02 はじまりの人生
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スカーレットは実のところ人生を九周している。
一周目の人生でスカーレットはこの世の地獄を味わった。
スカーレットは誰もが目を引く美しい少女で、しかも侯爵家という身分ある家に生まれてしまったがために王太子の婚約者とされてしまった。
好きでもない男の婚約者となったスカーレットだったが、淑女として無能な王太子を嫌う気持ちを隠していた。
しかし、素っ気ないスカーレットの態度に嫌気がさしたのか、王太子は貴族令嬢が寄ってくる自身の立場を利用して女遊びをするようになった。
その王太子の女遊びが収まったのは、王立魔法協会附属魔法学園で平民の女生徒と出会ってからだった。
王太子に擦り寄ってくる強かな貴族令嬢にはない純粋さに惹かれたのか、王太子は平民の女生徒を寵愛するようになった。
そして、王立魔法協会附属魔法学園の卒業パーティーで王太子は、スカーレットには身に覚えのない平民の女生徒を虐げたという罪で、スカーレットを断罪した。
そのような断罪は不当なものであるとパーティー会場にいた誰もが知っていたが、スカーレットを庇う者は誰もいなかった。
宰相という立場のスカル侯爵を妬んでいた貴族たちにとってはスカーレットの醜聞は利用できる侯爵家の汚点だった。
王太子に興味のないスカーレットが平民の女生徒をいじめるわけもなく、スカーレットには何の罪もないことを知っていた生徒たちもスカーレットを助けようとはしなかった。
それは、王太子に逆らうことが怖かったからでもあるが、やはりスカーレットを妬ましいという気持ちがあったからだ。
スカーレットは憧れの対象となるほど美しかったが、他者に興味を示さない彼女は友達もおらず、擁護してくれるような人間関係も作ってこなかったのだ。
そうして、スカーレットの罪は独り歩きし、無実にも関わらず確定してしまった。
さらに、娘は無実だと訴えた両親をも巻き込み、スカル侯爵家は没落することとなった。
爵位を失い貴族ではなくなっても両親がスカーレットを責めることはなかった。
それどころか、他国で一から人生をやり直そうと明るい未来を語って励ましてくれたりもした。
しかし、スカーレットの試練はそれで終わらなかった。
海を渡って他国へと亡命しようとした矢先、船が難破して沈んでしまったのだ。
その事故のせいで両親を失ったにも関わらず、一人助かってしまったスカーレットは己を恨んだ。
己の人生ではなく、王太子でもなく、スカーレットは両親を助けることのできなかった自分自身を恨んだ。
そして、心から力を渇望した。
その時、スカーレットの前にローブを纏った一体の骸骨が現れた。
「子孫よ。力を欲したのは其方か?」
スカーレットは驚きはしたが、目の前に現れたアンデッドに対して恐怖はなく、動揺もなく、ひどく冷静にそのアンデッドが自身の血縁だと理解した。
それというのも、父親から曽祖父はすごい魔法使いで、100歳を超えても元気に魔法の研究をしていたが、ある時、魔法研究の旅に出ると言って出かけたきり帰っていないと聞いていたからだ。
両親も祖父も、当然、曽祖父はすでに死んでいると考えているようだったが、冗談で「アンデッドにでもなっていたりして」と笑っていたのだ。
そんな話を繰り返し聞いて育ったスカーレットは、すぐに目の前の人物が誰なのか理解できた。
「大お祖父様ですわね?」
スカーレットの言葉にやけに立派なローブを纏った骸骨が頷いた。
「そうか。其方はわしのひ孫か」
スカーレットはそのローブに縋るように言った。
「大お祖父様、お父様、お母様を助けてくださいまし!!」
二人の亡骸を前にスカーレットは曽祖父に願った。
要するに、二人を生き返らせて欲しいと願ったのだ。
しかし、骸骨は首を横に振った。
「リッチはただの魔法使いじゃ。神ではない」
アンデッドになるまで魔法研究を極めた曽祖父にそのように言われて、スカーレットは改めて絶望した。
「わたくしに力があれば、こんなことにはならなかったのに……」
美しい少女が泣き崩れる姿に心打たれたのか、アンデッドの曽祖父は骨の手でスカーレットの頭を撫でた。
「死んだ者を生き返らせることはできぬ。しかし、其方の魂の時を戻すことはできる」
スカーレットは骸骨の曽祖父の顔をじっと見つめた。
「それならば、お父様、お母様の魂の時を戻してくださればよろしいのではないですか?」
「この二人の魂はもう空に還ってしまって捕まえることはできん」
「つまり、今、わたくしが死ねば、大お祖父様はわたくしの魂を捕まえて、時を戻してくださるということですか?」
「ああ、そうだ」
まさか、そんなバカなことはできまいと思いながらアンデッドは頷いたが、次の瞬間、スカーレットは護身用の短剣で首を切って事切れた。
あまりの躊躇のなさにアンデッドになってから感情が希薄になった骸骨も流石に驚いたものの、ひ孫の願いを叶えるべく、ひ孫の美しく光り輝く魂を捕らえて魔法を発動させた。