16 ミルス
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「さて」とスカーレットは男たちの方へ視線を向ける。
「スカル領の民たちが丹精込めて作った作物を略奪し、さらには民家から盗みも働いていた盗賊たちよ」
スカーレットの言葉に男たちはビクッと肩を震わせた。
「この場で刑を執行する、頭を下げなさい」
冷たいその声にエールシャルルは背中に寒気が走るのを感じた。
それはこれまでエールシャルルが聞いていたスカーレットの声とはあまりにも違っていた。
「骸骨令嬢はやはり化け物の味方だったのか!」
男の一人が吐き捨てるように言った。
「それはそうだよな」
「あんな見た目をしているやつが人間の味方なはずがない!」
口々にそんなことを言い始めた男たちにマーサの表情が険悪なものになる。
そんなマーサの変化に気づかずに、男たちはマーサとエールシャルルに縋る声を出した。
「お、おい! あんたたちは人間なんだろ!? 俺たちを助けてくれ!!」
スカーレットの空気がさらに冷たくなる。
「静かにしなさい」や「大人しくしなさい」などの叱責の声があるかと緊張したエールシャルルの目の前で、スカーレットは人差し指を口の前に立てた。
「しー」などという声をかけることなく、ただそんな仕草をした。
ただそれだけなのに、男たちは黙り、その目はうつろになった。
「お前たちは盗賊だな?」
そう落ち着いた声で尋ねたスカーレットに十数名の男たちは揃って「「「はい」」」と返事をした。
「スカル領の領民たちの馬車を襲ったな」
また素直な返事が返される。
「この場にいるのはすべて仲間だな?」
先ほどと同じように単調な返事だ。
「ここにいる者で全部か?」
盗賊たちは揃って同じ返事を返す。
「仲間じゃない……罪がない者はいるか?」
そこで初めて肯定以外の返事が返ってきた。
「「「いません」」」
「では、《死ね》」
次の瞬間、男たちはその場に倒れた。
どうやら絶命してしまったようだ。
本当に一瞬だった。
一瞬で十数名の男たちが心臓の動きを止めて、その場に倒れたのだ。
その様子を見たエールシャルルは息を飲み、背筋が震えた。
「守りの魔法を使っていたり、魔導具を持っている者はいなかったようね」
スカーレットの声音はいつもと同じ落ち着いたものだった。
そこには興奮も喜悦も後悔も懺悔もない。
エールシャルルの知る、お菓子の好きな十歳の少女はいなかった。
「ミルス、処分を任せます」
「はい。人肉が好きなものたちが喜びます」
エールシャルルはスカーレットが信頼を置くミルスという不思議な男をじっと観察した。
エールシャルルの目に、ミルスはゴブリンとエルフのハーフに見えた。
そして、それは真実だった。
ミルスは奔放なエルフの母親と生真面目なハイゴブリンの間のハーフだった。
しばらくは体格のいいハイゴブリンの夫に夢中だったエルフの母親はある日急に「旅に出たい!」と、どこかへ出掛けてしまった。
残されたハイゴブリンは真面目に容姿端麗な息子を育て、数年前にこの世を去った。
一人残されたミルスはエルフにはなれず、かといってゴブリンにハイゴブリンとして担ぎ上げられるのも嫌で孤独な日々を過ごしていた。
そんな時に森の中を見回りに来ていた骸骨の少女に出会ったのだ。
ミルスはスカーレットを人間だとは思わなかった。
見た目が骸骨なので当然のことだったが、しかし、人ではない彼女が付き従えている者たちは人間だった。
さらに、人間たちの後ろにゴブリンも付き従えていたから驚きだ。
小さな骸骨の少女、スカーレットはミルスを見ると、他の者のようにエルフなのかゴブリンなのかというよくある質問はしなかった。
ただ、名前を聞いてきたのだ。
そして、ミルスが名前を教えると、ただ、その名前だけで彼のことを識別した。
ミルスはミルス。
ただ、それだけだった。
スカーレットに名前を呼ばれた時からミルスは魂をスカーレットに捧げた。
ミルスは、スカーレットに命じられればゴブリンだってエルフだって殺すことができた。
だって、ミルスはミルスだから。
どこの種族にも属すことなく、ただスカーレットのものなのだから。