17 村長
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スカーレットはミルスに一度頷くと、再び転移した。
次の瞬間、エールシャルルは見知らぬところにいた。
辺りを見回すとそこは村のようだった。
「スカーレット姫様! どうされたのですか!?」
急に現れたスカーレットを見つけた村人は慌ててスカーレットの元に走り寄る。
「盗賊を処罰したので報告に来ました。村長はいますか?」
「な、なんと、あの盗賊たちを退治してくださったのですか!? 今回こそは姫様のお手を煩わせずに我らだけで討伐しようと思っていたのですが」
「領地とあなたたちを守るのは領主一族であるわたくしたちの仕事です。遠慮は不要と以前もお伝えしたはずです」
「ですが……」と男が言い募ろうとしたところに「スカーレット姫様!!」と初老の男が慌てた様子で家屋から出てきた。
「村長! 姫様が盗賊を退治してくださったそうです!」
男の言葉に初老の男は「なにぃっ!?」と裏返った声を出し、片手で額を押さえて天を仰いだ。
「またしても先を越されましたか!」
「村長、わたくしを出し抜こうとするのをいい加減にやめなさい」
エールシャルルにはスカーレットの表情は読み取れないが、その声は完全に呆れているようだった。
「そんなことをしている間に大きな被害が出たらどうするのですか?」
「いやしかし、姫様が生まれるまではわしらも盗賊や魔物に対して自衛していたので……そりゃ姫様よりだいぶ時間はかかりますが、それでも盗賊を捕まえて衛兵に突き出すくらいのことはできるのです!」
「わたくしという武器があるのですから、使った方が効率よく退治できます」
自分のことを「武器」と断言する侯爵令嬢にエールシャルルはその目を丸くしてスカーレットを見つめる。
エールシャルルは子供の頃からお転婆で、今でもお茶会よりも剣の特訓の方がずっと好きだった。
魔物討伐などあれば率先して前に出て戦う。
しかし、誰かが自分を「剣好きの変わった令嬢」とか「戦闘狂」とか「あれは武器だ」なんて言ったら許すことはできないだろう。
だからこそ、従姉妹のマーサが仕えている令嬢であるスカーレット以外の令嬢には自分の本来の姿を隠しているし、婚約者として何度も対面して談笑していた王太子にだって剣の話をしたことなど一度もないのだ。
「領主様の娘でも我々にとっては孫みたいな存在なのです。孫に守られて当然と思うじじいにはなりたくないのです」
領民がスカーレットを好いているからこそ、スカーレットは自分を武器として使えなどと言えるのだろうか?
いや、しかし……とエールシャルルは思う。
ロンレーナ伯爵領の民たちだってエールシャルルに好意を示してくれているが、やはり自分を「武器として使え」などとは言えない。
「あなたたちがわたくしを孫のように感じていたのは魅了の魔法のせいです。もう解呪してあるのですから、情で動く必要はありません」
「赤ん坊は習わずとも大人に笑顔を向けたり、泣いて注意を引いたりします。表情を作ることができない姫様の魅了の魔法はそれと同じ、自己防衛だったのでしょう」
(いえ、違いますわ)とスカーレットは思った。
スカーレットが魅了の魔法を使っていたのは、人々が卒倒しないためだ。
身を守るためならば結界魔法も攻撃魔法も赤子の頃から使えたのだから。
でも、自分の身は守れても、骸骨の赤ん坊を見た時の衝撃から他者を守ることは結界では無理なので、魅了の魔法を使っていたに過ぎない。
「以前もお伝えしましたが、わしたちは魔法をかけられたことを怒っていませんし、スカーレット姫様を恐れてもいません。それに、解呪されてからもう何年も経っているんですよ? それでも姫様を可愛い孫のような存在だと思うのは、わしの気持ちです。姫様にだって変えることはできないんですよ」
スカーレットは村長の顔をじっと見つめる。
スカーレットの肉も皮もない表情は誰にも窺えない。
それでも村長には照れているように見え、最初にスカーレットに声をかけた男には驚いているように見え、エールシャルルには嬉しそうに微笑んでいるような気がした。
「それならば、わたくしは前よりも一層気をつけてあなたたちを守ります」
しばし沈黙していたスカーレットは歯並びの美しい白い歯を開いて言った。
「老体に鞭打って働いてほしいと思う孫もいませんから」
村長はショックを受け、「ひ、姫様……」とすこし拗ねたような声を出した。
「ま、まだまだわしは若者に負けませんぞ!!!」