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19 トレント

お読みいただきありがとうございます。


 転移で屋敷まで戻り、元気のなくなったエールシャルルを見送ってから数日後、ロンレーナ伯爵が慌てた様子でスカル侯爵の屋敷を訪れた。


「エールシャルルが、スカル領の衛兵に加えてもらうと書き置きを残して姿を消しました!!」


 ロンレーナ伯爵の言葉に呆然とするスカル侯爵夫妻の横で、スカーレットは狩られていなければいいなと密かに思った。




 深淵の森の中、宰相の娘であるエールシャルルはゴブリンたちと対峙していた。

 この前の身長の高いゴブリンともエルフとも見分けのつかない亜人に直談判して、なんなら剣を合わせて自分の実力を認めさせて衛兵隊に加えさせてもらおうと思っていたエールシャルルだったが、目当ての亜人には一向に会えず、背の低い一般的なゴブリンにしか遭遇できなかった。


 しかも、彼らは話を聞いてくれない。


(スカーレット様の命令は聞いていたのだから、言葉が理解できないということではないと思うのだけれど……)


 エールシャルルは知らなかったが、スカーレットはゴブリンたちを圧倒的な魔力の差で制圧し、魔法で支配していた。

 人間の言葉で指示を出していたが、それは言葉を媒介にして魔法をかけやすくしていたに過ぎない。


 しかし、そんなことは知らないエールシャルルは懸命にゴブリンたちに訴える。


「わたくしは敵ではございません!」


 複数名で追ってくる人間の子供のような背丈のゴブリンたちは全く話を聞いてくれず、エールシャルルに弓矢を向けてくる。


「ただ、あなたたちと一緒に働かせてもらいたいだけなのです!」


 剣で彼らを切ってしまうのは簡単だったが、仲間に入れて欲しいと言いに来たのに彼らを切るわけにもいかず、エールシャルルは彼らと距離を保って放たれた矢を切るということしかできない。

 彼らとしてもエールシャルルを本気で殺そうとは思っていないようで、エールシャルルが矢を避けたり切ったりできる程度の本数しか同時に打ってこない。


「この前の背の高いゴブリン……いえ、エルフなのかしら? その方はどこにいるのですか!?」


 おそらく、彼がこの衛兵隊の隊長だろう。

 そして、一番話が通じそうな亜人だった。

 しかし、エールシャルルの問いかけに答えてくれるゴブリンはおらず、ただ矢が放たれるだけだった。


「わたくしが敵ではないとどうしたらわかってくれるのですか!?」


 剣で矢を払いながらそう叫んだエールシャルルの耳に、くすくすという笑い声が聞こえてきた。


「あんたこの前、スカーレット様と一緒にいた人間だろう?」


 声の方、木の上へと視線を向けると女性とも男性とも見て取れる美形が巨木の枝の上に座って見下ろしてきていた。


「あなたは……トレントですか?」


 その美しい姿に最初はエルフかと思ったが、エルフの特徴的な耳が見えなかったことから違うとエールシャルルは判断した。

 そして、枝を掴んでその体を支えているように見えていた手がその枝の中に取り込まれていることから、彼は巨木の一部、もしくは巨木そのものであると推測できた。


「そう。よくわかったね」

「この森に来る前に魔物や亜人、精霊について調べましたから」


 スカーレットは自分の領土の者はゴブリンであれ、亜人であれ、等しく自分の守る存在だと考えていた。


 つまり、他の魔物についても同様に考えている可能性があり、エールシャルルのこれまでの考え……魔物は等しく人類の敵であり、討伐する対象というのはこの森では通用しないし、自分の考えを改めなければスカーレットの元で仕えることは許されないだろうと考え、エールシャルルは仲間となる可能性のあるあらゆる魔物や亜人、精霊について調べておいたのだ。


 その中でもトレントは森の奥の大樹から発生することが多く、人が滅多に出会わない精霊であると記されていた。

 つまり、自分はいつの間にか森の奥深くまでやってきてしまったということなのだろうとエールシャルルは考える。


「あなたもこの前の盗賊を捕まえた場所にいたのかしら?」

「いないよ。僕はね、この森の木々が見聞きしたものは全て知ることができるんだ」


 そのトレントは作り笑いを崩さない。


「だからね、君のこともここまで連れてきてもらったんだよ」

「え?」

「今、ミルスは他の任務でこの森を離れているからね。君のことを保護しておかないと、君のことを知らない魔物の胃袋に入っちゃうことになるかもだし」


 ミルスという名前を聞いて、そう言えばあの亜人はそんな名前だったとエールシャルルは思った。


「君が食べられちゃってもスカーレット様はきっと勝手にこの森に入った人間が悪いと、我々のことをお許しになるだろうけれど、それが全ての人間に通じるはずはないから、他の人間との相手をしなきゃいけないスカーレット様に多大な迷惑をかけることになるだろう?」


 宰相の娘であり、王太子の元婚約者でもあるエールシャルルがスカル侯爵の領地で魔物に食べられたとなれば、他の貴族はスカル侯爵に責任を求めるだろう。


「そんなこと、我々はしたくないんだよ」


「だから、」とトレントはさっきまで宝石のような色を見せていた瞳を空洞のような真っ暗なものに変えて言った。


「ミルスが帰ってくるまで数日か数週間か数ヶ月かわからないけど、ここで大人しく待っててよ」


 突然、エールシャルルの体に何本もの細い枝が巻きつき、エールシャルルは宙に高く持ち上げられた。

 身じろいでも枝は全く緩むことがない。


「大丈夫。安心して? 僕が保護している物には他の魔物は寄ってこないから」


 保護というよりは捕獲だったが、エールシャルルが何を言ってもトレントは放してくれる気はなさそうだった。


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