというのは、噂を含めたあらゆる情報を使って裏から人々の行動を操作するということだ。
それはエールシャルルが思い描くスカーレットの姿とは違っていた。
スカーレットには魔法という強大な力があるため、裏からコソコソと人々を操作する必要もなく、堂々と振る舞うことが可能だと思っていた。
それは脳筋のエールシャルルの想像力が乏しいだけで、実際にスカーレットが強大な魔法の力を振りかざせば、その姿も相まって魔王が出現したと大きな反発を招くだけだろう。
「今すぐに社交界を動かす予定はありませんが、動かしたくなる時が来るかもしれませんから、下準備は必要でしょう」
「それとも」と、スカーレットの空洞の目がエールシャルルに向けられる。
「やはり、このような指示は拒絶されますか? それならそれで構いません。早々にお家にお帰りください」
おそらく、この提案を断ったらもうスカーレットは会ってはくれないだろうと、エールシャルルは感じていた。
そして、スカーレットは他の者を使って社交界の情報を得るのだろう。
きっと、スカーレットは自分がこの指示を断ったとしても困らず、今後お茶会で自分と会っても挨拶をするだけの関係に戻るのだろう。
卒業パーティーではスカーレットから話しかけてくれたけれど、それはエールシャルルとスカーレットが親しい関係だったからではない。
スカーレットの祖父である学園長の様子からもわかるように、スカーレットは学園長から王太子にかけられた魅了の魔法を解くために呼ばれたのだ。
そして、スカーレットは自分を守るために側にいてくれ、ルーファを側に置いてくれたのだ。
だから、ここで関係性を断ったらもうスカーレットの懐に入るチャンスは無くなる。
「……」
エールシャルルは意を決してスカーレットの空虚な瞳と真っ直ぐに向き合った。