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20 視線

お読みいただきありがとうございます。


 トレントのユースは何百年と森の奥で生きてきたが、正直なところ森での生活に飽きていた。

 トレントは根を張った土地から動くことはできない。

 住まう森の中ならば木々を通して見ることはできるが、何百年も見ていれば目新しいものもなくなる。


 そんな森に十数年前に小さな骸骨少女が現れた。


 ユースは子供が好きだった。

 魔物の子供であれ、動物の子供であれ、人間や亜人種の子供であれ、子供は大人よりも美味しかった。

 柔らかい肉は土に返りやすく、溢れる生気も魔力に変換しやすく、トレントに精気を与えてくれた。

 だから、ユースは子供が好きだった。


 しかし、久しぶりに森に現れた子供は食べるところのない骸骨だった。


 骸骨であっても栄養を取れないわけではなかったが、それには長い歳月がかかり、かつ、美味しくはない。

 だから、ユースは骸骨の少女を見てがっかりした。

 とてもとてもがっかりした。

 できることならばぷくぷくした子供を食べたかった。


 しかし、不思議なことにこのおかしな骸骨の子供は人間の大人をたくさん連れていた。

 大人は子供ほどは美味しくないが、肉のない子供よりは食べ応えがあるはずだ。

 ユースはいつも子供たちにしているように森に幻惑をかけて骸骨少女の後ろに付き従っている人間を森の奥へと誘い込もうとした。


 しかし、次の瞬間、骸骨の少女と目が合った。


 ユースは森の木々を通して少女たちを見ているのだから、目が合うなどあるはずがない。

 しかも、骸骨少女には瞳がない。

 瞳のない少女と姿を隠している自分の目が合うはずがないのだ。


 しかし、やはり少女の空洞の目と合っている。

 そして、ユースは気づいた。

 目が合っているのではない。


 あの肉のない美味しくなさそうな少女は、ユースを見ているのだ。


 魔力を豊富に含んだ木があったから生まれた自分。

 しかし、その木の根が張る範囲、枝が伸びる範囲しかこの身では動けない。

 森の奥深くから動くことのできない自分を、骸骨の少女は見つけたのだ。


「ね? すごいと思わないかい? スカーレット様はこんな誰も寄りつかない森の奥にいた僕を見つけてくれたんだ!」


 きらきらと煌めく瞳で語るユースの自慢話を聞かされていたエールシャルルも新たなスカーレットの話にその瞳を輝かせていた。

 その頬も紅潮していたが、それがスカーレットの話を聞いたからなのか、逆さ吊りの状態でユースの長い話を聞いていたからなのかは判別しづらい。


「最初はお肉がなくて美味しくなさそうなんて思ったけど、スカーレット様の魅力はそこじゃなかったんだよ! 僕を見つけてくれてさ、わざわざここまで僕と話しに来てくれたんだ! きっと僕が一人で寂しがってると思ってくれたんだよね!」


 最初にスカーレットがユースの側に来たのは交渉だった。

 スカル領の人間は食べてはいけない。

 それを約束できなければ燃やす。

 そんな内容だったのだが、それさえもユースは好意的に捉えている。


「それに、スカーレット様は膨大な魔力を僕に分けてくれるんだ。それくらい僕のことが大切だってことだろう?」


 無闇に人間を食べられては困るため、スカーレットとしては定期的に栄養剤を与えている感覚だ。


 ちなみに、スカーレットは魔物たちには魅了の魔法は使っていない。

 ゴブリンたちは圧倒的な魔力で制圧し、ミルスは優秀そうだったので勧誘し、ユースのことは脅した。

 しかし、ユース自身は脅されたとは感じていないし、暇じゃなくなったことでかなり満足していた。


「やはり、スカーレット様の魔力量は魔物から見ても豊富なのですね?」

「豊富なんてものじゃないよ。スカーレット様が本気を出したらこの世界なんて簡単に滅ぼせるくらいの魔力量と魔法スキルだと思うよ」


 エールシャルルはその目を見開き、そして、逆さ吊りのまま、胸の前で両手を組んだ。


「それほどまでに! さすがスカーレット様!!」


 世界を滅ぼすことができると評された少女の話で危機感を持つこともなく胸を熱くするのは一国の宰相の娘としてはいかがなものかと、エールシャルルにツッコむ者はここにはいなかった。


「でも、僕、ひとつだけ気に食わないことがあるんだ」

「あら? それはなんですの?」

「ミルスだよ!」


 ユースは不機嫌そうにその頬を膨らませた。


「ミルスなんて僕の後にスカーレット様に出会ったのに、スカーレット様の右腕みたいな顔してるんだ! 外の任務も任されてるからっていい気になって!」


 それはトレントの行動範囲を考えたら仕方のないことだったのだが、ユースは悔しそうだ。


「あいつばっかり森の外でもスカーレット様の寵愛を受けることができるなんてずるくない!?」


 別段、スカーレットにはミルスを寵愛しているという意識はなかったし、任務を任されているミルスも常にスカーレットの側にいるわけではない。

 しかし、嫉妬に燃える魔物には実態などどうでもいいことなのだろう。


 ユースの話はまだまだ続きそうだった。


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