15 盗賊
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スカーレットがエールシャルルとマーサを連れて転移したのはスカル領の森の中だった。
周辺が木々なのでエールシャルルにもマーサにもそこが領地のどのあたりなのかは見当もつかなかったが、スカーレットには正確にわかっていた。
スカル領は広く、大きな街が一つとその周辺にいくつかの村落がある。
そんな村落のうちの一つ、帝都にも出荷しているスカル領の名産を栽培している村の門がここから一キロほどしたところにある。
村の方に背を向けて、スカーレットは森の奥をじっと見つめる。
エールシャルルもマーサもスカーレットの視線を追うが、二人には何も見えない。
ただ、風が徐々に何か騒がしい音を運んできた。
最初は言葉としては認識できなかった音は徐々に近づいてきているようで、「うわぁぁぁ」とか「ゴブリンだー!」とか「助けてくれ〜!」という複数の男たちの悲鳴だとわかった。
「ゴブリン程度でしたら、わたくしが相手いたします」
そう言ってスカーレットの前に歩み出たエールシャルルが「炎の剣よ、我が手に!」と唱えるとその手には燃え盛る剣が現れた。
王立魔法協会附属魔法学園に通っていた者ならば剣の一本くらい魔法で作り出せるのは普通だが、炎や風、氷などの特殊魔法が付与された剣を生み出すのは中級以上の魔法使いでなければいけない。
下級魔法までなら学園に入れるだけの魔力とプラス努力である程度なんとかなるけれど、中級魔法は才能が必要だ。
しかし、才能があっても通常の令嬢は炎の剣を作り出す魔法を修得したりはしないだろう。
この魔法を修得していること自体が、エールシャルルの本来の気質を表しているようだった。
これまで王太子の婚約者という立場上、炎の剣を実践で使ったことのなかったエールシャルルは、やっと試し切りができることが嬉しくて口元が緩むのを止められなかった。
ふよふよと動き、にまにまとしてしまうだらしない顔は唐突な痛みに歪んだ。
スカーレットが「マーサ」とマーサに一声かけ、「はい!」と従順に返事をしたマーサがエールシャルルの背後に立ち、金色の美しい長髪をたなびかせるエールシャルルの頭頂部に手刀を叩きつけたのだ。
「いったぁ……」
エールシャルルが涙目でマーサを睨む。
「何をするんですの!? マーサ姉様!!?」
「スカーレット様の邪魔なのでそこをどきなさい」
マーサは問答無用でエールシャルルを引きずるようにしてスカーレットの前から退かせる。
マーサとエールシャルルがコントのようなやりとりをしている間にも男たちの悲鳴は近づき、とうとう木々の間からその姿が見えた。
「た、助けてくれ!」
スカーレットたちに気づいた男の一人がそう叫んだ。
しかし、その男の顔は自分がどのような存在に助けを求めたのかということに気づくと、先ほどよりも青ざめ、走っていたその足を止めた。
「が、骸骨……」
他の男がそう呟く。
そして、その言葉で気づいたようにまた他の男が言った。
「骸骨令嬢……」
逃げてきた男たちはハッとした顔になった。
「あんた、骸骨令嬢か!」
「侯爵家の令嬢か!!」
「お、俺たちを助けてくれ!!」
「ゴブリンに追われているんだ!」
骸骨の姿をしている者の正体に気づいた男たちはスカーレットに駆け寄ろうとした。
その時、スカーレットと十数名の男たちの間に何本もの弓矢が打ち込まれた。
弓矢はまるでスカーレットの前に柵でも作るかのように一直線に並んだ。
男たちの後ろから現れたゴブリンたちが弓を構えていた。
人間の子供ほどの身長で緑色の肌をして、尖った耳、鋭い目、口からは牙が見えているゴブリンたちは茶色い鎧を纏っていた。
まるで兵士のように鎧を纏ったゴブリンの大群は新しい弓矢をつがえて弓を引いた。
すぐに弓矢を放つわけではなく、男たちがすこしでも動けばすぐに放てるように弓矢の切っ先を男たちに向けている。
そのゴブリンの群れから一人の長身の緑色の肌をもつ男が進み出る。
その男の肌の色はゴブリンのようであったけれど、身長は高く、筋肉のつきかたなど姿形は人間に近かった。
その男はスカル領の紋章が胸に入った銀色の美しい鎧を身に纏い、腰にある剣を抜くこともなく、逃げてきた男たちの横を無造作に通り、スカーレットの前まで進み出ると片膝をつき、頭を下げた。
「スカーレット様、お呼び立てしてすみません」
「ご苦労様。ミルス」
スカーレットに名前を呼ばれたミルスは嬉しそうにスカーレットを見上げた。