22 本質と罰
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領地の屋敷とは違い王都にある屋敷には温室がないことをスカーレットは残念に思っていた。
温室があれば、春の日差しを感じながら温室の中で咲く花の美しさも味わえただろう。
「ん〜、やっぱりスカーレットの淹れてくれたハーブティーは美味しいなぁ〜!」
お茶室のテラスからスカーレットはまだ花が咲くには早い中庭を見つめた。
「ルーファ様、どうしてこのような時間に? いつもよりも随分早い時間の訪問ですが、授業やお仕事はどうされたのですか?」
「今日は予定が何もなかったから、すこしでも長くスカーレットと一緒にいたくて早く来たんだ! 危うく、今日もエールシャルル嬢にスカーレットとの時間を奪われるところだった!」
「わたくしは探しに行くつもりはございませんでしたよ」
「でも、領地に入ったらミルスに護衛くらいはさせているのだろう?」
「残念ながら今日はミルスには他の仕事を任せています」
「ミルス以外にもいるじゃないか。スカーレットには部下が沢山いるのだから」
まるで自分の家のようにくつろいでいる様子のルーファにスカーレットの後ろに控えるマーサがジト目を向けている。
ルーファはこの国の第四王子ではあるが、マーサからしたらスカーレットの邪魔をするお子様でしかない。
「それで、今、エールシャルル嬢は何をしているのかな?」
「木々と戯れております」
「それなら心配いらないね」
ルーファの質問にスカーレットは答え、二人はティーカップに口をつける。
ルーファはユースと直接会ったことはなかった。
けれど、スカル領の騎士たちに差し入れを持って行った際に色々と話は聞いている。
スカーレット自身、急いでエールシャルルを助けに行かなければいけないとは思っていないし、ルーファはスカーレットが行くまでもないと考えていた。
マーサはスカーレットの声の調子からエールシャルルの無事を確認して内心安堵していた。
「そういえば、レアル兄様があの平民の管理をすることになったんだ」
スカーレットの部下に保護されているなら問題ないし、ルーファはエールシャルルの問題を忘れることにした。
「被害者とは言えど、魅了の魔法をかけられるような隙を見せた責任としてね」
「そうですか」
スカーレットの返答はとても淡白なもので、それは通常通りだったけれど、ルーファはすこし意外に感じた。
もっと呆れたような様子を見せると思っていたからだ。
「すでに知っていたかな?」
「いいえ」
「犯罪者の管理なんて罰にもならない生ぬるい罰を与えるなんて愚かな王だと思うかい?」
「いいえ」
決して自分の考えを語ろうとはしないスカーレットにルーファは苦笑した。
「魅了の魔法は術者に好意を持つ魔法だ。たとえそれが恋愛感情に発展するほどの強い効果があったとしても、人前で婚約者を辱めるような性格破綻まで起こす効果はない。術者に唆されたとしても、それを受け入れて実行に移したのはレアル兄様の本質だ」
卒業式のあの一件は魅了の魔法をかけられていたから仕方なかったと言えるようなものではなかった。
ある意味、王太子の本質……あれが全てだとは言わなくても、その一端を見せることになった事件だった。
本来ならば王太子の資質を問われるような事件だったが、エールシャルルにその場で無様にフラれ、面目をまる潰しにされた王太子に魅了の魔法さえなければと同情する声もある。
「いつもは厳格に見える父上だけど、正直、子供たちには甘いんだ」
「知っています」
聞き慣れたスカーレットの声がやけにひんやりと冷たく響いた気がした。
その声のせいか、骸骨の顔についた丸い二つの穴がいつもよりもずっと暗い闇を湛えているように見えた。
しかし、それはほんの一瞬のことで、スカーレットは細い指をテーブルの上のクッキーに伸ばしてひとつ摘んだ。
それを歯並びのいい歯の間に挟んで砕く。
普通の人間ならば歯を何度か上下させて咀嚼するが、スカーレットはひと口食べるとそのまま口を閉じ、しばし待ってから残りのクッキーを口の中に入れる。
ルーファはそれがスカーレットの骨の中にいるスライムの姿を他の人の目に晒さないための食べ方だと知っている。
そうしてスカーレットはクッキーを食べてから、気持ちを切り替えたようにいつもの声音で言った。
「王がお子様方のことを大切に思っていることは存じております」
先ほどの冷たい声と闇を纏ったような雰囲気が嘘のような穏やかさだった。
スカーレットは冷めた紅茶を歯並びのいい口を開けて流し込み、再び中庭へと視線を向けた。