21 第四王子
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「ロンレーナ宰相、私の婚約者の屋敷で何をしているのですか?」
ロンレーナ伯爵がスカル侯爵の屋敷で状況を説明していた応接室に、突如現れた人物がいた。
相変わらず周囲が止める声を聞かずにスカーレットの元へとやってきたルーファだ。
いつもなら応接室の扉を開けることなどないのに、いつもの躊躇することのない歩みで屋敷の中を進み、応接室の扉を迷いなく押し開けた。
まるでルーファにはスカーレットを探すセンサーでもついているようだった。
自らが仕える王の第四王子の姿にロンレーナ伯爵が慌てて立ち上がった。
「ルーファ第四王子、このようなお早い時間にスカル侯爵のお屋敷をご訪問とは、本日の授業はどうされたのですかな?」
「ロンレーナ宰相こそ、登城もせずに私の婚約者の屋敷で何をしているのですか?」
ルーファは再度同じ質問をした。
「それが、私の娘が書き置きを残してスカル侯爵領へと行ってしまったため、謝罪と連れ戻すための支援をお願いしに参ったのです」
「この数日、姿を見かけないと思ったら強行手段に出たのか……」
「はい……」
ロンレーナ伯爵は当然、ルーファがほぼ毎日この屋敷に通っていることを知っていた。
そのため、娘が王子に遭遇しているかもしれないとは思っていたが、やはり何度か出くわしたことがあったようだ。
「私のスカーレットの迷惑にならないようにエールシャルル嬢をよく管理しておいてください」
(スカーレット嬢にとっては王子も十分迷惑なのでは?)と思ったが、ロンレーナ伯爵がそれを口にすることはない。
不敬だし、第四王子は王子たちの中で一番行動が予測できないのだ。
第一王子と第二王子は生まれた時から王位継承者として教育を受けているため、ある意味、非常に素直に貴族社会のルールに染まっており、その教育から外れるような突飛な行動はしない。
温厚な第二王子はある程度の無礼は許容する度量があり、気位の高い第一王子は上級貴族に対してはその傲慢さを押し隠す忍耐くらいはある。
第三王子は病弱で城の自室に篭っていることが多かったと聞いたが、最近はすこしずつ外にも出ているらしい。
しかし、その性格は大人しく控えめだ。
そして、目の前の第四王子はスカーレットの前以外では無表情で何にも興味がないような様子で考えが読めない。
おそらく、無礼を働いても何も言わずにその場を受け流すだろうけれど、受け流したことが許容したとか、本人が我慢するとかそういうことではないような気がする。
むしろ、陰での仕返しがあるものと用心して対応した方がいいだろうとロンレーナ伯爵は考えていた。
実際、スカーレットのことを悪く言った貴族はその後、非常に大人しくなっているのだ。
「スカーレット、エールシャルル嬢が領地を訪れると危険があるだろうか?」
「いいえ。そのようなことはございません」
ルーファの質問にスカーレットは答える。
森にさえ入らなければ。という言葉はあえて言わない。
普通は森に入る必要などないのだし、言ったところでロンレーナ伯爵の不安を仰ぐだけだろう。
「そうか。それならば、すぐに対応する必要もないだろう。今は婚約者の私に時間をくれないだろうか?」
「ええ、もちろんですわ」
いつもならばすぐに了承などしないスカーレットだったが、今はロンレーナ伯爵の手前、ルーファを蔑ろにすることはできない。
ルーファはご機嫌にスカーレットをエスコートして応接室から出て行った。
「ロンレーナ伯爵、私が領地に連絡をしてみる。伯爵は登城してくれ」
「わかりました。娘のことをよろしくお願いします」
正直、ロンレーナ伯爵としてはあまり娘のことは心配していない。
魔法学園での成績は上位であり、剣の腕前も騎士たちと対等にやりあえるくらいだ。
もちろん、そうでなければスカーレットの護衛騎士にしてほしいなどとは言わないわけだが。
とにかく、エールシャルルならば護衛もなしに出歩いてもそうそう危険な目には遭うまいと父親であるロンレーナ伯爵は考えていた。
ただ、憧れのスカル侯爵に面会する機会はひとつも逃したくないだけだ。